茨の道を切り開き、あくなき挑戦を続ける脳神経外科医 井上 靖章

医師のキャリアコラム[Challenger]

社会医療法人社団 蛍水会 名戸ヶ谷病院 脳神経外科 部長/脳卒中センター センター長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

千葉県柏市にある名戸ヶ谷病院では年間1000人以上の脳疾患患者を受け入れている。脳卒中センターの医師は8人。24時間365日救急搬送に対応し、診断から手術まで最短6分と1秒も無駄にしないシステムを築き、県内外から多くの重症患者が運び込まれる。そのセンターを率いるのが、脳神経外科部長の井上靖章氏である。「昨夜も緊急手術があって」と話す顔には疲労が一切見られず、終始笑顔で取材に応じてくれた。医局に所属せず、自ら必要な技術を得るために国内外の最高峰の術者の下で学び、トップレベルの腕を磨いた。そのキャリアがつくった圧倒的なオーラを放つ井上氏の異色のキャリアにスポットを当てる。

開頭手術と血管内治療を使いこなす二刀流

「僕たちがやらなかったら誰がやるんだ、と思っています」

2021年、33歳の若さで名戸ヶ谷病院の脳神経外科部長になった井上靖章氏。これまで2000件以上の開頭手術に携わり、2700件以上のカテーテル検査、治療を手掛けてきた日本トップレベルの脳神経外科医である。医師になって11年で、これだけの症例を経験している医師は他にいないだろう。しかも、開頭手術と血管内治療の二刀流で、どちらも超難症例の手術ができる。国際学会の講演やライブ手術に招待されるだけでなく、同院には海外からの患者も訪れている。

井上氏が得意とするのは、脳血管障害のバイパス術や頭蓋底腫瘍手術など、最難度の開頭手術である。現在、脳神経外科では血管内治療が主流になり、開頭手術ができる医師の数は減っている。開頭手術はトレーニングがハードで、高度な技術を伝承するのが難しいからだ。しかし、どんなに血管内でできる手術が増えたとしても、開頭手術でなければできない症例は一定数あり、「決してなくなることはない」と井上氏は言う。

「血管内治療で治せない複雑な症例や再発例は、開頭手術ができる一部の医師のところに集まるでしょう。だからこそ、私たちはさらに技術を極めていかなければなりません」

一人前になるのに20年はかかるといわれる開頭手術。井上氏は頭蓋底腫瘍手術をはじめとした難症例を含め、一通りの技術を医師6年目までに習得している。これまで一度も医局に所属せずに、国内トップにまで上り詰めたその歩みを追いかけたい。

どこに行くかではなく、何をするか 茨の道を行くほうが面白い

京都大学を卒業後、名戸ヶ谷病院で初期研修を受けることに決めた井上氏。当時、虎の門病院からも内定をもらっていたが、名戸ヶ谷病院を選んだ。なぜ誰もが知る有名病院ではなく、まだ名も知られていない病院を選んだのだろうか。

「どんなに有名な病院だったとしても、それは病院の価値であって、僕の価値ではないですよね。それに平らな道を行くより茨の道を切り開いて行くほうが、断然面白い」

ーーどこに行くかではなく、何をするか。

それが井上氏の人生の指針である。

名戸ヶ谷病院での研修で脳神経外科の面白さに目覚めると、猛烈なトレーニングの日々が始まった。毎晩、夜中まで手術室に入り、実際に手術で使う道具を手にしながら、人工血管を縫う練習を繰り返す。

ある時、目にした谷川緑野氏(札幌禎心会病院)の手術動画に衝撃を受けた。谷川氏といえば、まさに脳神経外科医のトップに君臨する存在。その技術は卓越していた。例えば、脳の深部の狭いところで血管をつなぐような手術では、特殊な器具を使い、わずか1~2mmの血管に20針をかけていく。それをたった20分で、しかも周囲に説明をしながら難なく進めていたのである。

「当時は、自分に同じことができるようになるとはとても思えなかった。自分は脳神経外科に命をかけると決めたのに、もし到達できなかったら……という不安な思いがありました」

手術動画を見て分析し徹底的に動きをトレース

不安を打ち消すには努力を積み重ねるしかなかった。谷川氏の下で学ぶため札幌禎心会病院へ出向し、谷川氏が塾頭を務める上山博康脳神経外科塾で武者修業を始めた。通常は数年かけて技術を学ぶところを、井上氏の契約期間は半年。そこで井上氏が実行したのが、手術の時間以外もひたすら谷川氏の手術動画を見て、動きをトレースすることだった。

例えば、今回は「中大脳動脈瘤」とテーマを決めると、何十とある手術動画を見ながら、手術の最初から最後まで全ての動作に対して、なぜその動きをするのかを研究する。道具をどのように持ち、どの角度で、どのくらいのスピードで切り込みを入れるのかーー。

「ずっと動画を見ていたので谷川先生がどこでどんな冗談を言うのかまで覚えてしまいました(笑)」

手技の練習も徹底している。あえて手首をひねった角度で人工血管を縫ったり、利き手を使わないようにしたり、長い鑷子を使ってみたりと、実際の手術で起こりうるどんな不安定な状態でも、手首を固定せずフリーハンドで安定して血管が縫えるよう練習を続けた。「今日はここまでやる」と決めたら、できるまで家には帰らない。自身を「しつこい性格」というが、そのしつこさを強みに、人の何倍もの努力を積み重ねて自分を追い込んでいったのである。

手術中、頭で考えず“脊髄反射”で動けるようになったのは、医師5年目。初めて見たときに驚いた谷川氏の手術は、今や同じ時間でできるまでに上達し、谷川氏の師匠である上山博康氏(札幌禎心会病院)には「脳神経外科界の次世代を担う大谷翔平のような存在になる男」と言わしめるほどになった。

動画で掴んだハーバード行き 一番の収穫はチームづくり

札幌禎心会病院での修業を終えて名戸ヶ谷病院に戻ると、2020年にアメリカへ。ハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院の脳神経外科でフェローとして働き始めた。留学ではなくフェローとして迎えられるきっかけになったのは、一本の動画だった。ブリガム病院の医師が札幌禎心会病院のライブ手術に訪れた際に、英語でのアテンドを任された井上氏。その時スマートフォンに入れていた手術動画を見てもらったことで、技術力の高さが目に留まったのである。

名戸ヶ谷病院に入職した当初から「アメリカで働きたい」と言い続けた井上氏を、誰よりも応援していたのが初代理事長の故・山﨑誠氏である。「ここをベースキャンプに、世界に羽ばたけ」が口癖だった。世界一の技術を学ぶために上山塾に行きたいと申し出たときも、「分かった、行ってこい」と二つ返事で出向扱いにしてくれた。山﨑氏は井上氏の類まれな才能と技術を見込んで、望んだ環境で自由に学んでほしいと思っていたのである。

「『俺の代わりに挑戦してこい』というありがたい言葉をいただき、いつか必ず病院に恩返しがしたいと強く思いました」

アメリカは日本よりも血管内治療が盛んで、最先端のデバイスの導入も早かった。井上氏は、まだ日本で導入されていないデバイスを扱う手術に積極的に参加し、技術を習得。動脈瘤の血管内治療で使うフローダイバーターは、そうした最新デバイスの一つであり、その技術を持ち帰った。アメリカにいた1年間で、カテーテルでの検査と手術を合わせると800件以上の症例に携わった。現在、井上氏が開頭手術だけでなく、血管内治療でも強みを発揮するのは、ここで圧倒的な症例数を経験したからだ。ブリガム病院では、血栓をカテーテルで回収する手術のそれまでの最短記録13分を、7分という誰も塗り替えられない記録に更新した逸話もある。

アメリカでの一番の収穫を聞くと、井上氏は笑顔で「サルタン先生に出会えたこと」と答えた。サルタン氏は脳卒中を統括する部門のチーフで、先に紹介した血栓回収術の13分の記録を出したカテーテル手術の権威である。技術力の高さはもちろんだが、最も影響を受けたのはその人柄だ。

「サルタン先生は、アフガン難民として各国を渡り、アメリカ国内でも各地を転々とした末にボストンにたどり着きました。だから、『ここが初めてのホームで、お前たちは初めてのファミリーなんだ』と。その言葉通り、日本人の僕にもいつも親身になって声をかけてくれたんです」

温かい人柄で、人種や能力にとらわれずにチーム全員に目を配る。井上氏は「自分もこんなチームをつくりたい」と思うようになっていた。

「エースにならなくてもいい」個々の強みを生かすチーム

当初はアメリカで2年間勤務するはずだったが、予定を切り上げて1年で帰国。倍速のスピードで学び、習得したかったカテーテル技術を身に付けた井上氏は、新たな挑戦を求めていた。

「アメリカのトップクラスの病院で働き続けるよりも、世界でまだ名も知られていない名戸ヶ谷病院の脳神経外科をトップにする挑戦のほうが面白いと思ったんです」

脳神経外科から病院全体を改革することも期待されていた。これで初代理事長の山﨑先生への恩返しができる、井上氏の胸には、その思いがあった。

帰国後、自身が中心となり開設した脳卒中センターのセンター長に就任すると、チームづくりに力を入れた。その根幹にあるのは、サルタン氏から学んだ、お互いに助け合うチームワークだ。

「僕にも苦手なことがいっぱいありますが、メンバーが当たり前のように助けてくれる。オペ中は怖がられていますが、普段は抜けているので後輩たちからいじられることも(笑)。チームはそんな明るい雰囲気です」

また“個々人の多様性を最大限に生かすことでチームを強くする”というのが井上氏の考えだ。脳神経外科を志望する若い医師たちが安心してその道を歩いていけるように、チームの一人一人の医師と向き合いながら適性を見極め、強みを伸ばそうとしている。

「全員がエースである必要はなく、たとえトップサージャンになれなくても、自分の強みを生かして活躍することができます。うちには水頭症の診療を得意とする医師がいて、彼女はシャント術の技術を磨き、特発性正常圧水頭症の手術件数は当院が日本一。チームの誰もがそのすごさを認めています。そのほか、患者さんやご家族とのラポール形成が得意ならば、外来でその力を発揮することもできます」

2つの術式を組み合わせて前代未聞の手術に挑戦

アメリカから帰国後、井上氏は前代未聞の手術に挑んでいる。これまでくも膜下出血を3回引き起こした患者で、脳底動脈先端部に動脈瘤があったものの他院では開頭クリッピング術ができず、血管内治療でコイルする処置が施されていた。しかし、4回目の動脈瘤の再増大があり、破裂を防ぐために開頭手術をしてほしいと紹介されてきたのである。

血管内治療をするためのステントを置く道筋はなく、繰り返す治療による癒着や大型化のため、開頭手術では脳幹とつながる血管を損傷するリスクがあった。もし血管を傷付ければ、患者は寝たきりになってしまう。開頭手術に熟達した医師でさえ、「やれることはない」と断言するような症例だった。

何か手立てはないかと上山氏に相談をすると、「ステントを置く道筋がないならバイパスをつないで道筋を作ってはどうか」と、思いもよらぬアドバイスをくれた。今まで誰もやったことがない手術だったが、自身の技術を冷静に客観視し、できると思った。

手術に向けて、脳内で何十回もシミュレーションを行う。これは井上氏の習慣である。頭を固定するためのピンを打ち込むところから、どこに手を添えて、メスはどのくらいの圧で持ち、どの層まで切るのか。全ての段階の動きを確認しながら、完璧に手術が完了するイメージが持てるまで繰り返す。手術をするときには、すでに頭の中で何度も手術が終わっているような状態だ。

そして迎えた手術当日。開頭手術で深部の血管をつなぎ合わせて迂回路を作ると、そのままアンギオ室に移動し、つないだばかりの血管を通してステントを留置し、動脈瘤にコイルを詰めた。朝10時にスタートした手術が終わったのは、夜の7時半だった。

ブリガム病院の恩師であるサルタン氏に手術の詳細を話すと、「そんな手術は聞いたことがない! バイパスをするだけでも大変なのに、それをツールとして使うなんて。お前にしかできない素晴らしい仕事だ」と絶賛された。手術を終えた患者は無事に退院し、4回目の破裂はいまだに起こっていない。

現在、同院の脳神経外科では年間500件の手術を行っている。チームのモットーは「世界最高水準を柏で」。井上氏が本気で目指しているのは、名戸ヶ谷病院で最強のチームをつくり、国内外から患者が訪れる世界最高水準の脳外科手術ができる病院にすること。そのためには、最良の医療を論文として発表し、優秀な人材を集め、高度な教育により開頭手術もカテーテル手術も“人類の価値”として伝承していかなければならない。それが井上氏の挑戦なのである。

「もしかしたら僕は失敗したことがないように見えるかもしれませんが、それは成し遂げるまで決して止めないからなんです。これからも、まだ誰もやったことがないことに挑戦していくつもりです」

P R O F I L E
プロフィール写真

社会医療法人社団 蛍水会 名戸ヶ谷病院 脳神経外科 部長/脳卒中センター センター長
井上 靖章/いのうえ・やすあき

2013 京都大学 医学部医学科 卒業/名戸ヶ谷病院 初期研修
2015 名戸ヶ谷病院 後期研修
2016 札幌禎心会病院 脳神経外科
2017 名戸ヶ谷病院 脳神経外科
2020 Brigham and Women’s Hospital 脳神経外科フェロー
2021 名戸ヶ谷病院 脳神経外科 部長/脳卒中センター センター長

所属

日本脳神経外科学会
World Congress of Neurosurgery
Asian Congress of Neurological Surgeons
日本脳卒中学会
日本脳卒中の外科学会
日本脳神経血管内治療学会
日本脳神経外科救急学会
脳神経外科手術と機器学会
日本脳神経外科コングレス
International Society for Hydrocephalus and Cerebrospinal Fluid Disorders
日本正常圧水頭症学会
日本脳神経減圧術学会

専門

脳腫瘍、脳血管障害、頭部外傷、機能的疾患など、脳や脊髄の疾患に対する外科治療

座右の銘: 臥薪嘗胆
愛読書: 『三国志』吉川英治、『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎
影響を受けた人: アルフレッド・アドラー、江副浩正
好きな有名人: 椎名林檎
マイブーム: 夜中に子どもが寝静まってから作るこだわりパスタ
マイルール: いつも全力投球、やるからには全力で楽しむ
宝物: 家族、友人、同僚と築いてきた思い出

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2024年7号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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