Vol.165 頸椎手術における術者の概括的な過失

―頸椎手術により患者の症状が悪化したことにつき、原因となる医師の行為について3通りの事実認定をし、過失を概括的に認定した事例―

福岡高等裁判所 平成20年2月15日判決 判例タイムズ1284号267頁
「医療問題弁護団」 笹川 麻利恵弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 患者X(大正14年生まれ・男性。本件手術時68歳)は、昭和63年と平成2年に交通事故に遭い、平成3年に頸髄症による下肢筋力の低下、痙性、歩行困難により身体障害者福祉法別表第2級該当と診断された。平成5年10月14日にY病院に入院し、同年10月27日にA医師らによる腰椎手術を受け、同日引き続いて、頸椎手術(頸椎前方固定術。本件第1頸椎手術という)を受けた。
本件第一頸椎手術後、Xに四肢不全麻痺が見られ、同年10月29日に2度目の頸椎手術(後方椎弓間拡大術)を受けたが改善されず、Xは、平成6年11月に四肢不全麻痺により身体障害者福祉法別表第1級該当と診断された。
Xが原告となり、医師の手技ミス、手術方法選択の誤りなどを主張して、Y病院に損害賠償を求めた事例である。第一審は、より安全な手術方法を選択し、あるいはより安全な手術器具を使用すべき注意義務違反を認定した。Y病院が控訴し、Xも付帯控訴して、控訴審で審理された。
控訴審では、Xは、A医師らの手術中の注意義務違反について4通りの行為による可能性が高いが、そのいずれであるかを特定することは不要である等と主張し、Y病院は、Xの結果発生に至る機序から争った。

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判決

1 A医師らの注意義務違反の有無について
⑴判決は、「Xの本件第一頸椎手術後の四肢不全麻痺は、①手術機器であるエアトームの振動による脊髄損傷、②エアトームによる脊髄の直接損傷、③骨片の挿入による脊髄の圧迫損傷のいずれかである可能性が高い(なお、鑑定人は、体位変換及び術中、術後の全身管理の可能性も挙げているが、被控訴人の体位変換に伴う想定外の急激な血圧低下があったと認めるに足りないし、他にこれらが原因となったと認めるべき的確な証拠はない。)というべきであるが、そのいずれかを特定することは困難である。しかしながら、いずれにせよ、上記①ないし③の原因のいずれかが、あるいはこれが複合して脊髄の損傷をきたしたものと認めるのが相当である。」と判断した。
⑵なお、Y病院の、A医師がマイクロスコープを用いて慎重に処置を行い、また術中脊髄液が漏出したことはない等から、本件手術により脊髄が損傷を受けたことはないとの主張については、「Xが手術前に四肢全体としては重度の障害があったというものの、術後は両下肢を全く動かすことができず手指もほとんど動かせないといった質的に明らかに異なる四肢不全麻痺が出現していることに加え、頸椎後縦靭帯骨化巣の切除のためのエアトーム使用の際の危険性等に照らせば、A医師が本件第一頸椎手術の際になんらかの原因で脊髄を損傷したものとみるのが自然かつ合理的である」から、Yの主張は採用できないとした(また、脊髄液の漏出については鑑定人が漏出を否定できないとの見解を示しており、判決もそれを指摘した。)。
⑶なお、損傷が不可避であったか否かに関しては、頸椎後縦靭帯骨化巣の前方からの手術が「難易度の高い手術であったことを十分事件内容判決認すべきであって、A医師は、上記①から③の際に、細心の注意を用い脊髄を損傷させないようにする注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるというべきである」と判断した。

2 頸椎・腰椎同時手術の適否、 頸椎前方固定術の選択の適否
⑴ 頸椎・腰椎同時手術の適否については、同時手術を行う必要がなかったことは認められるものの、Xの症状悪化との因果関係は認めがたいとした。
⑵ 頸椎手術につき前方固定術を選択した適否については、鑑定の結果に照らし、前方固定術を選択したこと自体に注意義務違反があるということはできないとした。

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判例に学ぶ

1 手術中の手技ミスが問題となる事例は多くありますが、術者がどのような手技を用い、どのように損傷を生じさせたのかを、患者側が特定するのは容易ではありません。場合によっては手術ビデオや内視鏡画像等の客観的資料に基づく立証を行うことが可能ですが、部分的であることが多く、手技を可視的に直接把握することは困難です。医療過誤訴訟の立証責任は原告である患者側にあるため、患者側は原因行為を特定する必要があるものの、手術中の手技については術者のみが知ることで、「藪の中」となることは少なくなく、医師の過失の特定は患者側にとっての大きなハードルといえます。
2 本判決は、医師の原因行為につき、3通りの事実認定をし、それを基に医師の結果回避義務違反を「概括的」に認定した点で注目されます。 ①エアトームの振動による脊髄損傷、②エアトームによる脊髄の直接損傷、③骨片の挿入による脊髄の圧迫損傷のいずれかである可能性が高く、①ないし③の原因のいずれかが、あるいはこれが複合して脊髄の損傷をきたしたものと認めるのが相当であると判断しています。
3 この点、原因行為の特定の仕方としては、特定にあたりさまざまな困難が伴う場合には、過失の判断、因果関係の判断に支障がない範囲で、ある程度概括的、択一的な特定も許されると考えられています(秋吉仁美 第27講「因果関係」・高橋譲編著『医療訴訟の実務』株式会社商事法務)。
4 裁判例にも概括的・択一的認定を取ったものは複数あり、最高裁判例では、最判平成11年3月23日(判例時報1677号54頁)や、最二判平成21年3月27日(判例タイムズ1294号70頁)が、概括的な責任原因の特定を容認しているといえます。
5 もっとも、これら裁判例は、原因行為を概括的・択一的に認定するにあたって、過失や因果関係の認定に支障がない限り、という条件を付しています。
特に、考えられる他原因(患者側の要因や機器の欠陥など、手技ミス以外に考えられる原因があるか)を慎重に否定した上で判断しているといえるでしょう(東京地裁平成13年8月29日参照)。
6 病院や医師の攻撃防御が十分に確保されることが前提ですが、医師に課される注意義務の高度性や、医療訴訟における病院と患者の主張立証の力の差を考えると、本裁判例にあるように、手術中の手技にまつわる事案において医師の過失が概括的に認定されることにも合理性はあります。どうして結果が生じたのか分からない、との説明だけでは許されない場面が存在するのです。
手術ビデオや内視鏡画像による記録化と方向性を同じくするのでしょうが、手術室における安全性と透明性の確保がさまざまな意味で求められていると言えるでしょう。