9つの専門資格を取得し救急・手術・集中治療を行う
松岡氏が救急医を志すようになったのは、医学部5年生の時に目撃したバイク事故がきっかけだった。近くのクリニックから医師たちが駆け付けたが、右往左往するばかりで何もできずにいたという。そのうち到着した救急隊が迅速に指示を出し、被害者はストレッチャーで病院へ搬送された。「これではどちらが医師なのか分からない、と思ったのを覚えています。人の命を救ってこそ医師なのではないか。そう考えて、救急医になろうと決めました」
いざ救急医療の現場に足を踏み入れると、救急の専門的なトレーニングを受けていなければ、たとえ医師であってもいざという時に対応するのが難しいことを実感した。「研修で数カ月のローテーションをこなしただけで身に付けられるものではない」と松岡氏は言う。一方で、救急医が各診療科への「振り分け係」になってしまっている現状も目の当たりにした。
「学生のころに研修医の先輩の姿を見て、もう救急対応をしているのかと驚いたのですが、冷静に考えれば経験の少ない1、2年目の医師に対応できるはずがありません。すぐに各診療科の医師を呼べる安心感があるから対応できているだけ。全ての救急医がそれと同じようなことをしていたのでは、誰にでもできると思われてしまう」
「振り分け係」ではない、本当の救急医の在り方とは何か。松岡氏が出した答えは、救急科に加え、それ以外の専門性も高めることだった。そこでまず始めたのが麻酔科での研鑽である。救急医と並行して麻酔科の専門資格を取得するため、昼間は麻酔科で勤務し、夕方からは救命救急センターで働く日々。休みは月に1日あるかどうかのダブルワークが続いた。
「二つの専門資格を取得するためには2倍頑張らなければならない。大変でしたが、自分がどんな医師を目指すのかがはっきりと見えていたから努力できたのだと思います」
麻酔科のスキルがあれば、救急処置をして手術で麻酔を担当し、術後にICUでの集中治療を手がけることもできる。一続きの医療を提供できるようになることが、松岡氏の目指す医師像だった。麻酔科の専門資格を取得すると、そこからは次々と専門分野の幅を広げ、これまでに9つの専門資格を取得。けがの手術に対応するために整形外科、脳卒中患者を診るために脳神経内科での研鑽も積んだ。整形外科から派生して取得した学会認定のリウマチ医とスポーツ医の資格は、専門とする医師がほとんどいない医療過疎地での診療に特に力を発揮している。
医師になって10年がたつころには、救急処置、手術、集中治療までの一連の流れを一人でこなせるようになっていた松岡氏。当時勤務していた病院では「全て任せられる」と、松岡氏に仕事が集中した。やりがいがある一方で「これが一生続くのか……」と限界を感じるようになっていた。