判決は、本件手術の適応、術式の選択に関する注意義務違反については否定した。また、MRSA感染に対する治療義務違反は認めているものの、因果関係を否定した。
1 説明義務違反について
説明義務違反については、「一般に、医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するにあたっては、診療契約にもとづき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、ほかに選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて、説明すべき義務があると解される。この説明は、患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき、その利害得失を理解したうえで、その療法を受けるか否かについて熟慮し、決断することを助けるために行われるものであり、医療水準として確立した療法が複数存在する場合には、患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮のうえ、判断することができるような仕方で、それぞれの療法の違い、利害得失をわかりやすく説明することが求められる(最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁参照)」という一般論を提示したうえで、以下のような判断が示された。
[1]本件手術のリスクにかかる説明について
本件手術のリスクの内容として、脳梗塞、出血、臓器障害及び細菌感染が挙げられたうえで、「手術リスク」は10パーセントであるとの説明について、判決は、「手術を受けようとする患者にとって当該手術による死亡リスクがどの程度かは、きわめて重要な事項であることは明らかであり、医師は当然これを明示的に説明すべき義務を負うと解される。また、死亡以外の合併症についても、少なくとも脳梗塞のように重篤なものについては、その発生リスク及びその程度を説明すべき義務を負うと言うべきである」とし、「医師の説明は、『手術リスク』として一括して説明したのみで、合併症発生のリスクのみならず、死亡リスクがあるのか、『10パーセント』にはどのようなリスクを含むのか明示していない点において、すでに不適切と言うべきである。この『手術リスク』が死亡リスクを指すとすれば、広く合併症の発生リスクを説明しながら、『10パーセント』には重篤な合併症発症のリスクを含めなかったことになり、その説明は不十分であったと言わざるをえない」とした。
さらに、この「10パーセント」の説明についても、「遠位弓部大動脈瘤手術及び胸腹部大動脈瘤手術の各単独での死亡のリスクに加え、同時手術は侵襲が大きいためにより危険が大きくなることなどから、本件手術による死亡のリスクは10パーセントよりかなり大きかったと認めるのが相当であるから、死亡リスクを指していたのだとしても、10パーセントという説明は過小であったと認められる。『手術リスク』が10パーセントという説明が死亡以外の重篤な合併症も含むものであったとするならば、前記の死亡リスクよりもさらに大きくなったことは自明であるから、10パーセントという説明はさらに過小であったということになる」として、本件手術のリスクにかかる説明について説明義務違反があるとした。
[2]脳保護法にかかる説明について
そして、本件手術に付随してともなう脳保護法について、「確かに、手術について説明する場合に補助手段のすべてについて説明すべきものとは考えられないが、前判示のとおり、説明義務が患者の自己決定権の適切な行使を可能とするためのものであることにかんがみれば、当該手術による死亡リスクなど重大な法益を左右するようなものについては、それが手術の補助手段であっても、ほかに選択可能な方法があれば、その内容と利害得失を説明すべきである」とした。
HCAのように手術に附随して行う補助手段についてまで法的説明義務を負うものではないという医療機関側の主張を排斥した。
医師は、脳保護法としてHCAを採用すること及びその原理について説明したにとどまり、ほかにとりえる脳保護法としてのRCP、SCPとの利害得失等について説明することなく、さらに、弓部の置換範囲が拡大し、手術時間が延長して、同医師が一応の目安とする60分を超えて循環停止がありえることを踏まえたリスクの説明をしなかったのであるから、脳保護法にかかる説明について説明義務違反があるとした。
2 説明義務違反と死亡との因果関係について
因果関係については、これまでの診療経過等から、本件手術のリスク及び脳保護法について正確な説明を受けていたなら、被控訴人病院において本件手術を受けるのをやめ、経過観察をさらにつづけることにしたか、別の病院の治療を受けていたものと認められるとしたが、本件患者の胸腹部大動脈瘤には通常の検査では発見困難なsealedruptureが存在していたところ、腹部大動脈瘤のsealedruptureは、6ヵ月以上生存する者が10パーセントであったという報告があるように、いつ大量出血するかわからないきわめて危険な状態にあることや弓部動脈瘤を併発していたことから、いつ死亡していたかわからない状況にあったなどとして、説明義務が履行されたとしても死亡した時点でなお生存していたであろう高度の蓋然性を認めることはできないとした。
しかし、本件患者は、sealedruptureによると見られる胸痛等を訴えるようになってからも、相当の長期間生存しつづけてきた事実にかんがみれば、死亡時においてなお生存していた相当程度の可能性は認めることはできるから、その可能性を侵害されたことによって被った損害との因果関係は認められるとした。