終末期の心肺蘇生措置不実施にかかる責任

vol.268

患者の容態が急変した場合に心肺蘇生措置を実施しないことについて、患者家族(キーパーソン)による事前の同意を認定し、病院側の注意義務違反を否定した裁判例

東京地方裁判所 令和元年8月22日 別冊ジュリスト258号198ページ
医療問題弁護団 村上 直也 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

本件患者(当時87歳の女性)は、平成26年10月2日、自宅で呼吸苦が出現し、受診歴のない被告病院に救急搬送され入院した。

本件患者は、心不全の状態にあり呼吸不全を併発したものと診断された。

本件患者は11月7日に被告病院を退院したが、12月20日、自宅で呼吸苦が出現し、被告病院に救急搬送され、心不全による呼吸不全などの症状がみられたため再度入院した(以下「本件入院」という)。

同月21日午前1時28分ごろ、被告病院の看護師により、本件患者の心停止および呼吸停止が認められたが、医師および看護師は、電子カルテに記載された本件患者の主治医(被告Y2)による「急変時 心臓マッサージ、気管内挿管などは行わない」(以下「本件記載」という)との指示に基づきCPR(心肺蘇生措置)を実施せず、午前1時54分ごろ本件患者の死亡が確認された。

本件患者の長男(原告X1)および長女(原告X2)は、被告病院を開設運営する被告法人および被告Y2に対し、被告病院の医師ないし職員は、本件患者および原告らに本件患者の容態が急変した場合にCPRを実施しないことについて事前に同意を得ることなく、急変時にCPRを実施しなかったという注意義務違反があることを理由に損害賠償請求訴訟を提起し、請求は棄却された。

判決

[1] 裁判所による「事前の同意」の認定

被告Y2は、遅くとも12月20日午前11時48分までには、原告X1に病状説明をした。

被告Y2は、本件患者の状態が前回入院時より悪化しており、肺水腫のため人工呼吸器による呼吸管理の適応もあるくらいのものと判断していた。

被告Y2は、本件患者の診察歴が短く、本件患者と十分な信頼関係が構築されるには至っていないことや、本件患者の同日の容態などに照らし、急変時の蘇生措置について直接本件患者に意思確認することは回避し、いわゆるキーパーソンと理解していた原告X1に蘇生措置について確認する必要があると判断していた。

そして、被告Y2が、原告X1に対し、本件入院中の上記措置について確認したところ、原告X1が、本件患者に対する心臓マッサージ、気管内挿管などは行わないでもよいとする旨を答えたことから、12月20日午前11時48分ごろ、電子カルテに「指示」として「急変時 心臓マッサージ、気管内挿管などは行わない」との記載を入力した。

[2]「事前の同意」の認定にかかる補足説明

(1)誤入力の可能性は認められないこと

被告Y2は、本件患者の電子カルテに、本件入院中の一連の指示事項の一つとして、本件記載を他の指示事項の記載と同時に入力したことが認められる。

そのため、被告Y2が、他の患者への指示事項を誤って入力したものとは認められず、本件患者や家族の同意なしにそのような記載をあえて入力したということも想定し難い。

被告Y2が、何らかの事情で同意が得られたものと誤認して本件記載を入力した可能性は抽象的にはないとはいえないが、憶測の域を出るものではない。

(2)被告Y2から原告X1に対する説明・確認が推認されること

本件患者は、前回入院時よりも容態が悪化していたものといえ、急変の可能性は高まっていたといえるのであるから、被告病院の医師ないし看護師において、急変時の対応をキーパーソンとみていた原告X1に確認することは、ごく自然の成り行きであったと認められる。

救急外来段階で、患者急変時の対応にかかる原告X1の意思が明確に示されなかったことについて、被告Y2は引き継ぎを受けていたものと推認される。

主治医である被告Y2が、原告X1に対し、本件入院時の本件患者の病状について何ら説明しなかったとは考え難く、原告X1としても、主治医から何ら病状についての説明がないまま、救急外来での説明のみで満足したとは想定し難い。

したがって、被告Y2は、本件入院に際し、原告X1に対し、本件患者の病状について説明するとともに、急変時の対応についても確認したものと推認することができるといえる。

本件記載において、DNRの方針を聞き取った相手方や状況の記載がないことは、この推認の妨げとなるものとはいえない。

(3)原告X1の陳述と供述の食い違い

本質的な部分における原告X1の陳述と供述の食い違いが複数認められることは、原告X1において本件入院時の状況について明確な記憶がないことを示唆する。

(4)原告X1の供述は認定を左右する事情とはいえないこと

原告X1は、本件患者の容態が急変した旨の連絡を受けて被告病院に駆け付けた際、看護師に対し、本件患者に心臓マッサージが行われていないことについての疑問や心臓マッサージは依頼していた旨を訴えているが、その後の原告X1の言動によれば、入院から1日も経過しないうちに本件患者の容態が急変したことに動揺した原告X1が、反射的に疑問などを訴えたものとみることができ、上記訴えをしたことをもって認定を左右する事情とはいえない。

[3] 結論

本件患者のDNRについては原告X1の同意があったといえ、本件患者の容態が急変した際にCPRを実施しなかった被告病院の対応について、注意義務違反があると認めることはできない。

裁判例に学ぶ

1. 本件では、患者のDNR(Do Not Resuscitate。心肺蘇生措置を行わないこと)について、キーパーソンである長男の事前の同意の有無が争点となりました。

厚生労働省が公表した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思の確認が「できる場合」・「できない場合」に分けて終末期医療における方針決定において求められるプロセスが記載されており、本人の意思の確認ができない場合は、「本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする」としています。

判決では、ガイドラインへの言及はされていませんが、患者の急変の可能性が高まっている状況で、医師・看護師が急変時の対応をキーパーソンに確認することは自然の成り行きであるとした上で、キーパーソンである長男による事前の同意を認定し、病院側の注意義務違反を否定しており、ガイドラインの考え方に沿った形での認定がなされていることがうかがえます。

2. 終末期医療における方針決定においては、十分な話し合いを経た上での意思決定が基本とされており、ガイドラインでは「このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度、文書にまとめておくものとする」ことが求められています。

判決では、電子カルテの本件記載においてDNRの方針を聞き取った相手方や状況の記載がないことは、医師から長男に対する病状説明・急変時対応の確認が行われたという推認の妨げとなるものとはいえないとされていますが、紛争予防の観点からいえば、方針決定にあたって実践したプロセスの内容(話し合いの時期、相手方、内容、状況など)は適切に記録・保管しておくことが重要といえます。

3. また、本件では病院側によるキーパーソン選定の適否は問題となっていませんが、ガイドライン記載の、本人の意思の確認ができない場合に本人に代わって話し合いを行う「家族等」とは、必ずしも特定の1名に限定されるわけではありません。

ガイドラインにおいても、家族等の中で意見がまとまらない場合には、複数の専門家からなる話し合いの場を設置することが必要とされています。

したがって、医療者側においては、本人の意思が確認できない場合に、キーパーソンの選定、家族等の間で意見統一・意見集約がなされているのかどうかについて慎重な検討が必要になるものと考えられます。

4. 終末期医療における医療の方針決定は、十分な話し合いを経た本人の意思決定が基本となり、慎重な判断が求められます。

医療者側においては、紛争予防の観点から、ガイドラインに沿ったプロセスを履行し、それを適切に記録しておくことが大切といえます。