Vol.167 PPH法手術(日帰り手術)の術後対応における過失及び因果関係

―因果関係の立証における「高度の蓋然性」と「相当程度の可能性」―

千葉地裁平成28年3月25日 判決(確定)医療判例解説63号79頁
協力/「医療問題弁護団」 松田 ひとみ弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

内痔核に対するPPH法手術(日帰り手術)を受けた患者が、敗血症で術後4日目に死亡したことにつき、患者の配偶者及び2人の子が、医療法人、術者A医師及び指導的助手B医師に対し、損害賠償を求めた事案です。争点は、(1)A医師が巾着縫合糸で筋層を巻き込んでファイヤした過失、(2)A医師が不十分な追加縫合をした過失、(3)A医師及びB医師が入院継続させなかった過失、(4)術後2日目に電話を受けた看護師が来院を勧めなかった過失、(5)術後2日目深夜の救急搬送時に当直医C医師及びB医師が入院時検査を行わず誤診した過失、(6)A医師及びB医師が血液検査から重篤であると判断しなかった過失、(7)A医師及びB医師が神経内科医の助言どおり直ちにCT検査を行わなかった過失、(8)B医師の開腹手術着手が遅れた過失、(9)因果関係、(10)損害、であったところ、裁判所は、(5)(6)(9)(10)を認定し、医療法人及びB医師は連帯して4579万7800円、A医師は880万円(の限度で)連帯して、支払えとの判決を言い渡しました。

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判決

1 診療経過について
平成22年1月26日、腰椎麻酔(サドルブロック法)が行われ、A医師がプロキシメイトをファイヤしたが、ステイプルハウジング内の円形ナイフがアンビル内のワッシャーを打ち抜く際に出る音がしなかったため、B医師が手をかぶせて握り込んだものの、結局ファイヤ音はしなかった。A医師らは、直腸粘膜の切離と縫合を同時にするプロキシメイトの機能が作動しなかったと考え、プロキシメイト本体と肛門から抜こうとしたところ、円形ナイフで切断されて環状となるべき粘膜の一部が体内の粘膜でつながっていたために抜くことができず、巾着縫合糸を切ってからプロキシメイト本体を肛門から抜いた。少なくとも患者の直腸の円周の一部(約4分の1)にはステイプルがかかっておらず、本来であれば切除されるべき粘膜が6、7cmの長さの短冊状となり幅1cm程度の幅で体内の粘膜とつながっており、0時(仰臥位を足側からみて腹側を0時)から3時方向にかけて粘膜間に離隔が生じ、粘膜が裂けて粘膜下の組織が見えている状態であった。B医師は、短冊状になった粘膜を切除したうえ、ステイプルラインを追加縫合した。同月28日、救急搬送中の容態は、意識清明、歩行困難、血圧68/53mmHg、脈127/分、酸素飽和度86%、体温35度であったが、被告病院到着(午後10時51分)後は、血圧82/57mm Hg 、脈104/分、酸素飽和度98%であり、所見としては、肛門痛なし、出血なし、両大腿部前面痛であった。患者が本件手術を受けていたことから、C医師は、B医師に架電し、本件手術でプロキシメイトが正常にファイヤできず、手縫いで修復したことを聞かされた。B医師は、肛門痛、下血、腹痛を確認するよう言い、C医師は、大腿前面痛のみである旨の回答をした。B医師とC医師は、縫合不全の可能性は低く、本件手術の腰椎麻酔の影響による腰椎麻酔後神経障害の疑いと診断した。同月29日午前10時ころの血液検査は、CPK2297IU/L、CRP38・1mg/dl、白血球数3100/μl、血小板数8・7/μlであった。


2 争点(5)について
B医師とC医師が腰椎麻酔後神経障害の疑いとしたことの医学的評価について、鑑定意見は分かれた(大腿神経がL2からL4であるところ、サドルブロック法はL4L5間より下の位置に穿刺されるので、それより下方のみに麻酔がかかるのが通常であるが、麻酔医が思った椎間の位置と実際の位置がずれていることもある)(なお、鑑定人はおそらく3名)。
しかしながら、サドルブロック法麻酔による麻酔後神経障害として大腿神経に症状がでることは典型症状ではなく、腰椎麻酔後神経障害は一般的に術後2日以内に消滅するとされており、他方で、その他の疾患を疑って血液検査等を行うことは両立し得る。
本件手術においては、プロキシメイトにつき正常なファイヤがされず直腸粘膜が離隔したため、手縫いによる追加縫合を行ったという経過から、縫合不全の可能性がある。また、本件手術部位は、直腸であり、後腹膜に含まれるところ、鑑定によれば、後腹膜における炎症では腹痛等が発生しない可能性がある。さらに、縫合不全は、直腸穿孔を引き起こし、重大な結果をもたらす可能性がある上、患者は救急搬送中にいったんショック状態に陥ったという経過も考慮すると、縫合不全を含む重篤な疾患を検討すべきである。
C医師は、少なくとも炎症反応等を調べるための血液検査を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失が認められる。B医師は、指導的立場で本件手術に立ち会い、追加縫合した医師として手術部位の状態を最も把握している立場にあったところ、C医師からの電話の際に縫合不全の疑いを一度は持ったのであり、本件手術でプロキシメイトが正常にファイヤせずに直腸粘膜が離隔するという経験は初めてで、その後の経過を慎重に確認すべきであったことに照らせば、血液検査等をC医師に指示すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った過失が認められる。


3 争点(6)について
A医師には前記2の過失が認められないため、血液検査結果から患者の容体を重篤と判断しなかった過失が認められるか検討する。
鑑定によると、患者は敗血症の状態になっており、広範な組織障害を伴った重症炎症所見と考えられ、したがって、A医師は、遅くとも血液検査結果が判明した時点において、縫合不全を含む重篤な状態が発生している可能性を考慮し、直ちにCT検査を行う義務があったにもかかわらず、これを怠った過失が認められる。


4 争点(9)について
鑑定(縫合不全の診断で、絶食・点滴・抗生剤による治療が行われていれば生存していた可能性が高い、適切な対処がされたとして死亡率は10~20%)によると、平成22年1月28日午後10時51分ころに血液検査が行われていれば、CRP高値などが認められ、CT検査の必要性が認められ、縫合不全との診断がなされた高度の蓋然性が認められ、縫合不全を前提に適切な治療がなされた場合には、高度の蓋然性をもって患者の救命が可能であったと認められる。したがって、C医師及びB医師の過失と死亡との間には相当因果関係があったというべきである。
鑑定(重篤敗血症と思われ、アメリカ合衆国統計や日本における死亡率報告からすると死亡率は30%、1月29日午後早い時間帯に開腹手術等を行っていれば救命できた可能性は50~60%)によると、A医師が血液検査から重篤であると判断しなかった過失がなければ高度の蓋然性をもって死亡しなかったとまで認められないものの、A医師の過失がなければ死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があり、その程度も比較的高いものであったことが認められる。

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判例に学ぶ

本件における過失の認定では、プロキシメイトが正常にファイヤせずに直腸粘膜が離隔したこと、そのような事例を指導医師でさえ未経験であったこと、予想される縫合不全が招く結果の重大性などの事情が重要視されていると思われます。また、因果関係の証明の程度は高度の蓋然性の証明が必要であるところ、高度の蓋然性の立証が認められなくとも、生存の相当程度の可能性の立証があれば、法的責任を負うことを認めた判例があり、本件においては、880万円の限度でA医師の責任を認めたところが特徴的です。