Vol.151 手技ミスはどのように判断されるか

―頸部リンパ節摘出手術時の副神経損傷につき手技ミスがあったと推定し反証なき執刀医らの過失を肯定した例―

前橋地方裁判所・平成26年12月26日判決・判時2251号79頁(耳鼻咽喉科)
協力「医療問題弁護団」梶浦 明裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者(女性・当時22歳・155㎝・49㎏)は、2009年5月中、他院で下肢静脈エコー等により血栓性静脈炎を疑われ、同血栓の精査治療目的で本件病院(市立病院)に緊急入院した(ヘパリン投薬・服用)。他方で、患者には2009年4月中から、38度前後の発熱と左頸部の圧痛が認められ、本件病院の内科を受診した際に左頸部リンパ節腫大が認められ、頸部CTによりリンパ節炎に矛盾なしとの所見が得られた。そこで、本件病院は、患者に対して頸部リンパ節生検を実施することとし、同年5月末、患者に対してリンパ節摘出術(「本件手術」)が実施された。本件手術は、左頸部皮膚から広頸筋を切開し(メス、ハサミ、電気メスによる)、摘出すべきリンパ節を確認後にペアン鉗子及び微細鉗子を使用して、該当リンパ節と周囲組織の剥離が進められた。なお、本件手術を担当した医師は合計4人であり、うち3人が耳鼻咽喉科医(このうち1人は上級医として執刀は担当せず指導等のみ)、うち1人は内科医であったところ、皮膚の切開後、剥離を進めた者、止血を実施した者、執刀を行いリンパ節を摘出した者が誰であるか証拠上明らかではない。
本件手術後、患者には、左腕の痛みや左腕が上がらないなどの異変が認められ、2009年8月、後医で左副神経麻痺との診断を受け、同年12月、さらに別の後医で副神経の縫合手術が実施され、その後リハビリが行われたが、左腕(利き腕)に可動域制限(2分の1以下)等の後遺障害が残った。

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判決

患者は、後遺障害が生じたのは、本件手術中、本件担当医師らが副神経を損傷しないよう慎重に操作を行う注意義務に違反して、左頸部リンパ節付近を走行する副神経を損傷(種類は最も重い第五度損傷=切断)したからなどであるとして、本件病院を運営する市を相手取り提訴した。

1.本件手術手技により副神経損傷が生じたことを認める
本件病院の本件手術に関する診療録等には、本件副神経損傷が本件手術によるものであるとの記載はなく、医師らは損傷の認識がないと証言するなどした。
しかし、裁判所は、患者には本件手術後自身の左腕が上がらない症状が生じていること(時間的接着性)、後医における副神経の縫合手術の手術所見によると切断された副神経の断端は損傷を受けた位置にとどまりその端同士に欠損がほとんどないこと(引っ張られる等して切断された形跡ではなく鋭的に手術器具によって切断されたと考えられること:当該損傷に付随すべき事情)、他に副神経損傷の原因があることを示す証拠がないこと(他原因の否定)、その他本件病院も本件手術により損傷が生じたことを前提とした行動をとっていること(事故後の記載および検討会の内容等)、などの事実を総合考慮して、本件手術手技により副神経損傷が生じたことを認めた。

2.副神経損傷につき過失を認める
裁判所は、1のとおり本件手術手技により副神経損傷が生じたという大前提のもと、次のとおり判示して、本件手術が基本的手術であり難易度も高くないこと(次に一部引用)、本件副神経切断が鋭的に手術器具によってなされたものであると考えられること(右記後医における副神経の縫合手術の手術所見参照)を総合考慮し、本件事故の発生がやむを得ないという事情もないとして、副神経損傷について医師らの手技上の過失を認めた。
「リンパ節生検は、切開、剥離、閉創という外科医の基本的手技で構成される基本的な手術であり、研修医でも上級医の指導の下実施することができるものであることからすると、本件医師らは、本件手術を担当する医師として、過誤なく本件手術を遂行する義務を負っており、その一内容として、原告の副神経を損傷しないよう慎重に操作を行う義務を負っているというべきである。そして、第一度損傷から第三度損傷の範囲にとどまる副神経損傷であれば格別、副神経の切断はかなり少ないことからして、医師が、適切な処置のもと、リンパ節生検を実施するに当たっては、副神経の切断は起こり得ず、これが生じた場合は、同生検を実施した医師の手術手技に何らかの過誤が存在したことを強く疑わせるものと考えられる。(後略)」
なお、本件病院(被告)側は、本件副神経損傷について、患者の体動が原因である、又はヘパリンの影響等で出血が多くやせ型であったことが影響した、と反論したが、裁判所は、体動についてはある程度の体動は想定に入れるべきと排斥、出血ないしやせ型については損傷の要因とはならないとして排斥した。

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判例に学ぶ

いわゆる「手技ミス」(医師の手術等の手技上の過失)が問題になることは、本件に限らず、科を問わず往々にしてあります(筆者ら医療問題弁護団研究班の2013年の研究発表時の検索によると「手技ミス」が争われた裁判例は212件)。この「手技」に「ミス」(過失)があるか否かの事後的な検証は、術中ビデオが残されていれば比較的容易ですが、そうでない場合は容易ではありません。しかし、術中ビデオが残されていない場合も、さまざまな証拠から事実の認定を積み重ねることにより、間接的に「手技ミス」の有無の判断がされることになり、本件も同様です。
一般的に、「手技ミス」の有無を判断するには、第1に「当該手技によって損傷が生じたか」、第2に「損傷を生じさせたことに過失が認められるか」の2つの論点により2段階構造で判断されます(秋吉仁美編著『医療訴訟―リーガル・プログレッシブ・シリーズ』青林書院、316〜317頁)。
より具体的には、最初に、第1の論点が、①操作部位と損傷部位の場所的近接性、②手技と症状発生の時間的接着性、③当該手技が当該結果を発生させる危険性、④当該損傷に付随すべき事情の発生、⑤他原因による症状発生の可能性により判断されます(最高裁判所平成11年3月23日・裁判集民192号165頁等)。このうち、筆者らの研究によると、裁判例で重視されている要素は③「危険性」及び⑤「他原因」です。本件でも、②「本件手術後時間的接着した時点で症状発症」や④「本件損傷が手術器具により鋭断されているという付随事情」のほか、③「副神経損傷の原因はリンパ節生検等がもっとも頻度が高いとされること」、および⑤「他原因否定」により、第1の論点が肯定されています。
続いて、第2の論点については、本裁判例でも、筆者らの研究でも、第1の論点が肯定された場合は事実上推定され、医療機関側からミスではないこと、具体的には「通常の術式」(医療水準に沿った術式)で終始手術手技を行ったことについての合理的な説明が必要になるといえます。しかし、本件では、本件手術手技が極めて基本的なものであるにもかかわらず、医療機関側は、手技を行った医師の役割分担すら合理的に説明できず(医師らの証言等にも食い違いあり)、医師らがいずれも本件損傷を認識すらしていなかったなど、医療機関側で合理的な説明がほぼできていないことが過失の肯定判断に影響していると考えられます。
医療者には、術中ビデオを中心に術中経過をしっかりと記録に残すこと、そして、同記録に基づき患者側に経過を十分に説明することが大切であり、これらにより、真相を前提とした真の再発防止や無用な紛争の防止が実現するといえるでしょう。