一人くらい、亡くなった人の声を聴く医者がいてもいい
初めて法医という仕事を知ったのは小学生のとき。当時ベストセラーとなっていた『死体は語る』(上野正彦著)を読んだのがきっかけだ。
「両親が共働きで祖父母に育てられました。小学生のとき、祖父母が相次いで亡くなり、『人が死ぬとはどういうことか』と考え、出合ったのがこの本です。本には、法医学の力を借りることで『亡くなった人の声を聴くことができる』とありました。生きている人と亡くなった人をつなぐ仕事があると知り、興味を持ち始めたのです」
法医を志して北海道大学医学部に進学、その後、京都大学大学院医学研究科法医学講座へと進学した。研修医になってから、もし他に興味を持てる診療科があれば、そちらへ進んでもいいと考えていた。しかし研修医時代に垣本氏の中で一番印象に残ったのは、心肺停止で搬入され蘇生しなかった人たちだったという。心肺停止の患者が一番印象に残った理由について、垣本氏はこう語る。
「つらい、苦しいと言える人に対しては、たくさんの救いの手が差し伸べられますよね。でも亡くなった人のところには誰も来てくれない、何もしてあげられない。ならば一人くらい、その人の声を聴く医者がいてもいいのではないか、と思ったのです」
現在は、東海大学医学部基盤診療学系法医学に所属し、年間100体程度の解剖を担当する。解剖のない日は、解剖した組織を小さくホルマリン固定する「切り出し」作業や、警察へ提出する鑑定書の作成、大学内の講義、研究などを行っている。大学内での仕事に加え、東京都監察医務院にも非常勤で所属し、警察に出向いての検案も行っている。
法医学専攻の医師は、全国でも約150人と極端に数が少ない。
「当研究室には出向を含めて3人の医師がいますが、これでも多い方だと思います。やはり人手不足は常に感じますね」
新専門医制度の領域に、法医学が入っていないことも懸念材料の一つだ。
「新専門医制度の枠組みに入っていないことで、法医学を選ぶ人が減るのではないかと心配です。とはいえ現状の人手では、カリキュラム作成まで手が回らないのも事実。何とか病理や公衆衛生などの一環として、法医学を取り入れてもらえればいいのですが」
他の診療科から法医学の道を選んでやってくる医師も少なくない。
「病理学や放射線科など他の診療科を経験してから法医学に入ってこられた先生方もいます。法医学が対象とするのは、胎児から高齢者までさまざまですから、他科の知識はどれも貴重です。転科先の一つとしてもぜひ、興味を持っていただけたらうれしいですね」