福岡地裁平成26年3月25日判決(判例時報2222号72頁)
協力「医療問題弁護団」渡邊 隼人弁護士
* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。
事件内容
X3 は、2009 年11月19日(以下、2009年11月については、日時のみを示す)、Y病院に入院し、20日12時9分、X1を帝王切開で出産した。出生時、X1に異常はなかった(体重2618g、アプガースコア8点[出産直後]、9点[5分後])。Y病院スタッフは、X3に対し、20日15時にロピオン(鎮痛剤)・1Aを静脈注射し、同日17時にペンタジン(鎮痛剤)・1A、、アタラックスP(抗アレルギー性緩和精神安定剤)・1Aを筋肉注射した。20日18時10分、X1には、コット(新生児室のベッド)内で啼泣・吸啜反射があり、Y病院助産師がX1をX3のベッドに移動させた(以下「第1回母子同室」という)。20日22時頃、X1には、啼泣・吸啜反射があり、Y病院助産師がX1をX3のベッドに移動させた(以下「第2回母子同室」という)。X3は、20日23時20分頃、ナースコールをした。Y病院助産師は、X1が顔面蒼白、刺激に反応なく、全身筋緊張なしという状態であることを確認し、同日23時24分、X1をNICUに入室させたが、X1は、全身白色、動きなく、呼吸心停止状態であった。Y病院スタッフは、X1に対して蘇生措置を実施し、X1は、21日0時6分、心拍再開し、同日0時10分、再度心停止した後、再度心拍再開したが、低酸素性虚血性脳症(身体障害者福祉法別表一級)となった。
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判決
1 医療機関が負う一般的な注意義務
まず、裁判所は、「医療機関において、授乳の際に、常時、医療従事者による立会いや血中酸素濃度のモニタリング等を行う義務を負うと解することはできない」とし、授乳中のモニタリング等の必要性については否定している。
もっとも、「出生直後の新生児は、胎内生活から胎外生活への急激な変化に適応する時期であって、呼吸・循環動態が不安定であり、頻度は高くないものの新生児につきSIDS等の急死事例が生じていることは医学的常識と解され、また、授乳中の新生児につき、窒息や圧死等の事例が一定程度発生していることは周知の事実であるところ、母の自助に対する補助という見地から、医療機関は必要かつ相当な範囲で出産後入院期間中の母児への指導や観察を行うことが当然に予定されていると解され、出産の方法や母児の状態等の具体的事情を考慮し、新生児の容体が急変する可能性を予見することができる場合や、新生児の容体の急変に母親が的確な対処をすることができないことが予見される場合には、そのような危険を回避する措置を講じるべき」として、一定の場合に危険回避措置を取る義務を負うことについては肯定した。
2 本件でY病院が負う注意義務
これらの一般論を前提として、裁判所は次のように判示し、本件におけるY病院が経過観察義務を負うことを認めている。すなわち、「X3は、20日12時9分、X1を帝王切開で出産したこと、X1は、出産後、多呼吸がみられると判断され、同日18時に呼吸が落ち着いたと判断されるまで保育器で管理されていたこと、X3は、20日15時、ロピオン(鎮痛剤)を静脈注射され、17時、ペンタジン(鎮痛剤)、アタラックP(抗アレルギー性緩和精神安定剤)を筋肉注射されたところ、これらには眠気を誘発する作用があり、副作用として意識障害、傾眠、昏睡等が挙げられていること、第2回母子同室は、帝王切開術が行われた当日に、手術終了時から9時間しか経過していない時点で開始されたこと、第2回母子同室が開始された時間は22時であるが、母親にとっては睡眠が誘発される時間帯であり、この頃には、401号室の照明は消えており、ベッドにある照明だけがついていたことが認められる。こうした事実に照らすと、Y病院は、X1をX3に預ける際に、X3が帝王切開術による疲労、鎮静剤の影響等も相まって授乳中に睡眠状態や意識朦朧状態に陥り、結果、X1に窒息や圧死等が生じ得ることやX1の容体が急変した場合にX3において的確な対処ができないような事態が生じ得ることを具体的に予見できたと認められる。そして、このような事情の下、帝王切開術による出産当日からの授乳、しかも新生児室ではなく母親の病床で横臥した状態での授乳を実施するのであれば、Y病院は、上記危険を回避するために経過観察義務を負う」とした判示をしている。
3 本件におけるY病院の過失
(注意義務違反)
上記のY病院が負う経過観察義務を前提として、裁判所は次のように認定し、Y病院の処置には過失があると結論付けた。すなわち、「Y病院スタッフは、20日22時頃にX1をX3に預けてから、X3が同日23時20分頃にナースコールをするまでの約1時間20分間にわたり、一切、経過観察を行っていなかったのであるから、上記経過観察をする義務に違反したといわざるを得ない」。
なお、裁判所は、「Y病院においても、帝王切開で出産した場合は経膣分娩と異なり、術後2日目までは夜間に母親と過ごすことを予定していないこと、新生児を母親に預けた場合、通常、概ね15分から20分くらいの間隔で助産師が見回っていたことに照らすと、Y病院スタッフがX1の様子を全く確認しなかったことについて弁明の余地はない」として、Y病院での取り扱いに反していることからも過失が明らかであることを確認している。
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判例に学ぶ
昨今では、本件で問題となった母子同室のほか、カンガルーケアに代表される早期母子接触など出生直後から母子の触れ合いを促進させる措置が見受けられる。しかし、これらの措置は出生直後に行われるものであるため、危険も伴うことは既に知れ渡っているところである。本件でも、このことは「医学的常識」とされている。
このような出生直後の急変に対応するためにも医療従事者による経過観察が必要となる。現に「カンガルーケアガイドライン」や「早期母子接触の留意点」では、これらの実施の有無にかかわらず、医療従事者の付き添いや機械的モニタリングを行うべきであるとされている。この点、本件では、モニタリングの必要性を否定されているが、これは授乳時に限って否定されているにすぎず、出生後の新生児一般についてモニタリングが不要とされているわけではないことに留意すべきである。特に、本件では出生後6時間は新生児室にて継続的に監督しているという事情があり、出生後一定時間はモニタリングしていたことが考慮されていると推察される。
また、本件は、母親が的確に対処できないと予見できる場合には、医療機関に危険回避措置を講ずべき法的義務が生じるとしているところ、この予見できるかどうかを検討するに当たって考慮しているのは、①母親の疲労、意識状態、睡眠状況、②新生児の急死の危険性の2点である。②については既に一般論として「医学的常識」とされていることからすれば、実質的には①母親の疲労、意識状態、睡眠状況によることになる。この点、母親の疲労、睡眠状況が最も悪い出産当日については、比較的「母親が的確に対処できないと予見できる」と判断されやすくなり、本件もそのように判断されている。したがって母子同室などを出産当日に行う場合には、定期的(例えば本件で求められたように15分〜20分おき)に母子の状態を確認するよう法的に求められる可能性が高くなることは留意すべきである。