救急における注意義務違反について

vol.266

一次性頭痛と診断され帰宅した患者が、帰宅翌日に意識障害を起こし、高度意識障害等の後遺障害が残ったことにつき、診察時の注意義務違反が認められた事案

大津地方裁判所 令和7年1月17日判決
医療問題弁護団 加藤 貴子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、頭痛を訴え、2度にわたり救急受診した亡C(2度目の診察終了時77歳の女性)が、2度目の受診から帰宅した翌日に意識障害を起こし、慢性硬膜下血腫との診断で、緊急手術を受けたものの、すでに慢性硬膜下血腫が進行し頭蓋内圧亢進により脳梗塞が起こっていたため、高度意識障害、四肢麻痺といった後遺障害が残ったことにつき、遅くとも2度目の診察終了時までにCT検査をし、脳神経外科の医師に相談すべき義務があったのにこれを怠ったとして、亡Cの配偶者(A)及び子(B)が損害賠償を請求した事案である(亡Cは老衰により令和4年5月に死亡し、A及びBが相続した)。

1度目の受診時に担当したD医師は、亡Cを緊張型頭痛と診断した上で、解熱鎮痛剤と制吐薬を処方して帰宅させた。

1度目の受診から2日後、亡Cは後頭部痛及び全身脱力感を訴え、前回と同じ病院に救急搬送された。

担当したE医師は、亡Cを診察後、一次性頭痛と診断し、解熱鎮痛薬を処方して帰宅させていた。

判決

本件の主な争点は、[1]CT検査をして脳神経外科医師に相談すべき注意義務があったか、という点と[2][1]と後遺障害との因果関係である(なお、判決文内で引用されている証拠番号は省略)。

1.CT検査をして脳神経外科医師に相談すべき注意義務について

裁判所は、本件病院の救急外来を受診した亡Cに対するD医師による問診の内容や診療録の記載から、D医師につき、「亡Cの症状が二次性頭痛を疑うべき診療ガイドラインにおける9項目のうち、[1]突然の頭痛、[2]今まで経験したことがない頭痛、[3]いつもと様子の異なる頭痛、[4]頻度と程度が増していく頭痛、[5]50歳以降に初発の頭痛に該当することを認識して」おり、「加えて、D医師は患者診療録(O:客観的情報)の欄に、「頭痛red flag」という二次性頭痛かもしれない危険な頭痛を示す記載をしており、このことからも、まず二次性頭痛を除外するために診察やCT検査をしなければならない状況にあることを認識していたと考えられる」と認定した。

そして「D医師は、上記のとおり認識したものの、神経学的所見がないこと、急な発症でないことから、くも膜下出血は疑いにくく、体動で緩和することから緊張型頭痛と診断し、CT検査はしなかった。」しかし、「二次性頭痛の原因はくも膜下出血に限られないのであり、くも膜下出血が疑われる場合でなくても、二次性頭痛が疑われる場合は、画像検査(特にCT検査)を実施し、原因を明らかにすべきだった」と判断した。

さらに、D医師の診断を受けた2日後に、亡Cを診察したE医師については、その診察時点において、前記[1]~[5]に加えて、全身脱力感や体動困難という[6]神経脱落症状を有する頭痛にも該当する状態にあったことを認識しえたといえ、亡Cが高血圧の状態にあることも認識していたといえると認定した。

さらに、「二次性頭痛であっても、頭痛薬で緩解することもあるため、頭痛薬により緩解したことをもって当然二次性頭痛を除外することはできないし、また、ジョルトサインは……頭蓋内病変のすべてを診断できるものではないこと、……バレー徴候がないからといって錐体路以外の障害による頭蓋内病変の場合は陽性とならないことからすれば、これらの検査が陰性であることをもって頭蓋内出血の除外をすることもできない。」「二次性頭痛が必ずしも神経学的所見を伴うわけではないから、神経学的所見が乏しかったことをもって二次性頭痛を除外することもできない」ことから、E医師は二次性頭痛を除外できていなかったとし、被告医師らは、遅くとも4月30日午前9時頃(2度目の診察終了時点)までに、二次性頭痛を疑うべきであり、鑑別のために有用かつ適切なCT検査を実施した上で、脳神経外科の医師に相談すべき注意義務があったと認定した。

そして、E医師は、D医師作成の患者診療録や全身脱力感がある旨記載された傷病者搬送票に目を通した上で診察を行っているものの、「降圧剤の服用の有無やADLの聴取を行わず、ストレッチャーから降ろして歩行状態を確認することなく、寝かせたまま亡Cを診察しており、二次性頭痛を除外することができない状態にあったにもかかわらず、上記診察のみで一次性頭痛であると判断し、CT検査等を実施するに至っていない」として、注意義務違反も認めた。

2.因果関係について

本件において、亡Cの後遺障害は、慢性硬膜下血腫の増大によって頭蓋内圧が亢進し、脳ヘルニアになったことで両側の視床が圧迫されて生じた脳梗塞によるものであったことは、当事者間で争いのない事実である。

被告は、「亡Cの症状は、4月30日の受診後から5月1日の間に急激に増悪したものであるから、4月30日の診察時点でCT検査をして脳神経外科医に相談したとしても、外科的治療を開始したかは不明」、「仮に外科的治療を開始していたとしても、高齢であるほど重症化しやすく、慢性硬膜下血腫患者の約3割が退院時に何らかの介護を必要とするのであるから、後遺症の発生という結果を回避できたかは不明」といった主張を行った。

しかし、裁判所は前者については、「CT検査を行った前提で考えると、同日の亡Cの状態は緊急手術を要する状態にあったといえ」るとして、被告の主張を採用しなかった。

そして、後者については、「約3割という数値は、慢性硬膜下血腫患者のうち80代や90代も含めた結果であって、その数値のみから判断するのは適切ではないといえるし、本件診察当時77歳であった亡Cに関して考慮すべき数値は70~79歳までの慢性硬膜下血腫患者の治療結果であるといえ」、同結果において、機能回復良好であった患者の割合は79.6%であることからして、「被告医師らにおいて、遅くとも4月30日の診察終了時点までに、CT検査を実施し、脳神経外科医に相談していれば、緊急手術が実施され、脳ヘルニア、脳梗塞及び脳梗塞により生じる後遺障害を回避することができた高度の蓋然性があると認められる。」と判断した。

裁判例に学ぶ

本件は頭痛を主訴として救急受診した患者に対する注意義務違反が認められた事案です。

なお、判決内では、亡Cの診療に当たった医師らの専門や勤続年数などは明らかとなっておらず、「脳神経外科の医師に相談すべき注意義務を負っていた」という判断から同科以外の医師であったことしか分かりません。

頭痛の診断については、一次性頭痛と二次性頭痛の鑑別が重要であるとされていますが、本件についても、原告らが提出した文献(「慢性頭痛の診療ガイドライン2013」等)の記載を根拠として「まずは二次性頭痛を念頭に置いて、頭部CT検査等必要な検査や診療を行ってから二次性頭痛を否定した後に、一次性頭痛を考えることが求められている」と示されています。

他方で、頭痛自体は一般的な訴えであることから、すべての頭痛においてCT検査等を行うというのは現実的ではないと思われ、注意義務自体が認められなかった裁判例も少なくありません。

本件では、救急外来において、当該患者に対し検査をすべきかの判断に悩むケースではなく、担当した医師らが、二次性頭痛かもしれない危険な頭痛を示す状況や情報を得ていた、または得られたにもかかわらず、必要な検査を行わなかったという注意義務違反が正面から認められた事案として参考になると思われます。