患者を入院させ医療を提供する医療機関においては、患者の入院療養に伴う転倒・転落等を防止すべき安全配慮義務を負っているものと解される。
転倒・転落事故については、介護系施設に対して多くの訴訟が提起されており、平成28年1月までに公刊物に掲載された訴訟は21件ほど確認されており認容例も多い。
医療機関に対する訴訟についても、昭和40年代に請求が認容された裁判例がいくつか見受けられ、平成に入ってからも、ベッド柵の設置が明らかに不十分であることから医療機関の責任を認めたものとして、宇都宮地方裁判所平成6年9月28日(判例時報1536号93頁)や、東京高等裁判所平成11年9月16日(判例タイムズ1038号238頁)などの裁判例が存在している。
しかし、近年は、本裁判例も含めて後述の通り医療機関の責任を否定している裁判例も多い。
本裁判例は、その義務違反の判断構造として、まず、対象となる患者についての転倒転落アセスメント結果の検討を行い、そのアセスメント結果に応じて病棟で行われるべき具体的な転倒・転落を防止するための方法について、それが果たされていたのか否かを個別に判断する方法を採っている。
類似の裁判例として、例えば、入院患者がベッドから転落し急性硬膜下血腫を発症して死亡した事案(岡山地方裁判所平成26年1月28日判決・判例時報2214号99頁)がある。この事案でも、裁判所は医療機関が行った「転倒転落アセスメントシート」の評価内容についてその妥当性を検討し、そのうえで、患者の転倒・転落を防止するための具体的方法の検討を行っており、ほぼ同様の判断枠組みが用いられている。
また、別の類似の裁判例として、入院患者がベッドより転落受傷し、くも膜下出血等の傷害を負った事案(大阪地方裁判所平成19年11月14日・判例時報2001号58頁)がある。この事案では、転倒・転落防止策の実施について、医学部付属病院での調査結果を元に、実際の臨床現場での実施率を考慮した上で、必要性・有用性の判断を行った。
具体的には、ベッドの高さの管理や、ストッパー固定の確認、ベッド柵の管理については、臨床現場での高い実施率からその必要性を認める一方、床敷マットについては、実施率が低いことから一般的な医学的知見としてその有用性が認められないとして、使用しなくとも不適切とはいえないとの判断を行っている。
まとめ
現在のところ、医療機関での転倒・転落事故について、最高裁判所の判例はなく、転倒・転落防止義務違反については、確立された判断の枠組みは存在しない。
しかし、本裁判例や類似の裁判例を見ると、裁判所は臨床現場の知見を基礎に、アセスメントとそれに基づいた防止策に不備がないかどうかを、医療水準論も含めて確認するかたちで、判断を行っている。
裁判所は、臨床現場における実務に即した判断を行ってきているといえる。