Vol.166 患者の個別事情に応じた術前説明を

―検診当日に後発白内障のレーザー後嚢切開手術を実施し、眼内レンズ破損の合併症につき説明義務違反とされた事例―

東京高等裁判所判決 平成26年(ネ)956号/判決日平成26年9月18日 出典:判例時報2255号70頁 原審:東京地方裁判所判決/平成23年(ワ)39787号/判決日平成26年1月31日 上訴等:上告・上告受理申立て
「医療問題弁護団」 紙子 陽子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 原告は76歳の女性で、長男のA医師が理事長を務めるX医院で、平成20年に両眼白内障手術を受けていた。原告は、自治体の後期高齢者医療健康診査を受け、その項目の一つである精密眼底検査を受けるため、平成23年6月2日、被告診療所を受診した。被告は、受診当日、原告を後発白内障と診断し、両眼につきYAGレーザー後嚢切開術(以下、「本件手術」という。)を実施した。なお、原告は手術翌日も被告診療所を受診した。同年6月8日、本件手術の実施を知ったA医師の指示により、原告はX医院を受診し、以後定期的に平成25年1月までX医院に通院した。
原告は、(1)被告が必要性も緊急性もないのに、原告の同意なく即日かつ両眼同時に本件手術を実施した過失、(2)レーザー照射により眼内レンズのピット(小孔)やクラック(断裂)を形成させた等手技上の過失、 (3)病名・病状、手術名、手術の内容、両眼即日手術の必要性・緊急性、危険性等についての説明義務違反を主張し、慰謝料等110万円の損害賠償を求めた
第1審は、(1)本件手術の適応はあり、即日かつ両眼同時に行うことは不合理とはいえない、(2)ピット等の眼内レンズ破損が本件手術により生じたとは断定できないが、仮に伴う合併症である等として、手技上の過失はないと否定、また (3)説明義務違反も否定し、原告の請求を棄却した。原告が控訴。

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判決

控訴審は、前記争点(1)・(2)では、第1審の結論を維持したが、争点(3)説明義務において、第1審の判断を次のように変更し、慰謝料等55万円の賠償責任を認めた。
争点(3)(説明義務違反及び自己決定権侵害の有無について)
(ア)説明義務の範囲
本件において、被控訴人が負う説明義務の範囲は、控訴人に対し、後発白内障という病名を告知し、その説明をすること、本件手術の適応があることを説明すること、合併症の説明をすることである。眼内レンズが破損する頻度は、4ないし40%に上り決してまれな合併症ではないとされていることからすれば、ほとんどの症例では顕著な症状を欠き特に治療は要しないとされていることを考慮しても、眼内レンズ破損のおそれについても説明義務がある。
(イ)説明義務違反について
まず、被控訴人が診断(病名・病状)を告げていないことについては、原則として病名・病状を告げるべきであるが、被控訴人は、後発白内障の病態については必要な説明をしており、B看護師において、重ねて説明する際に後発白内障という病名を告げ、レーザー治療が「手術」に当たるとの説明もしたことが認められるから、説明義務違反はない。
次に、合併症に関する説明について、説明項目を記載した被控訴人診療所作成の「後発白内障クリティカルパス」に記載された項目で、説明したとのチェックがされている項目については、B看護師において控訴人に説明をしたと認めることができるところ、網膜剥離や眼内レンズ破損に関しては、クリティカルパスに説明すべき項目として具体的に記載がなく、B看護師が、普段から本件手術を受ける患者に対し、網膜剥離や眼内レンズが破損することがある旨の説明をしていたことを客観的に裏付ける証拠もない。
本件においては、①控訴人の長男のA医師は眼科医であり、控訴人はX医院において白内障手術を受けたこと、②白内障手術により控訴人の両眼に挿入された眼内レンズは遠近両用の眼内レンズであり、保険が適用されず、手術費を含め両眼で100万円程度かかったものであること等の事情が認められる。これらに鑑みると、控訴人は、B看護師から眼内レンズが破損するという合併症の説明を受け、そのことを十分に理解したのであれば、その日に本件手術を受けることは回避し、長男であるA医師に相談するのが自然であると解される。
そうすると、本件において、B看護師が控訴人に対し、眼内レンズの破損という合併症があることについて、控訴人に理解できるような説明をしたと認めることは困難であり、この点について、被控訴人には説明義務違反があったものと認められる。
控訴人は説明を受けて同意したが、本件手術を受けるか否かを決定するために必要な、眼内レンズ破損のおそれ等の合併症についての十分な説明を受けられなかったのであるから、これにより自己決定権を侵害されたものということができる。

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判例に学ぶ

後発白内障に対するレーザー治療は数分で終わり痛みもない手術とされ、費用も高額ではないことから、臨床現場では、後発白内障と診断した患者に、即日レーザー後嚢切開術を実施している例もあるかもしれません。
しかし、簡便で術後に日常生活の支障も目的で訪れたような初診患者に対し、手術を急がせることは、患者が熟考せずに手術を受けてしまい、クレームにつながるリスクがあります。
医師は、即日に手術を実施するか否かについては、さらに丁寧に、患者の年齢、病歴、受診目的、主訴・希望、理解力等を見極め、当該治療にあたり患者が重視する事項についても留意して、個々の患者の事情に応じた説明を行うことが望まれるでしょう。
本件の被告(被控訴人)は、「後発白内障」という病名から患者が白内障の再発と誤解したり、必要以上に不安になるのを避けるため、患者の様子を見て病名を告げないこともあり、本件患者に対しても同じ配慮をしたと主張していました。しかし、裁判所は、特段の事情がない限り病名とその病状と病状を説明すべき義務があると述べています。
また、本件では、説明内容についてのクリティカルパスが作成され、全ての項目にチェックをされており、裁判所は、基本的にこのクリティカルパスに依拠して、実際に説明した内容を認定しました。ここからも、説明内容は書面にして残しておくことが大切といえます。
医療機関内部の文書に残すばかりではなく、患者に説明書を交付して、説明書の内容について口頭で説明し、質問を受けるなどの対話により、患者の理解度を確かめることも、ぜひ行うべきです。そのようなコミュニケーションは、真に患者の自己決定を可能にするインフォームドコンセントの前提となるでしょう。
なお、本来なすべき説明を受けていれば当該治療を患者が受けていなかったであろうと認められる場合には、自己決定権侵害の慰謝料にとどまらず、当該治療の費用、合併症による健康被害の治療費、慰謝料、休業損害等の全損害について、損害賠償責任が認められることがあります。