Vol.157 入浴に伴うリスクの適切な評価と看護師の介助・看視義務

―両変形性膝関節症の手術のため入院中の患者に対する看護師の介助義務と看視義務―

千葉地裁平成23年10月14日判決(LLI/DB 判例秘書登載)
協力「医療問題弁護団」河村 洋弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

D(当時79歳・平成20年11月死亡・女性)は、両変形性膝関節症の手術のため、Y市立病院に入院することとなった。
Dは、入院の6ヶ月前頃からは、洗い場で体を洗うのみで、浴槽には入らなかった。自宅風呂場は、給湯栓のみを開いても39℃以上の湯は出ないため、給湯栓のみ操作していた。
入院に先立ち、Dは、Y病院作成の所定の書面に、自分で出来ない動作として「浴槽に入る」などに印をつけたが、「体を洗う」には印をつけなかった。また、「上記出来ない動作をどうしていますか」という質問に対し、「自分なりに工夫している」に印をつけた。
入院日、Dは、看護師からの質問に、浴室には1人で行っている旨回答したが、浴槽には入っていないとは特段告げなかった。一方、看護師も上記書面の「自分なりに工夫している」の具体的内容について質問しなかった。入院中、Dは、歩行するに際しふらつきや膝折れはなく、また、判断能力にも問題はなかった。
看護師らのカンファレンスにより介助を付けずに入浴させることが決定され、手術日の前日、Dは、入浴することになったが、その際、看護師から「何かあったらナースコールを押すこと。浴室の鍵は閉めないこと」との指示を受けたのみであった。また、Dが介助を求めることはなかった。本浴室の給湯栓を開くと55℃前後の湯が出る構造であったが、Dはこれを知らなかった。
看護師は、Dを浴室に案内してから30分後に病室に行ったが、Dがいなかったため浴室に向かうと、浴槽内で倒れているDを発見した(浴室に案内してから40分後)。給湯栓のみ開いており、蛇口から55℃の湯が注ぎ込まれていて、Dは、身体の90%に熱傷を負い、心肺停止状態であった。Dは、発見から16時間後に死亡した。
本稿では、看護師の介助義務違反の有無、看護師の看視義務違反の有無について取り上げる(なお判決は、ナースコールの指示等をしただけでは不十分であるとして、看護師の浴室設備の説明義務違反も認めている)。

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判決

1 看護師の介助義務違反の有無

「一般に、入浴には床の濡れによる転倒、浴槽での溺水、熱湯による熱傷などの危険が存在している上、入浴そのものが身体に少なからぬ負担を伴う行為」として入浴に伴う危険性を指摘し、それゆえ「入院患者の療養上の世話をすべき看護師としては、患者を入浴させるに当たり、当該患者の入浴の可否及び介助の要否その他入浴に関連する事項について、患者の心身の状況、患者の疾患等の状態その他上記事項を判断するために必要な情報を収集し、1人で入浴することにより事故発生のおそれがある場合は、入浴に際し、介助を付する義務を負うというべきである」とし、看護師の介助義務が生じる場合を示した。
本件においては、①Dは、Y病院作成の所定の書面に対し「自分ですることができない動作として『浴槽に入る』を選択したが、『体を洗う』を選択せず、すなわち体を洗うことは自分でもすることができる動作として回答しており、実際にも、自宅では1人で入浴し、洗い場で体を洗っていたこと、②亡Dは、本件入院中、歩行するに当たってふらつきや膝折れはなかったこと、③本件入浴時において自宅での入浴時と比較して身体状態が悪化していた様子はなかったこと、④亡Dに判断力の低下は認められなかったところ、亡Dは、看護師から入浴を指示された際に、介助を求めたり、不安を訴えたりすることはなかったこと、⑤亡Dが、入浴により悪化するおそれのある疾患を患っていたなどの事情もないこと」〔数字は筆者による。以下同じ〕という事情の下で、看護師らが介助を付けずに入浴させると判断した点に不合理な点は認められず、介助義務違反は認められないとした(なお本件事情の下では、介助の有無について医師の判断を仰ぐ必要もないとした)。

2 看護師の看視義務違反の有無

上述の入浴に伴う危険性を再度指摘した上で、「高齢者の場合は、その危険性は大きい上、亡Dのように両変形性膝関節症により歩行に困難を伴う場合は、さらに入浴中に転倒等の事故を起こす危険性が大きくなるのであるから、このような患者を入浴させる看護師は、入浴中に何らかの事故が発生した場合にも迅速に対処することができるよう、通常の患者より頻繁に声掛けをする等により、入浴の状況を看視する注意義務を負っている」とし、「①亡Dが高齢で両変形性膝関節症により歩行に困難を伴っていたこと、②入院時に浴槽に入ることはできないと申告していたことからすると、……少なくとも、担当看護師らは、30分経過時には速やかに亡Dの安全を確認すべきであった」として、本件における具体的な看視義務の内容を判示した。
しかるに、看護師らは、Dを浴室に案内してから40分経過するまで一度も安全確認をしていないのであるから、上記看視義務に違反したとした。

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判例に学ぶ

1 入浴に伴う危険性を重視

東京都監察医務院の報告によると、東京都23区の平成25年の異常死1万3593件のうち、入浴中の65歳以上の死亡者数は1231件で、高齢者にとって入浴は死の危険性を無視できない行為といえます。
本判決も、入浴は危険な行為であることを理由として、一定の場合に看護師の介助義務や看視義務が発生すると判示しています。
また、他の裁判例をみても、介護老人保健施設の事案ですが、徘徊傾向を有していた認知症の81歳の入所者が、冬に無施錠の浴室に無断で入り込み浴槽内で死亡したという事案において、浴室は、転倒、急激な血圧変化、やけど、溺死等が発生する具体的な危険性を有する設備であることを理由として、浴室を無施錠にしていた点に施設管理義務違反を認めたものがあります(岡山地裁平成22年10月25日判決)。
このように入浴・浴室の有する危険性ゆえに、入浴中の事故については、他の看護中の事故と比較して、より高度の注意義務が看護師に課せられやすい傾向にあると考えられます。

2 何に気を付ければよいか

入浴は一般的に危険だからというだけで、常に入浴中の事故について介助義務違反等が認められるのではありません。判決要旨にもあるように、①入浴の際の介助の要否や看視頻度を判断するために必要な当該患者の個別具体的な事情を収集すること、②収集した事情に基づき介助の要否や看視頻度を判断すること、この2点が入浴の一般的危険性を踏まえ適切に行われているかどうかが判断のポイントとなります。
本件では、高齢の入院患者に対するルーティンの事情聴取は履践されていました。しかし、それ以上の事情聴取は行われず、両変形性膝関節症の手術のため入院するという本件患者の特殊性への配慮が不十分であったため、両変形性膝関節症の患者にとっての入浴のリスクの判断を誤り、これが浴室設備の説明義務違反や看視頻度の判断ミスにつながったと思われます。
既に入浴に関するマニュアルなどが整備されていると思われますが、リスク評価の前提となる入院患者に対する事情聴取やこれに基づくリスク評価がマニュアル所定の手続きを踏むだけで満足し、当該患者の特殊性についての考慮が欠落していないか、今一度ご確認ください。