Vol.152 行うべきでない医療行為を行った医師に対する刑事責任

―肝臓切除手術の執刀経験が皆無である医師が、肝臓背部側の腫瘍の切除術を行い、患者を死亡させた行為について、業務上過失致死で有罪となった事例―

奈良地方裁判所刑事部平成24年6月22日判決 判例タイムズ1406号3
協力「医療問題弁護団」大野 絵里子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

行旅(行路)病人であった被害者(当時51歳)は、2006年1月10日(以下、記載なければ同年度)から、慢性肝炎、高血圧、狭心症等の検査と治療のため、a病院に入院した。行旅(行路)病人とは、歩行することができない行旅中の病人で療養先が見つからず、救護者のない者をいう(行旅病人及行旅死亡人取扱法第1条)。行旅病人に対する救護は市町村の義務とされ、その費用は最終的には原則都道府県が弁償する。
a病院の医師であった被告人及びC(捜査中に死亡)は、CT検査、腹部超音波検査、肝血管造影検査の結果等から、被害者の肝腫瘍(以下、本件腫瘍という)がS7と呼ばれる区域にあると認識した。被告人及びCは、本件腫瘍を肝臓がんと判断し、切除する手術を行うことにした。
6月16日午前10時9分頃から、被告人及びCは、看護師2名を加えた計4名で、本件腫瘍の切除摘出手術を開始し、電気メス等を用いて被害者の右第7肋間を切開し切開部を開胸器で広げた。しかし、肝静脈切断や損傷を避けるための術野を確保できないまま、肝静脈等を損傷して大出血させ、適切な止血措置も行えず、午後3時39分頃、肝静脈損傷等に基づく出血で死亡させた。
被告人及びCは、肝臓外科の専門医ではなく、肝臓の切除手術の執刀経験もなかった。

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判決

1.被告人の注意義務及び注意義務違反
S7と呼ばれる肝臓右葉後区域に存在する本件腫瘍を切除する際には、右肝静脈等を損傷しないよう細心の注意を払う必要があった。本件手術を行うには、肝臓の専門医が執刀し、肝臓の手術に関し十分な経験がある助手が2〜3名、麻酔医1名及び介助の看護師2名が必要で、麻酔医は、執刀医とは別に配置すべきであった。上記態勢は、専門医を招聘するなどの方法で容易に実現でき、仮に招聘できない場合には、大学病院等に転院させて肝切除術を実施できるし、そうすべきである。
したがって、被告人及びCは、本件のような腫瘍の切除術を安全に実施できないことを認識し、そのような経験のない医師2名のみで手術を行うことを厳に避けるべき業務上共通した注意義務があった。

2.被害者の死因
(1)被害者は、午前11時20分前後とと午前11時50分頃から午後零時頃までに出血性ショック状態にあり、MAPが3パック、輸液も2000ml投与されたが、出血量を補えなかった。
午後1時40分以降、被害者の身体には急激な変化が現れ、心拍数が100から低下を始め、70、40と極端な徐脈になった。午後1時45分以降は、脈拍も測定、触知できておらず、ETCO2も検知されなかった。
(2)被告人は、S7に接着した部分の横隔 膜を切り開こうとしS7の肝実質に入り、そこから本件腫瘍にアプローチし、その際、右肝静脈等を損傷した。午後1時45分以降、被害者の生体反応がほぼなくなったのは、被告人らによる止血が不十分で、さらに出血したためである。

3.因果関係
肝臓外科の専門医等でもなく、肝切除術の執刀経験もない被告人とCのみで本件手術を行えば、手技上のミスにより肝静脈等を損傷して大出血を招き、適切な止血処置ができず、患者が出血死するに至るのは、社会通念上相当である。

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判例に学ぶ

1.被告人の注意義務及び注意義務違反
S7と呼ばれる肝臓右葉後区域に存在する本件腫瘍を切除する際には、右肝静脈等を損傷しないよう細心の注意を払う必要があった。本件手術を行うには、肝臓の専門医が執刀し、肝臓の手術に関し十分な経験がある助手が2〜3名、麻酔医1名及び介助の看護師2名が必要で、麻酔医は、執刀医とは別に配置すべきであった。上記態勢は、専門医を招聘するなどの方法で容易に実現でき、仮に招聘できない場合には、大学病院等に転院させて肝切除術を実施できるし、そうすべきである。
したがって、被告人及びCは、本件のような腫瘍の切除術を安全に実施できないことを認識し、そのような経験のない医師2名のみで手術を行うことを厳に避けるべき業務上共通した注意義務があった。

2.被害者の死因
(1)被害者は、午前11時20分前後とと午前11時50分頃から午後零時頃までに出血性ショック状態にあり、MAPが3パック、輸液も2000ml投与されたが、出血量を補えなかった。
午後1時40分以降、被害者の身体には急激な変化が現れ、心拍数が100から低下を始め、70、40と極端な徐脈になった。午後1時45分以降は、脈拍も測定、触知できておらず、ETCO2も検知されなかった。
(2)被告人は、S7に接着した部分の横隔 膜を切り開こうとしS7の肝実質に入り、そこから本件腫瘍にアプローチし、その際、右肝静脈等を損傷した。午後1時45分以降、被害者の生体反応がほぼなくなったのは、被告人らによる止血が不十分で、さらに出血したためである。

3.因果関係
肝臓外科の専門医等でもなく、肝切除術の執刀経験もない被告人とCのみで本件手術を行えば、手技上のミスにより肝静脈等を損傷して大出血を招き、適切な止血処置ができず、患者が出血死するに至るのは、社会通念上相当である。