1 手術中の手技ミスが問題となる事例は多くありますが、術者がどのような手技を用い、どのように損傷を生じさせたのかを、患者側が特定するのは容易ではありません。場合によっては手術ビデオや内視鏡画像等の客観的資料に基づく立証を行うことが可能ですが、部分的であることが多く、手技を可視的に直接把握することは困難です。医療過誤訴訟の立証責任は原告である患者側にあるため、患者側は原因行為を特定する必要があるものの、手術中の手技については術者のみが知ることで、「藪の中」となることは少なくなく、医師の過失の特定は患者側にとっての大きなハードルといえます。
2 本判決は、医師の原因行為につき、3通りの事実認定をし、それを基に医師の結果回避義務違反を「概括的」に認定した点で注目されます。 ①エアトームの振動による脊髄損傷、②エアトームによる脊髄の直接損傷、③骨片の挿入による脊髄の圧迫損傷のいずれかである可能性が高く、①ないし③の原因のいずれかが、あるいはこれが複合して脊髄の損傷をきたしたものと認めるのが相当であると判断しています。
3 この点、原因行為の特定の仕方としては、特定にあたりさまざまな困難が伴う場合には、過失の判断、因果関係の判断に支障がない範囲で、ある程度概括的、択一的な特定も許されると考えられています(秋吉仁美 第27講「因果関係」・高橋譲編著『医療訴訟の実務』株式会社商事法務)。
4 裁判例にも概括的・択一的認定を取ったものは複数あり、最高裁判例では、最判平成11年3月23日(判例時報1677号54頁)や、最二判平成21年3月27日(判例タイムズ1294号70頁)が、概括的な責任原因の特定を容認しているといえます。
5 もっとも、これら裁判例は、原因行為を概括的・択一的に認定するにあたって、過失や因果関係の認定に支障がない限り、という条件を付しています。
特に、考えられる他原因(患者側の要因や機器の欠陥など、手技ミス以外に考えられる原因があるか)を慎重に否定した上で判断しているといえるでしょう(東京地裁平成13年8月29日参照)。
6 病院や医師の攻撃防御が十分に確保されることが前提ですが、医師に課される注意義務の高度性や、医療訴訟における病院と患者の主張立証の力の差を考えると、本裁判例にあるように、手術中の手技にまつわる事案において医師の過失が概括的に認定されることにも合理性はあります。どうして結果が生じたのか分からない、との説明だけでは許されない場面が存在するのです。
手術ビデオや内視鏡画像による記録化と方向性を同じくするのでしょうが、手術室における安全性と透明性の確保がさまざまな意味で求められていると言えるでしょう。