ラジオ波焼灼術の術後管理

vol.267

横隔膜直下にある肝細胞がんに対するラジオ波焼灼術の後、胸腔内出血性ショックにより患者が死亡した事案において、病院を開設・運営する学校法人の損害賠償責任が認められた裁判例

金沢地方裁判所 令和2年3月30日判決 医療判例解説90号71ページ
医療問題弁護団 松田 亘平 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

1. 本件患者Xは、平成24年ごろから、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)による肝硬変の治療のために、約2カ月に1回の頻度で、Y病院の消化器内科に通院していた。

平成27年10月の精密検査で、原発性肝細胞がんと診断された。

2. Xは、ラジオ波焼灼術を受けるために、同年11月、同病院に入院した。

Xの肝細胞がんの腫瘍は単発性で、腫瘍病変が横隔膜に近接した肝臓の天頂部に存在し、浸潤は見られなかった。

手術当日、Y1医師は、午後2時15分ごろから午後3時35分ごろまで、横隔膜直下に存在するXの癌の腫瘍病変に対するラジオ波焼灼術を施術した(以下「本件手術」という)。

3. 本件手術後、Xは病室に戻った。

当日午後5時から翌日朝まで、当直医であるY2医師(後期研修医)を、Xの主治医であり、第一次支援医であるY3医師、第二次支援医である勤務6年目の医師がバックアップ支援し、Y1医師は、Xの容体に応じて相談を受ける体制がとられていた。

Xは、同日午後7時35分ごろに収縮期血圧96mmHg、酸素飽和度93%であったが、同日午後8時35分ごろに収縮期血圧82mmHg、酸素飽和度88%となった。

同日午後8時45分ごろ行われた、病棟の日勤看護師と夜勤看護師の交替に伴う引き継ぎでも、Xの酸素飽和度が低いことが申し送られた。

同日午後9時ごろ、Xは、1度目の茶色水様物を嘔吐した。

Y2医師は、動脈性の出血は考え難く、静脈性の緩徐な出血であって、自然出血が見込まれる程度のものと考えた。

また、Y2医師は、胸部の打診、聴診などの診察をしなかった。

Y2医師は、Y3医師に連絡、相談したが、Y3医師から具体的な指示はなく、経過観察をすることとした。

同日午後10時ごろのXのバイタルサインは、収縮期血圧82mmHg、酸素飽和度92~93%であった。

Xは、夜勤看護師に対し、右肩および右頸部の疼痛を訴えた。

4. 本件手術翌日午前4時30分ごろ、聴診によるXの血圧測定が困難となり、同日午前5時15分ごろ、Xは、心停止の状態に至り、心肺蘇生処置がとられたが、同日午前7時10分、死亡が確認された。

病理解剖の結果、Xの死因は、右横隔膜損傷に伴う右胸腔内出血による出血性ショックであるとされた。

5. Xの相続人である妻X1と子X2は、Y病院の開設・運営を行う学校法人を被告として、Xの担当医師においてXに対する適切な術後管理を怠った過失があると主張して、被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

判決

[1] 過失

(1)Y2医師は、本件手術後の術後管理として、Xに対し、横隔膜からの出血をも念頭に置き、腹腔内および胸腔内のいかんを問わず出血の有無を経時的に観察し、出血の可能性を認識した場合には、打診、聴診、画像検査などを行って、出血の有無や出血部位を精査し、これを同定した上で、止血措置や輸液・輸血措置を行うべき注意義務を負っていたと認められる。

また、(2)仮に、執刀医でなければ、上記(1)の症状の鑑別が難しく、かつ、Y病院において執刀医が当直医を担当する体制を構築することが不可能ないし著しく困難であるとしても、Y病院を管理運営する立場にある被告としては、そのような実情を踏まえて術後管理の在り方を定めるべきであるから、術後に定型的な手順として経時的に上記各検査を行うべき注意義務を負うものであると認めるのが相当である。

本件の事実関係においては、Y2医師には、(1)の注意義務を怠った過失があるというべきであり、仮に、そうでないとしても、被告には、(2)の注意義務を怠った過失があるといえる。

[2] 因果関係

Y2医師は、遅くとも本件手術当日午後10時の時点で、横隔膜からの出血の可能性を認識することができたところ、その時点で、Xについて、血液検査およびCT画像検査を行うことができれば、同日午後11時ごろには、血液検査の結果を把握することができ、再検査の時間などを踏まえても、遅くとも手術翌日午前0時ごろには、Xの右胸腔内出血による血胸を把握することができたものと認められるから、その後、Xに対し胸腔部からのドレナージを行うとともに輸液・輸血を実施して、出血性ショックの進行を遅らせることにより、翌日午前3時ごろには、止血措置のための開胸手術などを開始することができたと認められる(なお、仮に、Y2医師の(1)の過失が認められないとしても、被告において、術後に定型的な手順として経時的に上記各検査を行うべき注意義務を尽くしていれば、遅くとも本件手術当日午後10時の時点で、横隔膜からの出血の可能性を認識することができたため、上記と同様に、翌日午前3時ごろには、止血措置のための開胸手術などを開始することができたと認められる)。

したがって、Y2医師が(1)の注意義務を尽くして(または、被告が(2)の注意義務を尽くして)診療行為を行っていたならば、Xはその死亡の時点である本件手術翌日午前7時10分においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然(がいぜん)性があると認められるから、Y2医師(または被告)の不作為とXの死亡との間の因果関係は肯定される。

裁判例に学ぶ

1. ラジオ波焼灼術(RFA)は、穿刺局所療法の一つであり、腫瘍内に穿刺した電極周囲をラジオ波(周波数約450kHzの高周波)により誘電加熱し、腫瘍を壊死させる治療法です。

穿刺局所療法は、肝癌診療ガイドライン上、Child-Pugh分類のAあるいはBの肝機能の症例で、腫瘍径3cm以下、腫瘍数3個以下の場合に推奨されています。

本件では、肝S8領域に23.5mm×20mmの腫瘤影1個が認められ、また入院当時のXの肝硬変は、肝障害度が3段階中の中位度であるBであり、同じく肝障害度の評価法であるChild-Pugh分類は9点で、3段階中の中位度(グレードB)の段階にありました。

そのため、RFAの適応上の問題はなかったと言えます。

2. RFAは超音波ガイド下で行われることが多いものの、病変の部位によってはCTガイド下や腹腔鏡下・開腹下で行うこともあります。

RFA施行時には腹部超音波にて十分に標的病変を観察し、太い脈管を避けつつ穿刺できるルートを計画し、隣接臓器の熱損傷が懸念される場合には、人工胸水・腹水の使用も考慮します。

その後、局所麻酔を行い、電極を穿刺し、標的結節より全周性に一回り大きく焼灼を行います。

RFAによる合併症の頻度は一般的には5~8%程度で、腹腔内出血、肝膿瘍、肝梗塞、胸水・腹水、胆汁囊胞、周辺臓器熱損傷、播種などが合併症として挙げられ、治療関連死は0.3~0.5%程度です(川村祐介「肝がんの治療法を知る ラジオ波焼灼療法」『がん看護』19巻6号、平成26年)。

腫瘍が横隔膜に隣接する本件においては、術後注意深く経過観察を行う必要があります。

本判決も指摘するとおり、Xは、本件手術当日午後8時35分ごろには、収縮期血圧と酸素飽和度が低下し、看護師の交替に伴う引継ぎでも、Xの酸素飽和度の低下が申し送られるなど、Xについて、ラジオ波焼灼術に通常合併するとされる症状のほかに、体内の何らかの部位からの出血を疑わせ、出血性ショックの兆候となる事象が複数生じていました。

また、Xは、同日午後10時ごろから、右頸部から右肩の疼痛を訴えており、これは少なくともXの横隔膜に何らかの異変が生じていたことを推認させる事象です。

Y2医師自身、同日午後9時30分ごろ、1度目の茶色水様物を嘔吐したXを診察した際に、ショック指数が1程度であって、出血量が約1lであると推測していました。

そうすると、Y2医師は、遅くとも同日午後10時の時点で、Xの横隔膜からの出血の可能性およびXが出血性ショックに至り、最悪の場合死亡する可能性があることを認識することができたと言えます。

なお、本判決では後期研修医であるY2医師の過失が中心に認められていますが、Y1医師においても、病変が横隔膜直下にあるという本件の事情においては、Y2医師らに対し、胸腔内への出血の可能性を共有していたほうが望ましかったと考えられます(医療判例解説90号78ページ参照)。

3. 本件では、Y2医師の不作為が過失の内容となっているところ、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されます(最判平成11年2月25日民集53巻2号235ページ参照)。

本判決は、本件手術の翌日午前3時ごろに止血措置のための開胸手術などを開始していれば、翌日午前7時10分においてXがなお生存していたであろうと認定しました。

本判決には、翌日午前3時ごろに開胸手術などを開始していれば救命できたと言えるのはなぜかについての言及がありませんが、放射線科医が血管造影で破綻した責任動脈を見つけて塞栓できていれば、救命できた可能性はあったと考えられます(医療判例解説90号78ページ参照)。

4. RFAは外科的治療と比べて低侵襲であるものの、腫瘍の位置によっては隣接臓器に熱損傷を生じさせるおそれがあります。

術後管理においてはバイタルなどを慎重に観察し、出血の可能性を疑った場合には速やかに打診、聴診、画像検査などを行う必要があるでしょう。