Vol.076 ファロー四徴症患者に対する手術・検査にはご注意を

-東京地裁平成13年7月5日判決、判例タイムズ1131号217頁-
協力:「医療問題弁護団」濱野 泰嘉弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

Aは、平成6年7月、大学医学部附属病院であるB病院で出生したが、出生直後に先天性の心臓疾患であるファロー四徴症(後にファロー四徴症極型)であると診断され、生後4ヵ月目に B病院においてファロー四徴症に対する姑息手術を受けた。 本件手術に際し、B病院の医師であるC医師は、麻酔がなされたAに対し、麻酔下における酸素投与を目的として気管内チューブを挿入した(本件第1回挿管)。すると、Aの動脈血酸素飽和度と心拍数が低下したため、C医師は、いったん気管内チューブを抜去し、フェイスマスクで人工換気をするなどした。これによって、Aの動脈血酸素飽和度と心拍数は改善した。
そして、C医師がAに対しあらためて気管内チューブを挿入したところ(本件第2回挿管)、再びAの動脈血酸素飽和度と心拍数が低下した。Aには体外心マッサージ等が施行されたが、 回復することなく死亡した。
そこで、Aの遺族は、Aの死亡はB病院の医師の過失によるものであるとして提訴した。主な争点は、Aが死亡するにいたった機序と、B病院医師の過失である。

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判決

Aが死亡するにいたった機序

(1)原告側・被告側の主張

原告側は、Aが死亡するにいたった機序について、[1]本件各挿管における気管内チューブの挿入を原因とするストレスによって、麻酔下に動脈管閉鎖の症状を生じ、肺循環を全面的に動脈管に依存していたことから、ただちに低酸素血症に陥り死亡した、[2]麻酔下にファロー四徴症の患児に特有の無酸素発作を起こし、肺循環機能に障害を生じて低酸素血症に陥り死亡した、[3]麻酔下に本件各挿管における気管内チューブの誤挿管によって動脈血酸素飽和度が低下して低酸素血症に陥り死亡した、のいずれかであると主張した。
これに対して、被告側は、Aの解剖がされていないこともあってか、Aが死亡するにいたった機序は不明であると主張した。

(2)裁判所の判断

判決は、因果関係の立証に関する最高裁昭和50年10月24日第2小法廷判決、すなわち「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」を引用したうえで、本件ではAの死亡にいたる機序について厳密な自然科学的見地からの判断には困難な点があるので、医学的に考えられる機序を複数挙げて、そのうちもっとも蓋然性が高いものを検討し、それについて通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちえるか否かを判断するという手法をとった。
そして、判決は、[1]本件第2回挿管後にAの動脈血酸素飽和度が低下した原因は、動脈管閉鎖以外のものは考えにくいこと、[2]もともとAの動脈管は閉鎖傾向にあったところ、本件第2回挿管にいたる刺激、ストレスが引き金になって動脈管閉鎖をもたらすことがありうること、[3]本件第1回挿管後に動脈血酸素飽和度が低下し、気管内チューブを抜去しフェイスマスクを装着したところ、動脈血酸素飽和度が改善したという経過をたどったことは、本件第2回挿管後の動脈血酸素飽和度の低下の原因を動脈管閉鎖と考えることの妨げにはならないなどを理由に、本件第2回挿管後の動脈血酸素飽和度低下は、Aについてはもともと動脈管閉鎖の傾向にあったところ、第2回挿管にいたる刺激、ストレスを直接の引き金としてAの動脈管が閉鎖したことにより引き起こされたものと推認した。
そして、Aが死亡するにいたった機序について、Aは第2回挿管直後に動脈管が閉鎖して動脈血酸素飽和度が低下し、低酸素血症に陥り、心収縮力が低下して心原性ショックに陥り、心臓が停止して死亡するにいたったと判断した。

B病院医師の過失を認める

(1)予見可能性

まず、判決は、Aの動脈管の完全閉鎖の予見可能性について、平成6年10月下旬以降、Aの動脈管は閉鎖傾向にあり、かつ、そもそも動脈管は、解剖学的に生後3ヵ月くらいまでに閉じてしまうと言われており、平成6年10月21日には、Aの月齢は3ヵ月になっていたことからすると、同年10月下旬ころ以降、B病院医師においては、Aの動脈管が刺激、ストレス等で完全閉鎖する危険性があることの予見が、十分に可能であったと判断した。

(2)結果回避可能性

次に、判決は、Aの動脈管の完全閉鎖の回避可能性について、入院中、Aの動脈血酸素飽和度の低下がパルクスの点滴静注によって改善したことなどから、パルクスの点滴静注は動脈管の開存にとって有効であったとして、B病院の担当医師が、パルクスの点滴静注を術前予防的に行うべきで、それにより本件における動脈管閉鎖を回避できた可能性があったと判断した。
さらに、判決は、鑑定意見をもとにAの死亡の回避可能性について判断した。すなわち、Aの動脈管の閉鎖傾向に鑑みれば、動脈管が本件手術における麻酔導入から血管吻合開始までの間に、完全閉鎖する可能性が相当高かったこと、本件手術はもともと非常に危険性が高く、その危険性に鑑みれば、B病院の担当医師は、当初から体外式心肺補助装置を使用する術式を計画するか、あるいは、いつでも迅速に体外式心肺補助装置を用いることができる態勢を敷いて手術に臨むべきであったことなどから、本件手術に際し、B病院の担当医師が、体外式心肺補助装置を準備していれば、Aの死亡は回避できたと推認されると判断した。

(3)医師の過失

以上の点を踏まえ、判決は、B病院の担当医師には、本件手術による刺激ないし、ストレスによりAの動脈管が完全閉鎖されることを予見して、このような動脈管閉鎖を防ぐため、術前予防的にパルクスの点滴静注を行い、さらには手術中における動脈管閉鎖などの危険に備えて手術開始当初から体外式心肺補助装置を用いるか、あるいは、いつでも迅速に体外式心肺補助装置を用いることができる準備をして手術に臨むべきであったにもかかわらず、かかる措置をとることを怠ったとして、B病院の医師の過失を認める判断をした。

判例に学ぶ

かつて、ファロー四徴症の手術や検査などでは、医師の過失を認めた裁判例はありませんでしたが(東京地判昭和53年7月24日・判タ371号142頁、東京地判平成2年3月16日・判時1370号74頁、前橋地判平成6年4月28日・判タ856号244頁など)、近年においては、医師の過失を認める裁判例も出てきています。
本件事案以外でも、ファロー四徴症の患者(当時3歳8ヵ月)が根治手術を受けるため、術前検査で採血を受けたところ、研修医などにより約10分間に合計4回注射針が刺入されたことで、患者が採血時の痛みや恐怖から激しく啼泣し、無酸素発作を起こして虚血性心筋障害により死亡した事案において、医師はファロー四徴症にともなう無酸素発作が患者の死に結びつくものであることを認識していたのであるから、本件採血に際し、患者が注射針の刺入による痛みなどから啼泣し、無酸素発作を起こすような事態を生じさせないため、研修医に経験を積ませることよりも、患者が無酸素発作を起こす危険性を低下させることを優先し、当初から自ら採血を行うなど注射針を刺入する回数を必要最小限に抑える注意義務があったのにこれを怠ったとして、医師の過失を認めています(宮崎地判平成19年7月30日、判例集未掲載)。
ファロー四徴症に限りませんが、医師は、手術や検査によって症状の進行や悪化がないように予防措置をとるべきであり、また、症状の進行や悪化に備えて、それに対応できる準備をしておくべきです。技術的に難しく、危険性の高い手術や検査であれば、なおさら綿密な準備が必要でしょう。
このことは、本件のような手術は大部分の症例で心肺補助装置なしで行えるものであるという被告側の主張に対して、判決がAの身体的状況に起因する本件手術の危険性に照らせば、人工心肺補助装置なしで本件手術を行うことは、妥当とは言えないと判断したことにも表れています。