1 インフォームド・コンセントとは
インフォームド・コンセントとは、患者が医療行為を受けるにあたっては、医師より当該医療行為を受けるか否かの判断をするために適切かつ十分な説明を受けたうえで、患者が、医師と当該医療行為を受けることの合意をなすべきことを言います。
このインフォームド・コンセントは自己の人格的生存に必要不可欠な事項については自らが決定権を有するという患者の自己決定権にもとづくものです。
どのような医療行為を受けるか否かは生存、ライフスタイルという個人のあり方、つまり、個人の人格的生存に深くかかわるものであるため患者自身が主体的に自己決定すべきです。しかし、医療行為は高度な専門性を有するので通常、患者は医療行為を受けるべきか否かを判断するのに必要かつ十分な情報を有していません。
そこで、専門家である医師は、患者が医療行為を受けるか否かを主体的に自己決定するのに必要かつ十分な説明をする義務を負い、患者はその説明を受けたうえで、当該医療行為を受けるか否かを主体的に自己決定し、患者と医師との間で当該医療行為を受けることの合意がなされなければならないのです。
このようなインフォームド・コンセントの考え方を前提にして、世界保健機関(WHO)ヨーロッパ会議「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言」(1994年)は、「すべて人は、自己決定の権利を有する」、「患者は、容体に関する医学的事実を含めた自己の健康状態、提案されている医療行為及びそれぞれの行為にともないうる危険と利点、無治療の効果を含め提案されている行為に代わりうる方法、並びに診断、予後、治療の経過について、完全な情報を提供される権利を有する」、「患者によるインフォームド・コンセントは、あらゆる医療行為にあたって事前に必要とされる」としています。
そして、これを受けて改訂された世界医師会(WMA)による患者の権利に関するリスボン宣言は、「患者は、自分自身にかかわる自由な決定を行うための自己決定の権利を有する。医師は、患者に対してその決定のもたらす結果を知らせるものとする」、「精神的に判断能力のある成人患者は、いかなる診断上の手つづきないし治療に対しても、同意を与えるか、または差し控える権利を有する。患者は、自分自身の決定を行ううえで必要とされる情報を得る権利を有する。患者は、検査ないし治療の目的、その結果が意味すること、そして同意を差し控えることの意味について明確に理解するべきである」としています。
これらは、インフォームド・コンセントが、患者の自己決定権を確保するために必要不可欠であることを確認したものです。
2 インフォームド・コンセントのための医師の説明義務
このように患者が自己決定権を行使して、インフォームド・コンセントができるように、医師は患者が医療行為を受けるか否かを主体的に自己決定するのに必要かつ十分な説明をする義務を負っています。
インフォームド・コンセントのための医師の説明義務は、法律上は患者、医師間の診療契約という準委任契約に根拠を有するもの(民法656条、民法645条)ですが、理念的には患者の自己決定権を確保するためのインフォームド・コンセントを根拠とするものなのです。
このインフォームド・コンセントのための医師の説明義務の具体的な内容については、最高裁判所が平成13年11月27日の判決(判時1769・56)で「医師は患者の疾患の治療のために手術を実施するにあたっては診療契約にもとづき、特別の事情のない限り、患者に対し疾患(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、ほかに選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明する義務がある」との判断を示しています。
3 手術の適応に関するインフォームド・コンセントの重要性
インフォームド・コンセントのための医師の説明義務については、臓器を切除するなどの、侵襲性の高い手術においては、その手術の適応について、厳格な説明がなされるべきであると考えられています。
これは侵襲性の高い手術については手術自体が患者の身体に与えるダメージが大きく、適応の程度が低ければ手術を実施することについての医学的合理性、有意性も低いということになるため、患者の真摯な同意がなければ、これを正当化することは困難だからです。
本件では患者のがんの臨床病期が術前の診断どおりステージIならば手術適用があり、ステージIIIAならば手術適用があるとする意見が多かったのですが、手術中に判明したステージIIIB だと一般的に外科手術をしても予後は不良で、手術適用なしと考えられていました。
それゆえ、裁判所は、手術中に患者の臨床病期がステージIIIBであることが判明した時点で、医師は診療契約にもとづき患者の家族に対して患者の疾患が肺がんのステージIIIBである事実、中葉、肺葉の切除術を実施予定であるが、手術を実施しても予後は不良であることを説明すべきであり、医師がこれを怠ったことは診療契約上の説明義務に違反すると判断したのです。
4 お任せ医療にはトラブルの危険が
本件の訴訟において医師は手術前の説明に対し、患者及びその家族から「先生の良いと思うようにやってください」と言われており、実施した手術はこの承諾の範囲内のものであるから、手術中に中葉への転移につき患者家族に説明して手術の続行につき同意を得る必要はなかったと主張していました。
しかし本件では患者は肺がんの臨床病期がステージIかステージIIIAで手術適用があるとの医師の説明を前提にして右肺葉切除術の実施に同意し、「先生の良いと思うようにやってください」と言ったのであって、ステージIIIBで手術をしても予後不良であり、手術適用がないのに手術の実施に同意していたわけではないのです。つまり手術中に患者の臨床病期がステージIIIBであることが判明した時点で術前の患者の手術実施に関する同意は前提を欠くものになり、改めて手術の実施に関しインフォームド・コンセントがなされなければならなかったのです。
インフォームド・コンセントを重視する考え方に対しては、「患者に真の自己決定ができるのか」、「患者の自己決定の負担を負わせることはかわいそう」との反論を受けることがあります。
けれども、インフォームド・コンセントがなされずに医療がなされると、本件のように治療の経過が患者とその家族にとって予期しないものになったとき(患者は、術前、特に日常生活に支障がない状態で、肺がんの根治をめざして手術を受けたが、手術を受けたことにより術後合併症である気管支断端瘻などに苦しめられ、その合併症により死亡した)に患者とその家族は医師に対して不信感を有するようになりトラブルの原因になります。医師と患者間のトラブルの危険を防止する観点からもインフォームド・コンセントが重視されるべきことをご理解ください。