Aが死亡するにいたった機序
(1)原告側・被告側の主張
原告側は、Aが死亡するにいたった機序について、[1]本件各挿管における気管内チューブの挿入を原因とするストレスによって、麻酔下に動脈管閉鎖の症状を生じ、肺循環を全面的に動脈管に依存していたことから、ただちに低酸素血症に陥り死亡した、[2]麻酔下にファロー四徴症の患児に特有の無酸素発作を起こし、肺循環機能に障害を生じて低酸素血症に陥り死亡した、[3]麻酔下に本件各挿管における気管内チューブの誤挿管によって動脈血酸素飽和度が低下して低酸素血症に陥り死亡した、のいずれかであると主張した。
これに対して、被告側は、Aの解剖がされていないこともあってか、Aが死亡するにいたった機序は不明であると主張した。
(2)裁判所の判断
判決は、因果関係の立証に関する最高裁昭和50年10月24日第2小法廷判決、すなわち「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」を引用したうえで、本件ではAの死亡にいたる機序について厳密な自然科学的見地からの判断には困難な点があるので、医学的に考えられる機序を複数挙げて、そのうちもっとも蓋然性が高いものを検討し、それについて通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちえるか否かを判断するという手法をとった。
そして、判決は、[1]本件第2回挿管後にAの動脈血酸素飽和度が低下した原因は、動脈管閉鎖以外のものは考えにくいこと、[2]もともとAの動脈管は閉鎖傾向にあったところ、本件第2回挿管にいたる刺激、ストレスが引き金になって動脈管閉鎖をもたらすことがありうること、[3]本件第1回挿管後に動脈血酸素飽和度が低下し、気管内チューブを抜去しフェイスマスクを装着したところ、動脈血酸素飽和度が改善したという経過をたどったことは、本件第2回挿管後の動脈血酸素飽和度の低下の原因を動脈管閉鎖と考えることの妨げにはならないなどを理由に、本件第2回挿管後の動脈血酸素飽和度低下は、Aについてはもともと動脈管閉鎖の傾向にあったところ、第2回挿管にいたる刺激、ストレスを直接の引き金としてAの動脈管が閉鎖したことにより引き起こされたものと推認した。
そして、Aが死亡するにいたった機序について、Aは第2回挿管直後に動脈管が閉鎖して動脈血酸素飽和度が低下し、低酸素血症に陥り、心収縮力が低下して心原性ショックに陥り、心臓が停止して死亡するにいたったと判断した。
B病院医師の過失を認める
(1)予見可能性
まず、判決は、Aの動脈管の完全閉鎖の予見可能性について、平成6年10月下旬以降、Aの動脈管は閉鎖傾向にあり、かつ、そもそも動脈管は、解剖学的に生後3ヵ月くらいまでに閉じてしまうと言われており、平成6年10月21日には、Aの月齢は3ヵ月になっていたことからすると、同年10月下旬ころ以降、B病院医師においては、Aの動脈管が刺激、ストレス等で完全閉鎖する危険性があることの予見が、十分に可能であったと判断した。
(2)結果回避可能性
次に、判決は、Aの動脈管の完全閉鎖の回避可能性について、入院中、Aの動脈血酸素飽和度の低下がパルクスの点滴静注によって改善したことなどから、パルクスの点滴静注は動脈管の開存にとって有効であったとして、B病院の担当医師が、パルクスの点滴静注を術前予防的に行うべきで、それにより本件における動脈管閉鎖を回避できた可能性があったと判断した。
さらに、判決は、鑑定意見をもとにAの死亡の回避可能性について判断した。すなわち、Aの動脈管の閉鎖傾向に鑑みれば、動脈管が本件手術における麻酔導入から血管吻合開始までの間に、完全閉鎖する可能性が相当高かったこと、本件手術はもともと非常に危険性が高く、その危険性に鑑みれば、B病院の担当医師は、当初から体外式心肺補助装置を使用する術式を計画するか、あるいは、いつでも迅速に体外式心肺補助装置を用いることができる態勢を敷いて手術に臨むべきであったことなどから、本件手術に際し、B病院の担当医師が、体外式心肺補助装置を準備していれば、Aの死亡は回避できたと推認されると判断した。
(3)医師の過失
以上の点を踏まえ、判決は、B病院の担当医師には、本件手術による刺激ないし、ストレスによりAの動脈管が完全閉鎖されることを予見して、このような動脈管閉鎖を防ぐため、術前予防的にパルクスの点滴静注を行い、さらには手術中における動脈管閉鎖などの危険に備えて手術開始当初から体外式心肺補助装置を用いるか、あるいは、いつでも迅速に体外式心肺補助装置を用いることができる準備をして手術に臨むべきであったにもかかわらず、かかる措置をとることを怠ったとして、B病院の医師の過失を認める判断をした。