スポーツドクターの働き方 遠藤 直哉

日本体育大学保健医療学部
救急医療学科 准教授
日本体育大学クリニック
[Challenger]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/ 田口素行 撮影/ 皆木優子

整形外科医のイメージが強いスポーツドクター。実は、けがだけではなく、内科的なケアも必要とされ、総合診療医のような役割を求められる。JOC専任メディカルスタッフのドクターとして、主に水球・競泳競技のサポートを行う遠藤直哉氏は、心臓外科医のバックグラウンドを持ちながら、内科的治療も得意としており、さまざまな競技の選手からも相談を受ける。いかにしてスポーツドクターとしてのスキルを高めていったのか、遠藤氏に聞いた。

スポーツのルールを熟知し内科的スキルも必要不可欠

スポーツドクターといえば整形外科医のイメージが強いが、実際はどうなのだろうか。

「スポーツドクターは整形外科領域はもちろん、風邪やインフルエンザなどの内科的疾患への対応や予防、さらにドーピングコントロールも重要な仕事です。その他、皮膚科や耳鼻科などの知識も必要とされ、総合診療医のような幅広い治療スキルが求められます」

遠藤直哉氏は元々、大学病院の心臓血管外科医であったが、当時の医局の方針で、手術だけではなく、外来、検査、術後のICU管理、病棟の見回りなど、内科的な診療も幅広く経験してきた。

「心臓血管外科医であっても8割は内科的な治療を担当し、アルバイトの外科救急当直では整形外科や脳外科も診ていました。血管縫合の経験は現在、傷の縫合処置に生かされるなど、当時の幅広い経験がスポーツドクターとしても役に立っています」

さらに、選手の試合出場や練習内容の判断も行うため、競技のルールや、競技特性についての知識も必要である。スポーツに精通していることは、スポーツドクターのキャリアプランを実現するために重要なポイントとなる。その実例として遠藤氏がスポーツドクターになるまでの経緯を簡単に紹介しよう。

遠藤氏は高校時代、水球の東京代表として全国大会で準優勝の経験を持つ。医師になってからも水球のクラブチームに所属するなど、常にスポーツが身近にあった。そしてスポーツ医学を学ぶために大学病院を退職し、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学。入学初日に研究室で出会ったのは、日本水泳連盟の医事委員長であった。その時に、日本水泳ドクター会議へ誘われたことをきっかけに、水泳連盟医事委員となり、さらに、JOC医学サポート部会への参加、2012年開催のロンドンオリンピック予選大会では水球日本代表のチームドクターに就任するなど、スポーツドクターへの道が一気に開かれた。また、そういった縁がつながり、国立スポーツ科学センター(JISS)で、アスリートの内科外来も担当することになった。

水球というスポーツに精通していたこと、また、大学の医局を出てスポーツ医学を学ぶという大きな方向転換が生んだ道であった。

けが後の練習や試合出場 的確なケアと信頼関係が大事

スポーツドクターには、アスリートに対し、一般の患者とは異なる治療やアドバイスを行うことが求められる。例えば、アスリートがけがや病気をした際には「練習や競技を続けられること」を第一に考えたサポートを行う。トップアスリートとなれば、けがや病気でも練習を休みたくはないからだ。しかし、そうした気持ちも理解しながら、場合によっては運動を休ませる判断も必要となる。

「母校で水球のコーチをしているのですが、部員が寒いプールで足がつって、翌日も痛みがあるということで病院に行ったら、軽度の肉離れだから休むように言われました。でもスポーツドクターの視点は違う。けがの原因は運動不足にあり、部活を長期間休めば、今後、肉離れを繰り返してしまう。そういった場合には、肉離れに影響しない範囲での練習を考えます」

一方で、運動を完全に休止しなければならない時もある。

「目をけがして前房出血を起こした場合は、体は元気なので運動ができると思われがちですが、血圧の上昇が眼球内部の出血原因となるため、休まなければなりません」

こうした判断は、競技の成績や試合の勝敗にも大きな影響を与えるため、自分の判断を信用してもらうために選手や監督との信頼関係を築いておくことも非常に重要となる。

「水球は試合中に接触によって出血することもあります。通常であれば、選手を交代させますが、私なら急いで傷を縫って止血し、監督に『出られます』と進言します。水球のような激しいスポーツでは、選手一人が抜けるのは大打撃となるからです。その時に『このドクターが言うなら大丈夫』と思ってもらえる信頼関係が大事です」

なお、遠藤氏自身もトライアスロンの競技者として、日本トライアスロン連合の年代別ポイントランキングにおいて2015年は年間総合3位、2018年は総合2位という実績を持つ。自身もアスリートであることは、スポーツドクターとして大きな武器になっている。

「トライアスロンをしていると、陸上、水泳、自転車と幅広い競技に詳しくなります。自分もアスリートなので選手の気持ちも理解できますし、スポーツドクターとしての信頼や説得力も増すんです」

判断と治療が競技の勝敗や選手生命をも左右する

スポーツにファインプレーがあるように、スポーツドクターにもアスリート人生を救うファインプレーがある。

「競技中の動悸から呼吸困難が生じ、過換気症候群と診断されたことのある高校生のアスリートが診察に訪れました。いつまた動悸と呼吸困難が生じるかと不安に感じながら練習をしていることや、過換気症候群ではなく不整脈の疑いが強いことが分かりました」

そこで遠藤氏が携帯型心電計検査を行うと発作性上室頻拍(PSVT)の所見を認めることができたという。PSVTはカテーテル治療でほぼ完治できることを説明し、選手に手術を勧めた。術後、その選手はすぐに現場復帰でき、心的負担が軽減されたことでパフォーマンスが向上、オリンピックに出場することもできた。遠藤氏の元を訪れていなければ、常に発症の不安におびえ、若くして選手生命が終わっていたかもしれない。

遠藤氏の問診によって救われたアスリートはもちろんこの選手だけではない。さまざまな選手の相談に乗りながら、体調の変化や病気に気付き、健康面・精神面の不安を取り除いてきた。自分が診たアスリートがけがや病気を克服し、世界の大舞台で活躍する。これは、スポーツドクターにしか味わうことのできないやりがいであり、大きな喜びだ。

好きなことを仕事にする 医師人生は楽しい!

遠藤氏は取材の最後に、スポーツドクターを目指す医師に限らずキャリアを築いていく上で大切なことを語ってくれた。

「実習や研修などでは、興味のない科は手を抜いてしまいがちです。しかし、そうした診療科はその時にしか学べないので、なおさら一生懸命に学ぶべきなんです。そこで得た知識や経験はいつか必ず自分のキャリアに生かされます。それが目指すキャリアを実現するために大切なことです」

勤務する日本体育大学で「スポーツ救急」についての教鞭をとる遠藤氏は、学生に与えられた時間を有意義に活用することの必要性を訴えている。遠藤氏もまた、そうして自らのキャリアを築いてきた。スポーツドクターという大きなやりがいを手に入れ、大好きなスポーツを思いきり楽しむ充実した医師人生を歩んでいる。

「トライアスロン競技からもスポーツドクターの誘いがありましたが、そこは選手でいたいと断ったんです。次の目標はアイアンマンレースの世界選手権に出場し、上位に入ることですね」と、遠藤氏は目を輝かせた。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2020年11月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

えんどう・なおや

  • 日本オリンピック委員会(JOC) 医学専門部会部門員
  • JOC専任メディカルスタッフ
  • 日本水泳連盟医事委員
  • 水球日本代表チームドクター

愛読書      『人類と感染症の歴史』、『ブラック・ジャック』
影響を受けた人  ピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド
好きな有名人   吉田ウーロン太
マイブーム    旅先でのランニングと食べ歩き
マイルール    時間を無駄にしない
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