「スレスレのキワキワのヒヤヒヤ」で開院した奇跡の120床
今回、取材のために伺ったのは、地域包括ケア病棟の「おうちにかえろう。病院」。2021年度の在宅復帰率は93%。患者自身が「おうちにかえろう。」という気持ちになるための場だ。
安井氏は「初めは病院を持つつもりはなかった」と言うが、在宅医療が軌道に乗った7年目に転機が訪れる。在宅で診ている患者さんが急性期病院に入院すると、その後自宅に戻れなくなるケースが相次ぐようになったのだ。
「それなら、自分たちで病院を持とう」
と、病院開設に踏み切った……ものの、土地の確保から病床権の取得、資金はどうするか、人員は集まるかなど、課題は山積。それらが全てクリアになり、120床で開設できたのは奇跡だった。
「スレスレの、キワキワですり抜けられたことがたくさんある。もう、ヒヤヒヤでしたよ(笑)。ゼロから始めて120床確保できるなんて、日本の医療の歴史にないことですから」
2021年4月、「おうちにかえろう。病院」は地域包括ケア病床80床からスタート。急性期治療を終えて自宅に帰るまでの準備を必要とする「ポストアキュート」、自宅で生活していて状態が悪化し治療を必要とする「サブアキュート」、家族の休息のために入院する「レスパイト」、十分に自宅で生活し最期に入院を希望する「ターミナル」の患者が対象だ。
入院治療が目的の病院ではなく、かといって医療から距離のある自宅でもない。どちらでもないが、どちらでもある“踊り場”のような位置付け。「どんな病院をつくるか」ではなく、「自分たちがつくりたい病院は、患者さんにとってどんな存在(場所)でありたいか」から徹底的に議論を重ねた。
「患者さんは、急性期病院から退院したときに『追い出された』って言うんです。それは、病気の不安を抱えたままだから。病院から自宅に帰るまでに、いったん不安を受け入れることが必要なんですよね。だから、踊り場みたいな曖昧な場所で、自分なりの過ごし方ができるような、濃淡のある空間づくりを意識しました」
開院半年で早くも単月黒字化を達成、1年がたったころには思い描いた医療を実践できるようになった。しかし、2年目に入って試練に直面する。看護師の離職ドミノが起きたのだ。
「熱い思いを持って来てくれた人たちですが、新しい文化に慣れるには時間がかかる。いい会話がたくさん行われているところで人は育つのですが、いい会話ができる人の数が十分ではなかった。さまざまな不安や不満が生まれ、それを吸収できないまま進んでしまったんです」
現状分析と原因究明に当たり、早急に対策を打つことで2年目の終わりにようやく状況が好転し始めた。3年目に入った今年度末には、120床のうち9割を稼働させる道筋が見えているという。