基礎研究を始めて3ヶ月で再灌流傷害の機序に迫る
小山氏が再灌流傷害についての研究をスタートさせたのは、医師になって5年目の1989年だった。国立小児病院(現在の国立成育医療研究センター)内に併設された小児医療研究センターへ、大学医局から非常勤研究員として派遣された時だ。その頃、医局に循環器の医師が少ないため、研究だけに没頭できたのは最初の4ヶ月のみ。短期間で結果を出さなければならなかった。
当時、センター長を務めていたのは、元ミシガン大学薬理学教授の明楽泰氏だった。小山氏にとって明楽氏との出会いは、研究を進める上で大きな意味を持っていた。
小児医療研究センターには、明楽先生が浜松ホトニクス※と共同開発した、細胞内カルシウムイメージング装置がすでにあった。この装置で安定した結果が出せるようになっていたからこそ、小山氏の単離心筋細胞での虚血再灌流実験は短期間で結果を出すことができたのだ。
「明楽先生から基礎研究者としての姿勢や考え方を学べたことも非常に大きく、今の私の研究者としての土台になっていると思っています」
小山氏が再灌流傷害のメカニズムの解明に迫ったのは、研究を始めてからわずか3ヶ月後のことだった。
心筋の収縮を司っているカルシウムイオンは、細胞内外で1万倍の濃度差がある。細胞内の濃度が極端に低く制御され、少ない量のカルシウムイオンの出し入れで、収縮弛緩が制御される仕組みだ。
虚血状態になると、エネルギー物質であるATPを温存するため、細胞内に乳酸をためて収縮しないようにする作用が起こる。その一方で、それに拮抗するように細胞内カルシウムイオン濃度を上げて、収縮を逆に維持させようとする反応も同時に起こる。この状況で、再灌流により一気に乳酸が洗い流されてしまえば、異常に高まった細胞内カルシウムイオン濃度の影響を受けて、極めて強い収縮が起こり、虚血で傷んだ細胞を著しく傷害する。
再灌流傷害の根本原因はそこにあると小山氏は結論づけた。
小山氏が研究を始めた頃は、血流を再開させるとカルシウムイオンが外から入ってきて、そのために細胞が傷害されると考えられていた。
「実際に単離心筋細胞で実験をしてみるとカルシウムイオンは外からは入って来ないのです。それは、細胞間結合による縛りのない、バラバラにした細胞で実験していたから分かったことなのです」
心筋組織や心臓全体を使った実験系では、強い収縮により細胞膜が破綻して、そこから大量のカルシウムイオンが流入する。だが、それは、既に細胞に致命的な傷害が起こった後に起きている現象を見ていたにすぎないと、小山氏は気が付いたのだった。
小山氏は、この結果を”American Journal of Physiology”誌上で発表したが、期待した反応は全く得られなかった。
「研究結果が発表されれば反響が大きいのでは、と思っていたのですが、全く期待外れでした。まだ若かったこともあって、研究の世界のこともよく分かっていなかったのですね」
無名の若い研究者から発せられた、当時の常識を覆すメカニズムに、大半の研究者は耳を貸すことはなかった。これもサイエンスの世界で時にみられる、〝打ちのめされずして棄て去られた理論〞の部類に入る、と小山氏は振り返る。
その後も研究を続けるため、自身の考えと近いと思いユタ大学へ留学した。しかし、行ってみると教授の考え方との違いは決定的だった。2年間の留学期間、思うような研究成果が出せぬまま終えた小山氏。基礎研究を続けることを諦め、帰国後は臨床医の道を歩むことに決めた。