Vol.088 レーシック手術に関する説明義務違反の事例

~発生頻度が高くない術後合併症についても説明義務違反を認め、自己決定権侵害に対する慰謝料を認容した事案~

-大阪地裁平成21年2月9日判決、判例タイムズ1300号276頁掲載-
協力:「医療問題弁護団」富澤 伸江弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件は、レーシック手術(近視矯正手術の一種で、近視や乱視の度数に応じてエキシマレーザーを角膜実質に照射し、角膜のカーブを変化させ、眼の屈折力を正常に戻すことによって、近視や乱視を矯正する方法)を受けたあとに、発生頻度のそう高くない合併症である術後遠視(近視矯正手術の結果、遠視が生じること)を発症した患者が、手術に先立ち、術後遠視に関する説明を受けなかったとして、被告クリニックに対して説明義務違反等を主張し争った事案である。

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争点と判決

本件では、レーシック手術に先立ち、医師は患者に発生頻度がそう高くない術後遠視について説明をすべき義務があるのか(説明義務違反)、仮に説明義務違反が認められたとして、原告に生じた損害と説明義務違反との因果関係が認められるのか等が争われた。

(1)説明義務違反

被告クリニックは、術後遠視が生じる可能性について、医師による具体的な説明をしていないことを認めたうえで、その理由について、遠視を遠くがよく見える状態であると誤解する患者が多く、説明することによって、かえって患者が混乱するからであるとし、さらに、被告クリニック医師らは、手術に先立ち、パンフレットを用いて、近視矯正手術の原理を説明し、術後、希望の視力にならない場合があること、その場合は、再手術が必要であることを説明し、原告はそれを理解したうえで、本件手術を受けることを決断したのであるから、説明義務は尽くされており、説明義務違反はないと主張した。
しかし、裁判所は、以下の理由から、被告の主張を認めなかった。

[1] 術後遠視は、エキシマレーザーによる近視矯正手術による合併症の中でも、もっとも避けなければならないもののひとつとされており、日本眼科学会のガイドラインにも、将来を含めて遠視とならないことを目標とする旨が明記されていること

[2] 近視が強度の場合は、矯正量が多くなり、矯正精度が低下して過矯正が生じやすいとされており、近視度数(S)マイナス6D以上の矯正では術後遠視が生じる頻度が高くなるとの報告があること。そして、本件手術当時の原告の近視度数は、右眼がマイナス10.25D、左眼がマイナス10.75Dであり、マイナス6D以上の矯正と言え、術後遠視が生じる頻度が高くなる場合に該当していたこと

[3] 近視度数(S)マイナス6D以上の矯正を行う場合には、術後遠視が生じる可能性があることを患者に十分に説明する必要があると医学文献上指摘されていること

裁判所は、これら3点を取り上げ、被告クリニック医師らには本件手術に先立ち、原告に対して本件手術の合併症として術後遠視が生じる可能性があることを説明すべき義務があったと判断した。
さらに、裁判所は、被告クリニックのパンフレットにレーシック手術の「合併症」として「近視への戻り」を含めさまざまなものが挙げられていたが、「術後遠視」について記載がなかったことや、パンフレットに「視力回復保障制度」として、予定した視力に回復しない場合や「近視の戻り」が発生した場合でも追加矯正が可能である場合には、無料で再手術を提供する旨が記載されていたことを取り上げ、「レーシック手術を受けようとする一般人が術後に希望の視力にならないことがあり、その場合は再手術が必要であると説明された場合、再手術は予定した視力が得られなかった場合や、手術後に視力が近視側に戻った場合に再度近視矯正手術を施行することを指すと考えると解されるところ、近視の戻りの症状は、近くがよく見えるが遠くがぼやけるというものであり、他方、遠視化(術後遠視)の症状というのは、遠くがよく見えるが近くがぼやけるというものであり、両者は、まったく逆の症状であることからすれば、上記説明によって術後遠視が生じる可能性があることを(レーシック手術を受けようとする一般人が)認識することは困難と言うべきである」と判断し、被告クリニック医師らがパンフレットを用いて、近視への戻り等のその他合併症について説明をしていたからと言って、術後遠視についての説明をしたことにはならないと判断し、被告クリニックの主張を退け、被告クリニック医師らの説明義務違反を認めた。

(2)因果関係

裁判所は、〈1〉原告は、本件手術の予測される合併症としてパンフレットの交付を受けて、術後遠視以外のさまざまな合併症についての説明を受けながらも本件手術を受けたこと、〈2〉原告のように若年者の場合、多少の遠視化は問題とならない場合が多く、術後遠視が生じても再手術によって回復改善する可能性もあること等を取り上げ、仮に原告が本件手術の合併症として術後遠視が生じる可能性がある旨の説明を受けていたとしても原告は本件手術を受けることに同意したと推認することができると判断し、説明義務違反と原告主張の術後遠視の結果生じた損害との間の因果関係を認めなかった。

(3)自己決定権侵害

裁判所は、前記因果関係については否定したものの、原告は適切に情報を提供され、これにもとづいて本件手術を受けるか否かを真摯に選択判断する権利(いわゆる自己決定権)を侵害されたと言えると判断し、自己決定権侵害に対する慰謝料金50万円の支払いを被告クリニックに命じた。

判例に学ぶ

 医師の説明義務については、一般的に患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき、その利害得失を理解したうえで当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し、決断することを助けるために行われるものであり、医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するにあたっては、診療契約にもとづき、特別の事情がない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、ほかに選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると考えられています(平成13年11月27日最高裁判所判決)。
そして、説明義務の具体的内容や程度については、行われる術式の性質などによって、その内容も異なると考えられます。
この点、本件のような近視矯正手術は眼鏡やコンタクトという近視矯正の代替手段がある以上、緊急性や必要性が乏しい手術と考えられており、このような性質の手術を行うにあたっては、医師として、患者が当該手術を受けるか否かを十分に検討・吟味したうえで判断できる程度に、術後合併症等について十分かつ具体的に説明すべき義務があると考えられています。緊急性・必要性が乏しい手術という性質上、美容整形手術と同様に、医師に課される説明義務の内容や程度も厳しく判断される傾向にあると言えるでしょう。
本件では、術後遠視という発生頻度がそう高くない合併症について、どの程度の説明義務があるのかが問題となりましたが、裁判所は、[1]ガイドラインに特に避けるべき後遺症として術後遠視が記載されていること、[2]原告のような強度の近視患者については術後遠視の発生頻度が上がるとの報告があること、[3]強度の近視患者に対しては術後遠視について説明すべきとの指摘が医学文献にあったことから、具体的に術後遠視について患者に説明すべきであったと、医師の説明義務違反を認めました。
発生頻度が高くない術後合併症についても、患者の具体的状況を踏まえて、患者が手術を受けるかどうかを十分に検討・吟味し、自己決定できるよう、十分かつ具体的な説明が求められていると言えます。
なお、本判決では、原告に生じた後遺症にもとづく損害と説明義務違反との間の因果関係は否定されて、自己決定権侵害の慰謝料50万円のみが認容されましたが、裁判所が因果関係を否定した背景には、被告クリニックが術後遠視について具体的な説明をしなかったものの、ほかの術後合併症については説明を行っていたという事情があると考えられます。
仮に、被告クリニックが、ほかの合併症等についても不十分な説明しか行っていなかった場合であれば、本件でも因果関係が認められた可能性があると思われます。
現に、近視矯正手術において医師が合併症の危険性について説明をせず、「キャンセルがあったので今日なら手術できます。今日でなければ6ヵ月先になります」と急いで手術を受けるよう患者を勧誘した事案においては説明義務違反を認め、さらに、後遺症にもとづく損害との間の因果関係も認めた裁判例もあります(平成14年8月28日大阪地裁判決)。