くも膜下出血の発症を見落とした過失

~医師の問診義務違反について~

-平成15年10月29日大阪地裁判決-
協力:「医療問題弁護団」竹内 奈津子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

Aは、平成8年9月5日、午後7時45分ころ、激しい頭痛を訴えて、直後に嘔吐した。同月6日は、激しい頭痛と吐き気のため会社を欠勤し、同日の夕方、脳神経外科であるB医師のB診療所を受診した。
B医師の診察では、MRI画像上に異常所見は見られず、脳波も正常であったため、頭痛はくも膜下出血ではなくストレスによるものと診断され、Aは内服の鎮痛剤の処方を受けて帰宅した。
9月10日、Aの症状はやや軽減したが頭痛は治まらず、同日午後11時ころにはとうとう意識が消失する事態にまでなってしまったため、救急車で某救命救急センターに搬送された。このときの頭部CT撮影の結果、Aはくも膜下出血であると診断されたが、すでに手遅れの状態となっており、9月27日に51歳で死亡するにいたった。
Aの遺族(妻及び子2名)はくも膜下出血を発症していないと診断したことに過失があるとして、B診療所ことB医師(以下「B」という)を相手に不法行為を理由として総額約7000万円の損害賠償を請求した。

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判決

Bの問診義務違反などを認める

(1)AはBの診察当日にくも膜下出血を発症していたかどうか

Aは9月5日午後7時45分ころ、車を運転中に激しい頭痛を訴えて、車を運転できなくなって帰宅。直後に嘔吐しており、この時点でAは突発的に激しい頭痛と嘔吐を発症したと言うべきである。
Aは、この日に何度か嘔吐しているうえ、受診当日の9月6日には激しい頭痛と吐き気のため会社を欠勤し終日臥床していたこと、Aの妻はAが普通でないと感じ、できるだけ早く脳神経外科専門医の診察を受ける必要があると考えて119番や複数の病院に問い合わせをしていたこと、Aも妻の説得を受けて医師の診察を受けることに同意し、その夕方にはBの診察を受診したのであるから、Aは受診前日の9月5日に発生した頭痛、嘔吐ないし吐き気が持続しており改善していたとは言えないことが認められる。
そして、Aの頭痛と嘔吐、吐き気は、9月5日から9月9日まで持続していたが、同月10日には症状がいったんやや軽減したものの帰宅後に頭痛を訴え、同日午後11時ころに意識がない状態になり、搬送された某救命救急センターで左内頚・後交通動脈分岐部の動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と診断され、同月27日に死亡した。
このようなAの一連の臨床症状の経過に加えて、証拠(略)によれば、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は再出血を発症することが多く、出血後2週間以内の再出血率の合計は19パーセントとされているとの研究報告もあるとすれば、Aが同月10日午後11時ころに発症したくも膜下出血は脳動脈瘤の再破裂による再出血であり、同月5日午後7時45分ころに同じ大動脈瘤から初回出血があったと推認できる。
したがってAは、9月6日にBの診断を受けた当時、くも膜下出血を発症していたものと認められる。

(2)くも膜下出血の発症を看過した注意義務違反ないし過失について

くも膜下出血を発症した場合にもっとも特徴的な症状は、突発性で持続性の頭痛、悪心、嘔吐とされる一方、くも膜下出血は、発症しても通常は局所症状がなく、頭蓋内圧亢進の程度によっては意識障害もともなわない場合があり、また髄膜刺激症状である項部硬直もくも膜下出血発症から丸1日を経過しない間は現れない場合があることからすれば、くも膜下出血を発症しているか否かを判断するにあたっては突発性で持続性の頭痛・嘔吐の有無がきわめて重要な臨床所見であり、その有無を的確に判断することが診断上重要となる。
ところが、くも膜下出血の発症の仕方はさまざまであり、必ずしも「バットで殴られたような」痛みが出現するとは限らず、出血量が少ない場合には頭痛が軽度のこともあるため、くも膜下出血の発症を看過し風邪などと誤診する場合がありうる。
しかも、一般に、患者は自らの抱えている問題点に関して気づいていないことや、うまく表現できないことがあり、さらにはくも膜下出血による頭痛の特徴が発症の突発性、持続性であることを認識していないこともありうるため、自己の症状を的確に表現できない可能性があることにも留意する必要がある。
したがって、医師には、患者がくも膜下出血を疑うべき症状を訴えている場合には当該所見がくも膜下出血の症状か否かを判断するため、頭痛の発症形式、程度、持続時間、嘔吐や吐き気の有無、持続期間等について詳細な問診を行い、くも膜下出血による頭痛に特徴的な事情の存否を聴取するべき注意義務があるものと言える。
くも膜下出血を疑うべき臨床所見が認められた場合には、くも膜下出血の有無の確定診断をするためにはCT撮影が必須であるとされているから、CT所見によるくも膜下出血が否定されない限り、くも膜下出血ではないとの判断を軽々にするべきではない。
また、くも膜下出血による生命身体に対する危険性も考慮すると、医師としてはくも膜下出血の疑いが払拭されない限りCT撮影を行って出血の有無を確認すべき注意義務があり、つまり自らCT撮影できない場合には、CT撮影が可能な医療機関にただちに転医させるべき注意義務がある。
Aの主訴は嘔吐をともなう激しい頭痛であり、くも膜下出血を疑うべき所見であると言えるから、Bとしては、この所見がくも膜下出血によるものか否かを判断するため、十分な問診を行うべき注意義務を負っていたことになる。とりわけAは受診時50歳であり、くも膜下出血は40歳代、50歳代で高頻度に発症するとされることをも考慮するならば、Aは好発年齢にあったから、くも膜下出血の可能性を慎重に検討して問診を行うべきであった。
本件において、BはAに対して、飲酒量、運動した時期や程度、運動後どのくらいの時間が経ってから頭痛が起こったのか、頭痛の発症形式や持続時間、現時点での頭痛の有無や程度、嘔吐の持続した期間、現時点での嘔吐の有無や程度、家族歴等について十分な問診をしたとは言えない。
以上によれば、BはAに対し、くも膜下出血による頭痛、嘔吐等の症状が認められるかどうかを判断するために必要な情報を聞き出すための適切な問診を行うべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、不十分な問診をした結果、Aの症状につきアルコール多飲や過度の運動に由来する脳血管の一時的拡張によるものと考え、くも膜下出血に特徴的な所見である突発性で持続性の頭痛や嘔吐を発症していたことを看過して、くも膜下出血ではないと判断したものであり、Bには問診義務違反があると言うべきである。
そして、Bは前記の問診義務違反の結果、Aの臨床症状に対する判断を誤り、CT撮影することもなく、くも膜下出血ではないと判断し、CT撮影が可能な病院への転医をさせなかったものであるから、Bには、Aのくも膜下出血発症につきCT撮影が可能な病院への転医義務違反があると言え、よってBにはAに対する診療上の不法行為が認められる。

(3)くも膜下出血の発症を看過した過失とAの死亡との因果関係

Aは、9月5日に激しい頭痛と嘔吐を発症し、その症状が翌日6日も持続していたが、意識障害や眼底出血、項部硬直等の所見はなく、また、これらの所見からすれば頭蓋内圧亢進の程度は低く出血量は少なかったと考えられ、症状は比較的軽度であったと推認される。
初回出血の翌日であった9月6日の時点でくも膜下出血との診断がされていれば、再出血が起こった9月10日午後11時ころより前にクリッピング術を実施し、再出血を予防できたと認められ、 9月6日のAの症状が比較的軽度であったことからすれば、術後の回復可能性が高かったものと考えられ、ただちにクリッピング術が実施されることにより、9月10日に再出血することはなく死亡することもなかったとの高度の蓋然性が肯定されるので、Bの過失とAの死亡との間には因果関係が認められる。

判例に学ぶ

問診は医師が患者から情報を収集する第1段階であり、問診が十分になされることは、正しい診断を下すための必要不可欠の前提行為となります。
特に本件のくも膜下出血のような救急医療における典型的症例の場合には医師が初診において適切な問診をしたかどうかが患者の救命可能性を決定すると言えるため、本件判決は医師は患者の訴えている症状、具体的には「頭痛の発症形式・程度・持続時間・嘔吐の持続時間等」において詳細で十分な問診を行う義務があるとしています。
そして、医師が詳細で十分な問診をしなかったことで、[1]必要な検査を実施しなかった場合、[2]本件のように必要な検査ができない場合に、医師が検査が可能な病院に転院させなかった場合で誤診が生じた場合には、その医師は誤診について、検査義務違反ではなく問診義務違反を問われることを本件判決は明確にしています。