Vol.001 診療時のレントゲン検査、写真ができたらすぐに検討すべし

―劇症型心筋炎に関し、医師の責任が認められた事例―

東京高裁平成13年3月27日判決(確定)
(平成11年(ネ)第140号損害賠償請求控訴事件)

協力:「医療問題弁護団」高木 康彦弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 19歳の男子予備校生Aは、平成5年7月10日午前9時ころ頭痛を訴え、同月13日まで市販の鎮静剤を服用し自宅で静養していたが、同月14日午前10時ころ、母親に付き添われてY病院〔71床・標榜科目:内科・外科・整形外科(うち内科:常勤医3名・非常勤医 1名)〕を受診し、内科のC医師の診察を受けた。

 母親がAの症状につき、発熱(37℃程度)・発咳・痰が出ること・痰には血液が混ざっていること・吐気があり嘔吐することを説明した。なお、その際、A は、潰瘍性大腸炎の治療のためB大学病院から副腎皮質ステロイド剤プレドニンを1日当たり7.5mg処方されていることを説明した。C医師は、Aの胸部・背部を聴診し、口腔内を視診し、腹部を触診し、咽頭に発赤を認めたものの、胸部については心音・肺音に異常所見を認めず(カルテには「Chest Clear(胸清明)」と記載)、この結果にもとづいて、急性咽頭気管支炎(いわゆる風邪)と診断した。

 C医師は、プレドニンの投与歴の存在・痰に血液が混入していた旨の訴えを考慮し、胸部レントゲン検査・結核菌と一般細菌について喀痰の培養検査・血液の生化学・血清検査・血液学検査・尿検査を実施したが、胸部レントゲン検査の結果を見ることなくAに風邪薬を渡し帰宅させた。

 上記レントゲン写真からは、心不全による肺うっ血・肺水腫の診断がつき、直ちにAを入院させ治療しなければならない状態にあった。他の検査結果を調べ、心電図等を実施していれば、その日のうちに急性心筋炎と診断できた。

 帰宅後、Aの状態は悪化し、翌7月15日午前9時40分ころ、AはY病院で外来受診後入院し、C医師の診察を受けたが、診察時Aは心原性ショックの状態であった。C医師は、急性心不全・上気道感染による肺炎があり、心電図異常にて急性心筋炎が疑われる(重症)と診断し、強心剤・利尿剤等投与したが、乏尿状態は改善されなかった。C医師はAを転医させることなく、同夜当直医に引き継いだ。当直医は薬物投与を継続・増量したがAの症状に改善は見られず、翌朝、「尿量なく、緊急血液透析等考慮する必要もあるかもしれません」とカルテに記載し、C医師に引き継いだ。

 7月16日午前11時すぎにAはB大学病院に転医したが、人工透析を受け、終了後スワンガンツカテーテルを試行中に血圧が低下し、7月17日午前1時19分心筋炎を原因とするうっ血性心不全・肺水腫・腎不全により死亡した。

 なお、B大学病院医師からPCPS(経皮的人工心肺)の導入を提案されたが、単に延命させるだけに終わり死亡する可能性が高いと言われたため、Aの両親(X1,X2)がこれを断ったという事情がある。

 初診時に胸部レントゲン検査の結果を検討し、病因を解明すべき義務を怠ったため、急性心筋炎の発見が遅れ、急性心筋炎と診断した後も被告病院では十分な治療をなしえないにもかかわらず、IABP(大動脈内バルーンパンピング)等補助循環法の実施可能な高度機能病院へ転医させなかったために手遅れとなりA を死亡させたとして、Aの両親(X1,X2)がY病院に対してその賠償を求めた。

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第1審判決

東京地裁 平成10年11月6日判決

両親の請求をほぼ認容

 通常の聴診能力を持つ医師が、平成5年7月14日にAを診断し聴診を行ったのであれば、Aの病態からみてIII音調奔馬音及び湿性ラ音を聴取することは可能であったと推認するのが相当であり、C医師が聴取しなかったとすれば、その点に医師としての診療上の注意義務違反ないし過失がある。聴取しなかったことを前提としても、C医師は、Aが潰瘍性大腸炎の治療のためプレドニン(感染症の誘発・憎悪作用がある一方マスク作用もある)を服用していることも考慮して、胸部レントゲン写真を撮ったのであるから、初診日レントゲン検査の結果を検討する義務を免れない。

 レントゲン検査の結果を検討し、病因を解明すべき義務を怠ったため、初診日に急性心筋炎を原因とする心不全、肺水腫の状態にあったことを診断できなかった。急性心筋炎による心不全の治療としては、即日入院させたうえで起座位をとらせ、酸素を投与し、利尿剤・血管拡張剤・カテコールアミン剤(強心剤)を投与する。1時間経過しても改善されないときはIABPの適応となるので、その実施(実施可能な病院への転医)を考慮する。

 検査結果を解明しなかったため、上記診断・治療をなしえなかったとして、C医師の注意義務違反を認め、C医師の一連の注意義務違反とAの死亡との間の因果関係も認め、Aの両親(X1,X2)の請求をほぼ認容した(弁護士費用を含む認容額7654万6754円)。

 これに対して、Y病院は、過失(聴診義務違反・検査結果等の確認義務違反・転医義務違反)及び相当因果関係(劇症型心筋炎の救命率)等を争って控訴した。


控訴人の主張

I 医師としての注意義務違反について

I-I:患者が急性心筋炎に罹患していた場合に、常に奔馬調律や湿性ラ音が聴取されるものでなく、聴取できなかったのは、実際にそれが聞こえなかったからである。

I-II:患者の臨床症状には、劇症型心筋炎の存在を疑わせるような徴候はまったく見られず、医師には、平成5年7月14日撮影した胸部レントゲン写真の即時読影義務はない。

I-III:7月15日の治療・B大学病院への転医時期についても過失はない。IABPは、Aが罹患していた劇症型心筋炎に対する治療法としては有効性が充分ではなかった上、腎不不全の症状を呈している患者に対して実施する事は危険であり、避けるべきものであったから、IABP実施を目的とする転医義務があったとはいえない。


II 相当因果関係等

 本件は劇症型心筋炎であり、PCPSを導入しないと致死的であり、PCPSを導入した場合でも救命率は50%を下回る。さらにAの場合、劇症型心筋炎とともにウイルス感染等に起因する腎性急性腎不全(心不全に由来しない腎不全)を併発していた可能性が高く、このような多臓器不全症状を呈する患者の場合には、さらに救命率が低くなる。

 Aの両親はB病院におけるPCPSを拒否した。劇症型心筋炎の死亡率が高いうえ、A側で救命の機会を放棄している。C医師の不作為とAの死亡との間には因果関係はない。

第2審判決

東京高裁 平成13年3月27日判決

全損害の70%に減額して認容


I-I:聴診義務違反について

否定。

I-II:検査結果の検討義務違反について

Aに発熱・吐き気や嘔吐・血痰の症状があったことのみを根拠として、被控訴人らの主張(直ちに諸検査の結果を検討すべき義務があった)を肯定することは困難であると述べたうえで、次のとおり判示し、検査結果の検討義務違反を肯定した。「潰瘍性大腸炎という疾患を有し、プレドニンの継続投与によって感染症に罹患し易く、その症状が増悪し易い状態にあったAが、血痰等の症状を訴えており、診察に当たったC医師自身も風邪以外の疾患の存在を疑って上記各種検査の実施を指示した以上、同医師としては、まず、30分程度で入手できる胸部X線写真の結果を検討し、更に必要があれば血液の生化学・血清検査等の結果を検討した上で、Aの疾患の原因やこれに対する治療方針を判断すべきであったというべきであり、これらの検討を経ないまま、同人の症状を風邪によるものと判断し、帰宅させてしまったことは医師としての注意義務に違反するものであったといわざるを得ない。」

I-III:転医義務について

急性心筋炎に罹患している患者に心不全症状が発現した場合には、まず薬物療法を実施し、その効果が認められない場合には、補助循環を使用する必要があり、また、心不全症状(あるいは重症心不全症状)が発現した場合には、スワンガンツカテーテルを挿入して血行動態を把握する必要がある。そして、急性心筋炎の場合、その後の経過の推移についての予測は困難であるから、診療に当たる医師としては、常に症状が急激に重篤化する可能性があることを考慮した上で、その治療方針を検討すべき義務がある。

控訴人病院には、IABP・PCPS等の補助循環を実施するための設備やスワンガンツカテーテルを挿入して血行動態を把握するための設備はなかったのであるから、同病院において、Aの容態悪化に応じた適切な治療を行うことはできなかったことは明らかであり、遅くとも、Aに心原性ショック症状が生じた段階においては、血行動態把握の必要性があることや補助循環実施の必要が生じる可能性があり得ることを考慮し、Aをこれらの実施することができる専門病院へ転医させる必要があったものというべきである。そうすると、Aは、7月15日朝の再診時には、既に心原性ショック症状を呈していたのであるから、同人が呼吸困難を訴えだした7月14日夜から上記再診までの間には、Aを専門病院に転医させる必要があると判断すべきであったこととなり、控訴人病院の医師には、転医措置が遅れたという点においても注意義務違反があった。


II:相当因果関係の有無について

 相当因果関係の前提問題として、Aの腎不全に関し、「急性心筋炎やこれに基づく重症心不全症状を呈している患者が腎不全症状を起こしている以上、その原因は心不全によると考えるのが自然である」として、控訴人の主張(腎性急性腎不全)に疑問を呈したうえ、腎不全症状を呈する患者に対してIABPを使用すべきでないとの控訴人の主張をしりぞけた。そして、当事者双方が救命可能性の検討資料として提示した報告例を仔細に検討したうえで、C医師の注意義務違反がなければAは救命された可能性は十分にあったとして、注意義務違反と死亡との間の相当因果関係を認めた。そのうえで、本件事故当時の医療水準にもとづく適切な医療行為がされていたとしても、死亡した可能性が残るとして、損害の公平な分担という見地から、賠償を命じるべき損害額をAや被控訴人らに生じた全損害の70%程度にとどめるのが相当であるとした。なお、被控訴人らがB大学病院でPCPSの使用を拒否したことについても、有効な治療法の使用を、それと知りながら拒否したのとは異なると述べた。

判例に学ぶ

 診断を確定し治療する前提として検査する場合、「検査結果を検討するのは、原則として確定診断・治療の前でなければならない」ということです。さらに、転医時期を誤らない点にも要注意。この判決を契機に、外来診療マニュアルに「検査結果の即日検討及び患者への異常の有無の即日報告」を規定し、実践する病院も現れました。1患者にかけられる診療時間が十分ではない環境下でも、診察の基本項目として考える必要があります。