Vol.153 リスクに応じた経過観察の必要性

―分娩監視装置による監視義務の有無について争われた事例―

東京地裁立川支部平成23年9月22日判決
協力「医療問題弁護団」海野 仁志弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

1 Aは、Dの開設する医院において、医師Y1の診察を受け、Bを分娩した。Bは重症新生児仮死(アプガースコア1点)の状態で出生して分娩後直ちに死亡し、Aも分娩の1週間後に劇症型A群レンサ球菌感染症(分娩型)に伴う敗血症性ショックで死亡した。
2 Aの妊娠経過は順調であったが、2005年1月28日の分娩当日のAは40℃近い発熱をしていた。午後0時8分頃から約11分間分娩監視装置が装着され、胎児の心拍数は毎分180程度から190を超えることが短時間記録されていたが、Aが横臥位となり胎児心拍数が測定できなくなったため、看護師はドップラー法により胎児心拍数の測定を行ったところ、胎児心拍数は毎分140台であった。Y1は、この分娩監視装置等の記録を遅くとも午後1時30分頃までに見た。
午後2時19分頃、分娩準備のルーティンとしてAに再度分娩監視装置が装着され、Bに遅発一過性徐脈が頻発しており、重度の胎児仮死状態であることが確認された。Y1は緊急帝王切開術の執刀を行い、午後3時43分、Bが娩出された。Bのアプガースコアは、10点満点中1点と重症新生児仮死の状態であり、午後4時13分、Bは死亡した。
3 本件裁判の論点は多岐にわたるが、本稿では、分娩監視装置による胎児の監視が継続的にされていなかったことに対する裁判所の判断について取り上げる。

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判決

1 裁判所は、分娩監視装置による監視義務について、「(妊婦が高熱の場合には、)児の状態が良好でなければ急速遂娩も考慮する状況になるため、胎児の状況を十分に把握する必要があり、分娩監視装置を用いて監視する必要があること、本件では、遅くとも被告Y1が午後1時30分に見た第1回の分娩監視装置による短い記録から、毎分180、最高は毎分190を超える程度の頻脈となっていることを読み取ることができ、しかも、一過性徐脈と断定することはできないとしてもその疑いがあることは容易に読み取ることができたものであるから、被告Y1としては、遅くとも午後1時30分以降はBの状況を十分に把握するために、分娩監視装置による監視をすべきであった」として、Y1の分娩監視装置による監視義務違反を認めた。
2 そして裁判所は、被告らの現に行われていたドップラー法による胎児心拍の把握等で十分であるとの主張に対し、「ドップラー法による計測は、基線細変動の程度は判断できず、陣痛との関係も正確には分からないため、胎児心拍が毎分140台であってもそれが正常なのか、毎分180程度の基線から低下したものかは分からず、著しく精度が劣るものであり、このことは、産科医である被告Y1が当然知っているべき事柄であった」として、被告らの主張を排斥した。
3 また、被告らの、第1回目の分娩監視装置による記録から一過性徐脈を読み取ることはできない旨の主張に対しては、「(一過性徐脈の)可能性又は疑いは、記録紙から十分読み取ることができると認められる。そして、その可能性を読み取ることができれば、一過性徐脈の有無を確認するために、分娩監視装置による監視の継続を求めることは、何ら開業医に無理を強いるものではないと認められる」とした。
4 さらに、被告らが、Aの横臥位のため、分娩監視装置の継続装着が困難な状況にあった旨を主張したのに対しても、「しかし、被告Y1又は看護師がAに対し分娩監視装置による監視の重要性を説明した等の事情は認められない。結局、本件では、被告Y1が胎児の状態の把握のために分娩監視装置による監視が重要であるとの認識を有していなかったため、そのような説得をしないまま、ドップラー法による計測で足りると考えたものと認められる。よって、Aの横臥位の点は、分娩監視装置による監視をしなかったことを正当化する事情とはなり得ない」とした。

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判例に学ぶ

1 リスクに応じた注意義務
分娩は病気ではないため、必ずしも入院の必要はありません。しかし、実際には、妊娠経過は順調であっても自宅での出産ではなく医療機関での出産を選択することが多いのが現状です。その最も大きな理由は、専門家が常に対応することや各種の測定機器、薬剤などがあり、分娩時の万一のリスク発生の場合への対処が期待でき、安心できるためでしょう。
妊婦を受け入れる医療機関は、契約上の義務として、正常な出産を支援することの他、分娩時の妊婦や胎児の異常発生を検知する注意義務や、何らかの異常の発生があった場合には少なくとも同程度のレベルの医療機関であれば通常行い得る処置を行う義務などが課されていると考えられます。
分娩監視装置の装着義務について争われた最近の裁判例を見ると、妊娠経過や分娩前の母体の状況により胎児のリスクが明らかな場合や、事前のリスク要因がなくても分娩途中に胎児の異常の可能性が分かり得たにもかかわらず監視を怠った場合に、義務違反が認められています。
本件においても、裁判所は、母体の発熱等があったため胎児の状況を詳しく把握する必要性があったことに加え胎児に遅発性一過性徐脈の可能性(リスク)が認められていたにもかかわらず、その可能性を見落として分娩監視装置による監視を行わなかったことを注意義務違反と捉えています。

2 ルーティン化による落とし穴
本件の被告産科医院では、分娩監視装置の装着は分娩準備のルーティン作業として組み込まれていました。ルーティン作業とすることにより作業の漏れを防ぐこと自体は良い取組みです。しかし、本件では、母体が高熱を発しているなどの状況があったにもかかわらず、ルーティン外であるために分娩監視装置を連続装着する必要性に思い至らなかった可能性もあります。医療行為に限らず、作業を定型化することは、漏れをなくすというプラス面だけでなく、それだけやればよいという思考停止を招くマイナス面もあります。ルーティン化する場合にも、その作業を行う理由をきちんと理解しておく必要があります。

3 ガイドラインの尊重
なお、「産婦人科診療ガイドライン―産科編2014」(日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会)は、「CQ410 分娩監視の方法は?」において、分娩監視装置装着の実施が勧められる場合を、エビデンスに基づいて示しています。本ガイドラインは、陣痛促進剤の使用など胎児に異常が発生しやすい場合や、間欠的な測定において頻脈や徐脈が認められる場合など、胎児の異常が疑われる場合には分娩監視装置装着の実施を(強く)勧めており、過去の裁判例において分娩監視装置の装着義務が認められているケースとも概ね重なるように見えます。
分娩監視を行うか否か、またその方法については、専門家である医師の裁量が一定程度認められます。しかし、上記ガイドラインにおいて分娩監視装置の装着が勧められるケースでは、特段の事情がない限り、分娩監視装置を装着しないことを正当化することは難しいものと思われます。
医療機関として分娩監視装置の装着をルーティン化するのであれば、正常時だけではなく、上記ガイドラインに沿った内容として実施することにより、分娩監視装置の装着義務違反発生の危険が減ることが期待できます。