Vol.164 常位胎盤早期剥離発症時における産科DICに関する注意義務違反

―産科DIC防止・産科ショックの治療等に関する過失を認め、死亡との間の相当因果関係も肯定した事例―

東京高等裁判所 平成28年5月26日判決 平成27年(ネ)第3174号 原審 静岡地方裁判所 平成21年(ワ)第1809号
医療問題弁護団」 永嶋 真倫弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 妊婦である亡A(当時20代前半)は、陣痛のためy 病院を受診したところ、常位胎盤早期剥離を発症していることが判明し、同病院で帝王切開による手術を受け、死産となった。術後、亡Aは重篤な産科DIC(産科的基礎疾患により血液の凝固線溶の平衡が崩れたことで生ずる全身的な微小血栓の形成と出血傾向)を発症し、同病院において死亡した。
本件は、亡Aの相続人であるXらが、y病院を開設するY、亡Aを診療した医師(Y1~3)に対し、常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失、産科DIC及びショックの治療に関する過失等があったとして、亡Aが死亡したことにつき損害賠償の請求をしたものである。原判決は、Y1~3医師らは亡Aに対して抗ショック療法及び抗DIC療法を開始すべき義務があったのにこれに違反した過失があったとしつつ、亡Aの死亡当時の医療水準に照らした治療では、Y1~3医師らが亡Aを救命することができたとはいえず、Yらの過失と亡Aの死亡との相当因果関係は認められないと判断し、Xらの請求をいずれも棄却した。そこで、これを不服とするXらが本件控訴を提起した。

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判決

1 常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無
本件手術が行われた当時、一般的な産科医にとって、常位胎盤早期剥離の中でも胎児死亡例は極めて産科DICを伴いやすいこと、産科DICは重篤化すると生命が危険となることなどから、常位胎盤早期剥離を発症した場合には、より早期に産科DIC診断を行うために産科DICスコアを用いた状態の把握を行い、産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療を開始すべきことは、臨床医学の実践における医療水準となっていたと認められる。
しかしながら、Y1~3医師らは、本件手術当日、産科DICスコアのカウントを全く行わず、産科DICの確定診断に向けた血液検査等も実施しなかったものであり、上記の医療水準にかなった注意義務に違反したことが認められる。

2 出血量チェック及び輸血、産科ショック等に関する過失の有無
本件手術が行われた当時、産科ショックは産科DICを併発しやすいことから、ショックが疑われる場合にはタイミングを失することなく対応することが肝要であること、一般に血液消失量の肉眼的評価は過小になるのでSIにより評価するのが望ましく、SIが2.0は2000g 以上の血液喪失を考え、1.0以上で輸液、輸血を考えるべきであること、皮膚蒼白、Hct低下、中心静脈圧低下が見られるときは循環血液量の減少による産科ショックを疑うこと、産科ショックの治療として原因疾患治療と全身管理を併せて行うことなどは、臨床医学の実践における医療水準となっていたと認められる。
亡Aは来院時から蒼白で、本件手術前の血液検査でHctの低下が認められたこと、手術開始の午前9時15分以降SIが1を超え、同45分にはSIが2を超えるようになっていたことを踏まえると、遅くとも亡Aがショックに陥っていた午前9時30分の時点では、速やかに輸血と抗ショックの治療を実施すべきであった。しかしながら、Y1~3医師らは亡Aの出血量の把握を行わず、午前10時30分にRCC2単位の輸血を行うまで輸血を行わず、実際に行われた輸血の量も、出血量3438mlからみて極端に少ないRCC4単位、FFP2単位であったこと、抗ショック療法も行わなかったことが認められる。
以上のとおり、Yらには、出血量チェック及び輸血に関する過失及びショックに対する治療に関する過失が認められる。

3 Yらの過失とAの死亡との間の相当因果関係の有無
亡Aは常位胎盤早期剥離を契機とする産科DICが主たる原因となって死亡したものと認めるのが相当であるところ、Y1~3医師らの過失がなかったならば、亡Aは適時に輸血等の抗ショック治療を受け、産科DIC対策が行われて救命できたものと認められる。したがって、Yらの過失と亡Aの死亡結果との間には因果関係があるものと認められる。
なお、亡Aに羊水塞栓症が発症した可能性はあるものの、亡Aの症状経過を踏まえると、仮に亡Aに羊水塞栓症が発症していたとしても、急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状ではなくDIC先行型羊水塞栓症であって、かつ、全身性のアナフィラキシーショックを伴うものでもなかったと考えられ、B証人もその論文で述べるとおり、適切な産科DIC対策が行われた場合にその予後が悪いとはいえないこと、各文献によれば、羊水塞栓症の母体死亡率についての調査結果は、本件手術当時であっても20%~30%程度で、この数値には急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状を示す症例も含まれており、亡Aに発症した可能性があるのが予後の比較的良いとされるDIC先行型羊水塞栓症であったことからすれば、適切な治療が行われた場合に救命できなかったとは認めることができない。したがって、Aに羊水塞栓症が発症していた可能性があることは上記認定を左右するものではない。

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判例に学ぶ

今回は、上記判断の中でも、原審と本判決(控訴審)の判断の分かれ目となった因果関係の認定について解説します。
本件のように適切な措置がなされなかったことによる医療事故においては、医師が措置を行わなかったことについて注意義務違反が認められるとしても、仮に適切な措置を行っていたとすれば、患者の死亡という結果が生じず、救命ができたという高度の蓋然性が認められるか否かという、義務違反と死亡との間の相当因果関係が問題になります。
ここでいう「高度の蓋然性」について、近時の裁判例は、個別の事実経過や鑑定意見、医学統計等も踏まえて、救命率が70%前後であれば「高度の蓋然性」を肯定する傾向にあります。なお、高度の蓋然性の立証が得られなくても、救命し得たであろう相当程度の可能性(おおよそ2割以上の救命率と考えられています)を認め、一部慰謝料等の損害賠償を認める場合もあります。
本件においては、Yらが産科DIC予防のための検査・スコア計測を行い、適時に輸液・輸血等が実施されていたなら、亡Aは救命できたという高度の蓋然性が認められるか否かが問題となりました。
原審は、医師の義務違反を前提にしつつも、仮に義務を履行していたとしても亡Aを救命し得なかったとして因果関係を否定したのに対し、本判決においては、高度の蓋然性を前提とした義務違反と死亡との間の因果関係を肯定しています。
原審と本判決の判断の分かれ目としては、本判決は、亡Aに生じた各症状等から亡Aに羊水塞栓症による救命困難なアナフィラキシーショックが生じたとは認められないとした点、亡Aに羊水塞栓症が発症していたとしても、比較的予後の良いDIC先行型羊水塞栓症であったと考えられること、羊水塞栓症全体の母体死亡率が20%~30%にとどまるという文献の調査結果なども踏まえ、上記の因果関係を肯定したところにあります。