Vol.169 薬剤副作用による死亡と投与中の検査義務

―抗不整脈剤アンカロンの副作用により薬剤性間質性肺炎に罹患し患者が死亡したことについて医師の責任が肯定された例―

大阪地裁平成26年9月1日判決(判例時報2285号88頁)
協力/「医療問題弁護団」 河村 洋弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

A(昭和9年生まれ)は、不整脈の持病があったが、平成19年2月2日にB国立病院で発作性心房細動等と診断され、同年3月23日から抗不整脈剤アンカロン(アミオダロンを成分とする薬剤で、他剤が無効な致死的心室性不整脈、肥大型心筋症に合併した心房細動に適応がある)を処方されるようになり、転院先のC医院でも同年6月から11月までアンカロンの処方を受けた。

平成19年12月19日から平成21年3月10日までおよそ1ヶ月に1回の頻度でY医院を受診し、1日2錠のアンカロンの処方を受けていた。同年4月8日にAはYに減量を申し入れ、1日1錠に変更された。
平成21年6月3日にD病院で胸部レントゲン撮影検査を受けたところ異常が見つかり、翌4日、紹介先のE府立病院に間質性肺炎疑いで入院し、即日アンカロン投与が中止されたが、同年8月8日、同病院で死亡した。

Y医院での主な診療経過は、平成20年1月16日胸部レントゲン撮影したほかは、基本的に聴診器で呼吸音を聴取するというもので、平成20年10月14 日、同年12月9日及び同月15日にAが喉の痛み、咳、痰を訴える、平成21年4月8日にAが同年3月頃から階段の上り下り時に呼吸苦を感じるためアンカロンの減量を訴えるというものであった。

A相続人Xが、アンカロンの副作用である薬剤性間質性肺炎に罹患しないよう配慮すべき義務があったのにこれを怠り、そのためAが死亡したとしてYに賠償を求めたのが本件である。

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判決

1 投与中の検査義務違反の有無

判決は、アンカロン投与と患者A死亡との因果関係(死因)について詳細な事実認定をした上でこれを肯定し、次いで、投与中の検査義務違反の有無について次のように判示した。

Aは、不整脈の持病があり、発作性心房細動、非持続性心室頻拍及び非持続性上室性頻拍との診断を受け、他の抗不整脈剤の投与では症状改善せず、アンカロンの投与によって症状改善したのであるから、安易な投与中止は相当でない。一方、アンカロンには副作用として薬剤性間質性肺炎によって死に至る危険があるから、投与の際には薬剤性間質性肺炎を発症していないかを把握し、その発症が疑われる場合に投薬を中止する必要性が高い。そのため、アンカロンは、十分な経験のある医師に限り、緊急時にも十分に対応できる施設でのみ使用することとされており、アンカロンを投与する場合は、頻回に患者の状態を観察するとともに、胸部レントゲン検査、臨床検査及び眼科検査を投与前、投与開始1ヶ月後、投与中3ヶ月ごとに行うことが望ましいとされている。また、早期のエックス線検査の必要性を示唆する所見がなくても、1年ごとのエックス線検査を行うべきであるとの指摘もある。

Aは、65歳を超えた男性で、平成20年1月16日の時点で肺に異常所見が見られ、肺障害のリスク因子を複数有していたのであるから、Yには、Aに対し、アンカロンを服用している間は、数ヶ月に1度程度、エックス線検査や血液検査などの定期検査を行うとともに、何らかの異常がうかがわれた時点において上記検査を行うべき義務があったというべきである。

そして、Aは、平成20年12月には咳の症状を訴えており、平成21年4月8日にYの診察を受けた際には、階段を上ったり下りたりするときに、呼吸困難を感じる、喉が痛い、咳が出る、歩くときにふらつくといった症状を訴え、薬の減量を求めていたのであるから、Yは、上記両時点において、薬剤性間質性肺炎の副作用が生じていないかを判断するためにエックス線検査等諸検査であった。
しかるに、Yは、平成20年1月16日に胸部レントゲン検査を実施したほか、聴診器で呼吸音を聴取する以外に胸部レントゲン検査などの検査を実施していなかったのであるから、上記検査義務に違反した。

2 検査義務違反と死亡との因果関係

判決は、詳細な事実認定を行った上で、Aは、遅くとも平成21年3月頃には薬剤性間質性肺炎に罹患しており、同年4月8日に、エックス線検査等諸検査を行えば、薬剤性間質性肺炎の異常陰影を確認できる状態にあったとした。それゆえ、Aが症状を具体的に訴え、薬の減量を求めた同日の時点で、被告が、エックス線検査等諸検査を行っていれば、薬剤性間質性肺炎に罹患していることを発見することができたと認められ、直ちに薬剤の服用を中止することができたとした。
そして、アンカロンの消失半減期は長く服用を早期に中止することで薬剤性間質性肺炎改善の可能性が高まること及び服用中止された平成21年6月4日のAの全身状態は良好であったことからすると、実際の服用中止日よりも2ヶ月ほど早い同年4月8日に服用中止していればAが平成21年8月8日時点で生存していたと認められるとし、検査義務違反と死亡との因果関係を肯定した。

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判例に学ぶ

1 致死的な副作用のある薬剤であってもこれを使用しなければならない場面は多くあることだと思います。
本判決も、アンカロン処方をしたこと(適応)、それ自体について医師の責任を問うているのではありません。
投与中の検査義務の懈怠について責任を問うています。
では、副作用の有無・その程度を探知するための投与中の検査義務の具体的内容はどのように決まるのでしょうか。

基本的には関連する医学的知見(副作用の危険性の程度等)と当該患者の副作用の症状の発現状況・重篤度等によるということになりますが、その際の医学的知見として重視されるのが当該薬剤の添付文書の記載内容です。

最高裁は「医師が医薬品を使用するに当たって右文章〔注:添付文書〕に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである」(平成8年1月23日判決・民集50巻1号1頁)と判示し、過失の有無を判断する際に添付文書の記載内容を重視しています。

本判決はこの最高裁判決を引用していませんが、本判決も、投与中の検査義務の具体的内容を定めるにあたり、アンカロンの当時の添付文書に記載されている「アンカロンを投与する場合は、頻回に患者の状態を観察するとともに、胸部レントゲン検査、臨床検査(略)及び眼科検査を投与前、投与開始1ヶ月後、投与中3ヶ月ごとに行うことが望ましい」との内容を引用しており、添付文書の記載内容を重視していることに変わりはありません。

2 全ての医師が使用する医薬品や医療機器の添付文書をよく読んでいるわけではないと聞き及びます。
また医療機関側代理人の中には上記最高裁判決を強く批判する者もいます。
しかし、上記最高裁判決の判断枠組み自体は用いずとも、過失の有無の判断の際に添付文書の記載内容を重視する姿勢は、本判決を含めほとんどの裁判例に見られるところですので、いま一度使用する医薬品・医療機器の添付文書をぜひご確認ください。