Vol.162 医療水準が未確立な自由診療における説明義務の程度

―幹細胞療法を受けた患者に対する説明が義務違反とされた事例―

東京地裁 平成27年5月15日 判決 平成25年(ワ)第29483号
協力「医療問題弁護団」佐藤 孝丞弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

X(昭和19年生・女性)は、慢性腎不全の既往症を有し、中華人民共和国において腎移植術を受けた。Xは、その後、病院を継続して受診し、腎移植術に伴う拒絶反応を防止するため免疫抑制療法を受けるなどしていた。
Y2は、幹細胞治療を実施しているY診療所を開設する医師である。Y3は、Y診療所の勤務医であり、当時Xの担当医だった。
なお、事件当時、幹細胞治療につき、美容を目的とする診療(自由診療)も行われていたが、医療水準として確立するには至っていなかった。
Xは、自己の痺れの症状につき、Y3からの説明を受けて幹細胞治療を受けることにし、Y診療所を受診して、再度Y3の診察を受けた。その後、Y3は、血液検査により、XのB型肝炎ウイルス感染が判明したことから、Xに電話してその旨を告げるとともに、Xから採取した体性幹細胞を培養して投与すること(自家幹細胞治療)はできないが、第三者から採取した体性幹細胞を培養して投与すること(他家幹細胞治療)は可能であること等を説明し、Xの同意を得て、診療契約を締結した。Y3は、X宅に赴き、Xに対し、他家幹細胞治療を行った(本件治療)。
しかし、本件治療後、Xの痺れの症状は改善せず、むしろ悪化するなどした。

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判決

1 医療水準未確立な自由診療における説明義務違反の判断基準
裁判所は、「医師は、患者の疾患の治療のために特定の療法を実施するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名及び病状)、実施予定の療法の内容、これに付随する危険性、当該療法を受けた場合と受けない場合の利害得失、予後等について説明する義務があり、特に、当該療法が医療水準として未確立であり自由診療として実施される場合には、患者が、当該療法を受けるか否かにつき熟慮の上判断し得るように、当該療法に付随する危険性、これを受けた場合と受けない場合の利害得失、予後等について分かりやすく説明する義務を負うと解するのが相当である。(傍線筆者)」として、最高裁判例を引用しつつ、医療水準未確立な自由診療における医師の説明義務について、一般的な説明義務よりも加重する基準を示した。

2 説明義務違反の有無
本判決は、Y3がXに対し一応の説明を行ったことは否定できないものの、①Xの痺れの症状の診断につき何らの説明もし ていないこと、②腎移植歴を有する患者に対して他家幹細胞治療を実施した経験はなく、この点につき特段知見を有していたわけでもないこと、③説明書も資料も、自家幹細胞治療に係るもので、他家幹細胞治療の内容やこれに付随する危険性について説明するものではないこと、④Xが説明書の交付を受けたのは本件治療の実施当日であること、⑤本件治療は医療水準として未確立であるにもかかわらず、Y3の説明内容や説明書及び資料の記載内容は、免疫不全マウスを用いた実験で腫瘍化等の異常は一切生じていないなどと、療法の安全性を強調するものになっていること、⑥幹細胞治療を受けた患者が肺塞栓症を発症し死亡した事例が存在する旨の説明も、本件治療に付随して、呼吸困難、ショック状態等の重篤な合併症が出現する可能性がある旨の説明も口頭ではしていないことなどから説明義務違反を認め、Y、Y2及びY3の損害賠償義務を肯定した。

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判例に学ぶ

1 説明義務の厳格化傾向に沿った判断
本件においてY3がXに対してなした説明等は、前記した事実に加え、次のとおりです。
⑦ 痺れが神経性のものであれば、脂肪から採取し培養した幹細胞を投与することで症状が改善する可能性がある。ただし、 100%の効果は期待し得ず、治療費も高額である。
⑧ 車椅子を使用していた男性患者が幹細胞治療により歩行可能となった事例が存在する。
⑨ Y診療所において幹細胞治療を受けることができる(以上につき、ビデオでも説明)。
⑩ 「私は…事前説明書に基づいて説明を受け、その内容を十分に理解し、納得しました」、「その結果、私の自由意志に基づき本療法を受けることに同意します」との記載のある同意書への署名。
⑪ ⑩の同意書は、「脂肪由来幹細胞を用いた再生医療についての事前説明書」と一体を成すもので、これには自家幹細胞治療の内容、手順のほか、㋐考えられる合併症はアナフィラキシー反応(呼吸困難、ショック状態等)、肺塞栓等であり、予期し得ない合併症を伴う場合もある、㋑投与された幹細胞に予想し得ない変化が生じ組織に悪影響を与える可能性を100%否定することはできないものの、免疫不全マウスを用いた実験では腫瘍化等の異常は一切生じていない、㋒その他不測の合併症が出現する可能性も零ではなく、その場合には、適切な対処をする、㋓小動物では肺塞栓により死亡した事例の報告があり、ヒトにおいても少なくとも1例報告がある旨の記載がある。
⑫ XがY診療所から送付を受けた幹細胞治療に係る資料にも同様の記載がある。
このように、本件においては、本件治療に関する一応の説明はあったといえます。むしろ詳細な説明をしているという見方もあるのではないでしょうか。しかし、判決は、Y3の説明義務違反を肯定しました。
本判決は、説明義務の厳格化傾向に沿った判断といえます。それは、判決が引用する、2つの最高裁判例の流れをみると理解しやすいです。まず、平成13年11月27日判例は、選択肢として医療水準の確立した療法と医療水準の未確立な療法とがあった場合で、後者についての説明義務を限定的に解しつつ、説明義務違反を肯定しました。次に、平成18年10月27日判例は、選択肢として医療水準が確立した療法が複数存在したケースの説明義務について、危険の内容の具体的説明や患者に熟慮の機会を与える等の厳格な基準を示しました。そして、本判決については、前記のとおり医療水準が未確立かつ自由診療としてなされた療法について説明義務の内容を加重しました。このような各判断の傾向をみると、当初は、医療水準未確立な療法の説明義務の程度を限定的に捉えていたものが、より厳格に解するようになったと評価できます。

2 判決を受けての実務上の留意点
本判決では、前記①から⑥の点を理由に、説明義務違反を認めました。今後も本判決をきっかけに、医療水準が未確立な療法について説明義務違反を問われる裁判例が積み重なっていくと思われます。裁判例がどのような点を理由に説明義務違反を認めてきたのかを分析して、その都度カバーしていくことが必要です。本判決を踏まえれば、❶治療対象の診断について説明すること、❷同様のケースが未経験の場合は十分に知見を補充すること、❸当該療法それ自体について詳細な説明をした文書や資料を早期に提示すること、❹考えられるリスクについては漏れなく口頭でも説明すること等が求められると思われます。厳しい要求かもしれませんが、対応方法につき再度検討してみてください。