Vol.156 医療過誤訴訟における因果関係

―血液培養検査義務違反と敗血症による死亡との因果関係が否定された事例―

札幌地裁平成27年3月25日判決(控訴中)
協力「医療問題弁護団」松田 ひとみ弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

食道がん根治術を受けた患者が、術後、感染症に罹患し、敗血症を発症して術後32日目に死亡したことにつき、患者の配偶者である原告が損害賠償を求めた事案である。争点は、(1)術後4日目から術後8日目に中心静脈カテーテルを抜去するまでの間、血液培養検査を実施すべきであったか、(2)術後4日目を過ぎたころには中心静脈カテーテルを抜去すべきであったか、(3)術後8日目に中心静脈カテーテルを抜去した時点でカテーテル先端培養検査及び血液培養検査を実施すべきであったか、(4)術後8日目の中心静脈カテーテル抜去後、オメガシンを1日あたり1・2グラム(0・3グラムずつ4回又は0・6グラムずつ2回に分けて)、4ないし6週間にわたって投与すべきであったか、(5)術後14日目午後の抗生物質の投与後、術後16日目までの間、抗生物質の投与を中断すべきではなかったか、(6)術後17日目に患者に対し中心静脈カテーテルを再挿入すべきではなかったか、(7)(1)ないし(6)の各注意義務違反と死亡との間の相当因果関係の有無、(8)損害額であったところ、(3)の注意義務違反を認めたが、(7)の因果関係を否定したため、原告が敗訴した。

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判決

1 提事事実
■平成18年3月3日、食道がん根治術。術後のWBCは1万3700、CRPは0・4。抗生剤パンスポリン投与(〜7日)。
■4日(術後1日目)、WBCは2万2200、CRPは8・5、痰及びドレーン排液培養検査実施。
■5日(術後2日目)、WBCは1万5200、CRPは11・3。
■6日(術後3日目)、WBCは1万1900、CRPは12・7、ドレーン排液培養検査実施。
■7日(術後4日目)、WBCは7700、CRPは10・9、4日実施の培養検査につき、痰からは常在菌検出、その他は陰性の中間報告。抗生剤スルペラゾン投与(〜12日)。
■8日(術後5日目)、WBCは7800、CRPは8・0、6日実施の培養検査につき陰性の中間報告。
■9日(術後6日目)、WBCは7600、CRPは6・4、ドレーン排液培養検査実施。抗生剤ファンガード投与(〜16日、20日)。
■ 10日(術後7日目)、WBCは8300、CRPは6・6。
■ 11日(術後8日目)、WBCは7900、CRPは7・3、9日実施の培養検査につき陰性の中間報告。中心静脈カテーテルを抜去、抜去の際にカテーテル先端培養検査を実施しようとしたが、医師が検体を落としたため、検査不能。
■ 12日(術後9日目)、抗生剤オメガシン投与(〜17日、23日〜4月3日)。
■ 13日(術後10日目)、WBCは6000、CRPは5・9。
■ 15日(術後12日目)、WBCは7200、CRPは2・7。
■ 17日(術後14日目)、WBCは5600、CRPは1・5。
■ 19日(術後16日目)、抗生剤ファーストシン(〜24日)。
■ 20日(術後17日目)、WBCは1万1600、CRPは1・1、血液及び胃液培養検査実施。血圧低下に対し、中心静脈カテーテル を再挿入し、プレドパ投与、抗生剤タゴシッド投与(〜4月3日)。
■ 21日(術後18日目)、深在性真菌症治療剤ブイフェンド投与(〜29日)。
■ 23日(術後20日目)、抗生剤ホスミシン投与(〜29日)。
■ 24日(術後21日目)、20日実施の培養検査につき、血液及び胃液からセラチア菌検出の中間報告。

2 争点(3)について
カテーテル感染症は、敗血症等の重篤な症状を引き起こす危険があるから、速やかに適切な抗生剤投与が求められ、そして、カテーテル先端培養検査と血液培養検査とで検出された起因菌が一致すればこれを診断することができ、カテーテル先端培養検査が実施できない場合であっても、血液培養検査によって起因菌が検出されれば適切な抗生剤による治療が可能となる。したがって、血液培養検査は実施すべきであるとし、被告病院医師は、カテーテル先端培養検査実施を試みていることから、カテーテル感染症を疑っていたと認 められるものの、カテーテル先端が汚損されたため検査が不能となったが、血液培養検査は可能であったにもかかわらず、これをしなかったとし、過失を認めた。

3 争点(7)について
①術後8日目の時点において、患者がカテーテル感染症に罹患していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、セラチア菌が発熱症状の原因病原体であることを認めるに足りる証拠もない、②中心静脈カテーテルの抜去とオメガシンの投与は引き続き行われており、中心静脈カテーテル抜去後の炎症症状の解熱が、オメガシンの投与による可能性を払拭することはできない(つまり、中心静脈カテーテル抜去をしたら症状が軽快したので、炎症の原因はカテーテルであり、したがって、術後8日目の時点でカテーテル感染症に罹患していたと推認することはできない)、③術後8日目の炎症症状の起因菌と敗血症の起因菌(セラチア菌)が一致することを認めるに足りる証拠もない、術後8日目の時点の発熱の起因菌が死滅した後にセラチア菌が増殖して術後16日目以降の発熱の原因となった可能性は払拭できず、術後8日目の時点の感染症と術後17日目のセラチア菌感染症と同一の原因であると断ずるには疑いが残る、④術後8日目の時点で患者がカテーテル感染症に罹患していた事実及び同時点で患者の死亡原因となったセラチア菌に感染していた事実は認められないから、同時点の血液培養検査によってセラチア菌が検出されたことを推認することはできない。⑤仮に術後8日目の血液培養検査によってセラチア菌が検出されたとしても、(オメガシンは術後14日目でいったん中断し、術後20日目から再開投与されているが、)セラチア菌に対しても感受性を有するオメガシンの投与が継続された可能性が十分あると推認されるから、結果が異ならない可能性が払拭できず、したがって、患者が死亡しなかったことを推認することはできない。
以上により、被告病院医師が術後8日目の時点で注意義務を尽くし、血液培養検査を実施していた場合に、患者が術後32日目に死亡していなかったと認めるには多くの障害が存在するから、注意義務違反と患者死亡との相当因果関係を認めることはできないと判示した。

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判例に学ぶ

因果関係とは、「行為なければ結果なし」という関係のことである。行為には、作為と不作為とがあり、不作為の場合、因果関係の判断において、仮に適切な医療行為が行われていたらという「仮定」が前提となるので、因果関係に関する主張立証が困難となる場合が多い。
本件においては、仮に術後8日目の血液培養検査が行われていたとしても術後32日目に患者が死亡していなかったと認めることはできないとされた。 しかしながら、前記3の②において、抗生剤オメガシンによる炎症症状軽快の可能性を払拭できないからとして、中心静脈カテーテル抜去と炎症症状軽快についての因果関係さえも否定されてしまったら、原告側としては、前記3の①の術後8日目のカテーテル感染症罹患についての立証は困難を極めるといわざるをえず、やはり、不作為の場合の因果関係の立証は困難である。