多様なスキルが求められる 実は専門性が高い領域
そうした連携体制を実現させているのが、現在、乾氏が勤務する帝京大学医学部附属病院の外傷センターだ。2009年に大学病院では全国初となる外傷センターとして開設され、整形外科医が20人体制で年間約1,000件の外傷手術を行っている。同センターでは、変形治癒や偽関節などの治療で、他の病院から再建手術の依頼を受けることも多い。
乾氏は週1回、外傷センターの外来を担当し、それ以外はチームリーダーとして手術と病棟を担当。外来がある日の午後は研究に充てている。比較的簡単な手術は後輩たちが執刀できるようにサポートし、自身は脊椎や骨盤の外傷、関節内骨折といった難度の高い手術を集中的に手掛けている。
「外傷治療には、救命、救肢、機能再建、皮弁移植などの形成外科的な技術、リハビリ、後遺症のケアなど多様なスキルが求められます。外傷医と名乗るからには、それら一通りの知識は持っていなければならないと思っています」
乾氏はそうした知識やスキルを、どのように身に付けていったのだろうか。
整形外科医の道を選択したのは、大学時代の自身のケガがきっかけだった。テニス部に所属していた乾氏は、肩を脱臼し、二度の手術を経験した。その主治医の治療やリハビリには、「体の機構をどう再建するか」を根本から考えていく視点があった。
「自分の体の変化を通して、うまく再建できれば、ケガをする前よりも身体機能が高まることを知りました」
当初はスポーツ整形外科医を目指したものの、もっと広い範囲を診られるようになりたいと、ケガ全般について学ぶことを決意する。そこで目に留まったのが、札幌徳洲会病院だった。
「ケガを専門的に診る整形外科外傷センターがあり、皮膚や筋肉をほかの部位から持ってきて移植を行うような重度外傷が多く集まってくる病院でした」
同センターは、二次救急病院でありながら重度四肢外傷にも対応できる体制を整えており、近隣の三次救急病院から局所的に重症なケガを負っている患者が搬送されてくることもあった。とにかく症例数が多く、乾氏は赴任していた2年間で骨折の手術だけでも300例は経験している。当時、まだ医師になって3年目だった。
「血管の付いた皮膚を移植する皮弁手術も執刀させてもらいました。外傷治療に必要な技術はもちろん、急診、骨折治療の基礎はここで叩き込まれました」
全国から学びに来ていた医師たちの中には、後に帝京大学医学部附属病院で共に働くことになる松井 健太郎氏もいた。
「松井先生とは、日本で外傷治療の専門性を確立するためにどうすればよいか、当時からずっと話をしていました。二人でよく飲んでいたのですが、飲みの場でもその話ばかり(笑)。それで立ち上げたのが『JOIN Trauma』という団体です」