Vol.159 鑑別診断のための経過観察や再受診の指示を行わなかった注意義務違反

―再診時において先天性緑内障の鑑別診断を進めるために最低限必要であった経過観察や定期的な再受診の指示を行わなかった過失があるとされた事例―

大阪高判平成20年3月26日(判時2023号37頁、2008WLJPCA03266004)(原審:奈良地裁平成19年2月7日)
協力「医療問題弁護団」加藤 貴子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

X1(生後4ヶ月)は、3〜4ヶ月健診においてY病院眼科を受診するよう指導され、平成11年5月19日に、両親(X2・X3)に 連れられて、Yを受診した。A医師が、視診及び細隙燈顕微鏡検査をしたところ、眼脂や両眼に結膜充血があったことから両眼結膜炎と診断した。その後、同年8月3日(生後6ヶ月)、Yを再受診し、X3は、A医師に対して、充血、眼脂及び流涙はない、目薬をやめて4、5日すると充血する、外出時にまぶしがる、と訴えた。A医師が視診及び細隙燈顕微鏡検査をしたところ、結膜充血は改善しており、羞明に関しては、軽い症状であり、結膜炎と関連する病的意義の少ないものと判断し、調子が悪ければ再度受診するよう指導した。なお、初診・再診時ともに、眼圧測定、角膜径計測及び眼底検査は行っていない。
その後、平成12年10月に他眼科を受診したところ、両眼性先天緑内障と診断され、平成16年4月に、両眼性先天緑内障、両眼視神経萎縮、視力は両眼光覚弁との診断を受けた。そこで、Xらは、A医師が必要な検査を怠ったため、X1の先天緑内障を見落とし、これによりX1が両眼失明の後遺障害を負ったとして、損害賠償を請求した。

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判決

1 初診時における過失

先天緑内障は「①流涙、②羞明、③眼瞼痙攣の三症状が、古典的三徴候として広く知られ、症状の進行により角膜混濁、角膜径拡大などの症状が表われる。そして、これらの症状から先天緑内障を疑い、さらに進んで眼底検査をすることにより、視神経乳頭陥凹の拡大が認められ、眼圧検査により高眼圧が認められることにより、先天緑内障の確定診断が可能になる」。しかし、初診時においては、先天緑内障を疑わせる症状があったことの裏付けはなく、A医師に過失は認められない。

2 再診時における過失

X3が、A医師に対し、X1の羞明症状を訴えたことについて、「一歳未満の乳児が外に出るとまぶしがると訴えるような羞明の症状は、先天緑内障を疑うべき最も重要な初期症状(古典的三徴候)の一つである」とした上で、「初診時に認めた眼脂の症状が再診時にはなかったことからすれば、再診時の結膜充血、羞明の症状を二か月半も前の初診時の結膜炎によるものと考える根拠は乏しく、結膜炎は治癒又は改善したと認識することができた」。「先天緑内障が迅速な手術療法によらなければ永続的な視機能障害を残す疾患であって的確な診断が要求されること」からすれば、再診時において乳児につき羞明の症状の訴えを受けたA医師としては、「先天緑内障の古典的三徴候の一つとして典型的な初発症状であることを想起し、結膜充血の症状もあることも合わせて先天緑内障を疑い、その鑑別診断を進めるべき医師としての診療上の注意義務があったと認めるのが相当である。」
にもかかわらず、A医師は、「羞明の原因について深く検討することもなく、眼底検査も眼圧測定もすることなく、「調子悪ければくること」との一般的な指示をしたのみである。」「このような診察と指示を受ければ、患児の親は、まさか永続的な視機能障害をもたらす先天緑内障というような重篤な病気が潜んでいるとは思い至らず、その後の症状経過に関する適切な経過観察が怠られることになりかねない。」A医師は、上記の症状を確認し、かつ、先天緑内障のことは頭にあったと言いつつ、「結膜炎による羞明を疑って先天緑内障の可能性を疑わず」「先天緑内障の鑑別診断をするためには最低限必要である慎重な経過観察や定期的な再受診の指示を行わなかったものであって、少なくともこの点は、医師としての診療上の注意義務に違反した過失があったものというべきである。」
なお、Xらは、眼圧測定及び眼底検査をするべきであったと主張していた。この点については、眼圧測定及び眼底検査の重要性を指摘しながらも、乳児がこれらの検査をする際には、催眠鎮静薬等の投与が必要となり、頻度は低いとはいえ、これらの薬剤投与により重い副作用が生ずる危険性もあることから、①2ヶ月半の間をおいた2回目の外来診察にすぎないこと、②羞明や結膜充血の原因が他にも考えられなくはないことをも考慮して、「慎重な経過観察と定期的な再受診の指示がなされるのであれば、必ずしもその診察の際に即座に眼圧測定や眼底検査をしなくても、直ちに医師の診療上の注意義務違反の過失とまでいうのは相当でないと考えられる。」と判断している。

3 因果関係について

平成12年9月ごろまでは、X1には重大な障害が認められていなかったことからすれば、再診時に慎重な経過観察や定期的な再受診を指示した上で、先天緑内障の鑑別診断を進めていれば、失明に至るほどの視力障害の発生を防ぐことができたとし、A医師の過失とX1の失明との因果関係を認めた。

4 過失相殺について

A医師の過失を認めた一方、Xらにおいても、A医師から再診時に一応再受診の指導を受け、X1に視力障害を疑わせる行動があったにもかかわらず、平成12年10月まで眼科専門医の診療を受けさせなかったことについて、被害者側の過失として二分の一の過失相殺を認めた。

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判例に学ぶ


病院と患者との間で締結される診療契約において、医師は、患者に対し診察・治療の他適切な検査を行う注意義務を負う。
もっとも、本判決においては、眼圧測定や眼底検査を実施しなかったことを注意義務違反とはせず、「先天緑内障の鑑別診断をするためには最低限必要である慎重な経過観察や定期的な再受診を行わなかった」点について、医師としての診療上の注意義務に違反したと判断した。
この点に関し、裁判所は、なお書きではあるが「本件でこれらの検査を求めることにより、それが症例の個別性を超えて一般化され、その結果、医療過誤訴訟での責任を回避するために、それ自体が一定の侵襲を伴うような検査や処置が防衛的かつ画一的に行われるような事態を招来することは避けたいと考える。」としており、患者に対して過度に負担となるような、不要な検査を行うことに対して配慮しているものと思われる。
医師が患者に対して、具体的に負っている注意義務については、事案ごとの判断にならざるを得ないが、検査等を行った医療機関の規模や科目、当該医療機関を受診した経緯、診察時の患者の状態、主訴、他原因の可能性などが考慮要素として考えられる。
本判決においても、先天緑内障の症例が極めて少ないことからすれば、鑑別の進め方については留意が必要としているものの、Y病院が、「小児眼科においても最も高次の医療が期待される医療機関」であり、X1が定期健診を受けた医師の指示に従い、2度にわたって受診していること、先天緑内障が「永続的な視機能障害を残し場合によっては失明にも至る重大な病気であり、眼科医にとってはその鑑別は重要な診療上の課題であることは医学的常識である」こと、X3(X1の親)は、医師に対して先天緑内障の先駆的症状である羞明等を訴えていたことなどの事情を考慮して、A医師の注意義務違反を認めており、医師の負う注意義務の判断として参考になるものと思われる。