東京地裁 平成10年11月6日判決
両親の請求をほぼ認容
通常の聴診能力を持つ医師が、平成5年7月14日にAを診断し聴診を行ったのであれば、Aの病態からみてIII音調奔馬音及び湿性ラ音を聴取することは可能であったと推認するのが相当であり、C医師が聴取しなかったとすれば、その点に医師としての診療上の注意義務違反ないし過失がある。聴取しなかったことを前提としても、C医師は、Aが潰瘍性大腸炎の治療のためプレドニン(感染症の誘発・憎悪作用がある一方マスク作用もある)を服用していることも考慮して、胸部レントゲン写真を撮ったのであるから、初診日レントゲン検査の結果を検討する義務を免れない。
レントゲン検査の結果を検討し、病因を解明すべき義務を怠ったため、初診日に急性心筋炎を原因とする心不全、肺水腫の状態にあったことを診断できなかった。急性心筋炎による心不全の治療としては、即日入院させたうえで起座位をとらせ、酸素を投与し、利尿剤・血管拡張剤・カテコールアミン剤(強心剤)を投与する。1時間経過しても改善されないときはIABPの適応となるので、その実施(実施可能な病院への転医)を考慮する。
検査結果を解明しなかったため、上記診断・治療をなしえなかったとして、C医師の注意義務違反を認め、C医師の一連の注意義務違反とAの死亡との間の因果関係も認め、Aの両親(X1,X2)の請求をほぼ認容した(弁護士費用を含む認容額7654万6754円)。
これに対して、Y病院は、過失(聴診義務違反・検査結果等の確認義務違反・転医義務違反)及び相当因果関係(劇症型心筋炎の救命率)等を争って控訴した。
控訴人の主張
I 医師としての注意義務違反について
I-I:患者が急性心筋炎に罹患していた場合に、常に奔馬調律や湿性ラ音が聴取されるものでなく、聴取できなかったのは、実際にそれが聞こえなかったからである。
I-II:患者の臨床症状には、劇症型心筋炎の存在を疑わせるような徴候はまったく見られず、医師には、平成5年7月14日撮影した胸部レントゲン写真の即時読影義務はない。
I-III:7月15日の治療・B大学病院への転医時期についても過失はない。IABPは、Aが罹患していた劇症型心筋炎に対する治療法としては有効性が充分ではなかった上、腎不不全の症状を呈している患者に対して実施する事は危険であり、避けるべきものであったから、IABP実施を目的とする転医義務があったとはいえない。
II 相当因果関係等
本件は劇症型心筋炎であり、PCPSを導入しないと致死的であり、PCPSを導入した場合でも救命率は50%を下回る。さらにAの場合、劇症型心筋炎とともにウイルス感染等に起因する腎性急性腎不全(心不全に由来しない腎不全)を併発していた可能性が高く、このような多臓器不全症状を呈する患者の場合には、さらに救命率が低くなる。
Aの両親はB病院におけるPCPSを拒否した。劇症型心筋炎の死亡率が高いうえ、A側で救命の機会を放棄している。C医師の不作為とAの死亡との間には因果関係はない。