Vol.170 シーネを固定する包帯によるコンパートメント症候群

―コンパートメント症候群の治療の遅れと後遺症との因果関係を認めた裁判―

東京高裁平成26年2月26日判決
協力/「医療問題弁護団」 谷 直樹弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 29歳女性が、平成22年3月9日、公的病院に入院し、同月10日、右脛骨粗面移動術及び右膝蓋骨内側支帯縫縮術を受け、骨癒合までに時間がかかるため右膝をシーネを使用して固定した。右下腿部にコンパートメント症候群を発症したが、筋膜切開手術がなされず、同年8月30日退院し、歩行障害等の後遺症が残った。
脛骨粗面前内方移動術は、脛骨粗面を骨ごと長方形状に切り、前内側に10~15㎜移動させ、螺子で固定する手術である。
内側支帯縫縮術は、膝蓋骨の内側部でゆるくなった内側支持組織を縫い縮める手術である。
東京地裁平成24年10月11日判決は、過失を認めたが、因果関係を認めなかった。そこで、患者側が控訴し、東京高裁が、過失のみならず因果関係も認めた事案である。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

判決

1 コンパートメント症候群の発症原因

東京地裁判決、東京高裁判決いずれも、シーネを患足に固定する際に包帯を用いることから、シーネ固定部位の圧迫が生じ得ること、文献上もコンパートメント症候群の発症原因として包帯による外固定が挙げられていること等から、コンパートメント症候群の原因を包帯による外固定と認定した。

2 注意義務違反

東京地裁判決は、「本件病院の医師らは、平成22年3月11日午前10時過ぎの時点において、原告Aについてコンパートメント症候群の発症を疑い、シーネを固定する包帯の巻き直しによっては改善が見られないことが確認された時点で、確定診断をするため、区画内圧の測定を行うか、同測定は、18ゲージの太い針を4ヶ所の筋肉に刺して行うため、原告Aに一層の肉体的苦痛を与えてしまうことを考慮する(F医師)としても、少なくとも、MRI検査を行い(F医師は、尋問において、MRI画像よりも臨床症状を重視する立場を表明しているが、そうであれば、最低限、自らあるいは他の医師において、原告Aの臨床症状について慎重な経過観察を行い)、コンパートメント症候群の疑いが強まった時点で、すみやかに内圧測定を行うべき義務があったというべきであり、本件病院の医師らには、これを怠った点に注意義務違反が認められる」とした。
東京高裁判決も同様である。

3 コンパートメント症候群の発症時間

東京地裁判決は、発症時間を3月10日午後10時前後から翌11日午前6時前後までの間とした。
東京高裁判決は、午前6時ころの症状が、右足の知覚鈍麻及びしびれが認められたが、創痛は自制内であったこと、その運動神経麻痺が発現していたとまでは認められないこと、午前10時ころの症状が、右下肢の動きが悪く、右足の挙上及び背屈が行えない状態であったこと、右下肢が全く動かなかったわけではないことから、その運動神経麻痺は完成していないものの、これが発現すると共に筋力低下が生じていたと認められること等から、阻血徴候の発生時期は、同月11日午前2時から同日午前4時までの間であると認めた。

4 筋膜切開等の処置がされたであろう時刻

東京地裁判決は、注意義務違反がなかった場合筋膜切開等の処置がされたであろう時刻を、早くとも午前11時ないし午後0時ころとした。
東京高裁判決は、昼間、筋膜切開手術の緊急性、本件病院の医療体制等から本同日午前11時10分から遅くとも1時間程度経過した時点で筋膜切開手術を施行できたと認定した。

5 医学知見の認定

東京地裁判決は、コンパートメント症候群については、阻血から6時間以内に処置を行えば、回復は良好であるが、阻血状態が8ないし12時間以上続いた場合は、神経障害、筋壊死による麻痺と拘縮が生じ予後は不良とされているとした。
東京高裁判決は、コンパートメント症候群については、完全な虚血状態が8時間以上続いた場合や不完全な虚血状態が12時間を超えて続いた場合は、神経障害、筋壊死による麻痺と拘縮が生じ予後は不良とされているが、不完全虚血の場合、身体所見の発現から10時間以内に筋膜切開手術を施行した5例については後遺障害が残らなかったという報告、身体所見の発現から12時間以内に筋膜切開手術が施行された22肢中、15肢(68パーセント)の症例において完全な機能回復を認めた旨の報告のあること、臨床上発生するコンパートメント症候群の症例のほとんどが不完全な虚血状態であること等を認定した。

6 あてはめ

東京地裁判決は、医師らの上記注意義務違反と原告に生じた結果との間に因果関係を認めることはできない、とし、原告の請求を棄却した。
東京高裁判決は、①臨床上発生するコンパートメント症候群の症例のほとんどが不完全な虚血状態であること、②シーネによる固定がギプスによるものに比べれば、コンパートメント症候群の発症の可能性が低いこと、③本件手術終了後の本件シーネの固定はF医師が行ったところ、同医師は約7000例の膝の手術を施行したが、その症例中には下肢部分にコンパートメント症候群を発症したものがなく、このような臨床経験豊かな同医師が臨床上発生することが極めて少ない完全虚血まで発症させるようなシーネの固定方法をとったことをうかがわせる事情があるとは認められないこと等から、控訴人のコンパートメント症候群における阻血状態が不完全な虚血状態であったものと認めた。
そして、午前11時10分から間もない時期に本件病院の医師らが、内圧測定等を行い、その測定結果を踏まえて、午前11時10分から遅くとも1時間程度経過した時点で筋膜切開手術を施行できた、その時点では阻血徴候の発生(午前2時から4時の間)から概ね10時間以内であり、遅くとも12時間は経過していない、と認定した。
注意義務違反がなければ、控訴人に対する筋膜切開手術がコンパートメント症候群において予後が良好とされる時間的限界の範囲内で行われたと認め、原判決を破棄し、控訴人の請求を認めた。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

判例に学ぶ

本件では、阻血徴候の発生が午前2時から4時の間と認定されました。このような時間帯にも阻血は起きますし、シーネによってもコンパートメント症候群は起きます。シーネによるコンパートメント症候群は少ないですが、報告例があります。
シーネではコンパートメント症候群が起きないという医療スタッフの思い込みが、本件事故を発生させたと思います。
コンパートメント症候群のように緊急に対応しないと重大な結果を生じ得る疾患については、頻度が少ないからといって、その可能性を無視することはできません。シーネでも包帯による外固定を行う以上、常に発症の危険があることは、医療スタッフ全員が肝に銘じておくべきでしょう。
成書がいわゆるゴールデンタイムとして記載する時間は、完全虚血であっても筋膜切開手術を実施することで予後良好となる時間です。臨床上多い不完全虚血状態であれば、その時間を過ぎても筋膜切開手術施行による機能回復が期待できますので、諦めずにできるだけ早期に対応しましょう。