試行錯誤を重ね追究している好酸球性副鼻腔炎の手術
耳鼻咽喉・頭頸部外科には多くの副鼻腔炎患者が訪れる。中でも好酸球性副鼻腔炎の患者が多い。好酸球性副鼻腔炎は厚生労働省による指定難病の一種で、両側の鼻の中に多発性の鼻茸ができる。一般的な慢性副鼻腔炎は抗菌薬と内視鏡手術で治癒するが、手術をしても再発を繰り返すのがこの病気の特徴である。
「好酸球性副鼻腔炎はステロイド剤を投与すれば軽快しますが、長期使用は望ましくありません。また長く患うほど、嗅覚の改善が難しくなります。そのためタイミングを見て手術し、より良い状態が長く続くようにコントロールすることが重要です」
手術の中でも特に力を入れているのが内視鏡下鼻副鼻腔手術(ESS)だ。半世紀以上前に同学耳鼻咽喉科の故・高橋研三氏、故・高橋良氏らが鼻の中から手術する鼻内手術を生み出し、6代目教授である森山寛氏らにより、1980年代に慈恵式内視鏡下鼻内手術が導入された。この流れをくみ東京慈恵会医科大学附属病院は、鼻副鼻腔疾患に対する手術件数・手術成績において世界トップレベルにある。
森氏は慈恵医大で2009年に開設した「嗅覚アロマ外来」の立ち上げメンバーの一人だ。
「初めは、外来ブースの空いている土曜日の午後のみに開かれたマイナーな専門外来でした。もっと嗅覚外来の存在を知ってほしくて、患者さんのデータをまとめることにしたのです」
森氏は外来終了後、患者一人ひとりの症例をデータとしてまとめ、その結果を論文にして学会発表を行った。そうした地道な取り組みが実を結び、耳鼻咽喉科を専門科として確立した初代教授、故・金杉英五郎氏を記念して創設された金杉賞を受賞している。また嗅覚外来自体も、開設から10年以上が経過し、今では全国から多くの患者が訪れる。嗅覚に関する研究に対して、文部科学省から研究費も獲得し、嗅覚を専門とする後進やスタッフも集まるようになった。
「慈恵医大病院の耳鼻咽喉科は、鼻の手術件数や古い歴史で知られていますが、今では嗅覚にも力を入れていると少しは認識していただけるようになりました。私自身、まだ満足していませんが、ここまで走ってきたことが実を結び始めています」
森氏は、日本鼻科学会が2020年1月からスタートした、鼻科手術指導医制度の第1期暫定指導医にも名を連ねている。
「好酸球性副鼻腔炎の手術は出血しやすく、ほんの小さな傷で嗅覚が戻らなくなるリスクがあります。いかに正常な組織に傷を付けないようにするか、また術後の嗅覚が最大限改善するように細心の注意を払って手術しています」
常に手術方法や手技について試行錯誤を重ね、ベストを追究する。ストイックなその姿勢が報われるのは、やはり患者から感謝の言葉をもらったときだ。
「患者さんから術後に『先生、匂いを感じるようになって世界が変わりました!』と言われると、本当にうれしくなります。『よし、全ての患者さんにそう感じてもらおう』とやる気が湧きますね」
臨床の仕事に加えて、2020年6月からは医局長に就任した。一週間のスケジュールを聞くと、外来、病棟、手術などのルーティンに加えて、外勤、院外での手術指導、複数の学会への出席や講演、医局会、製薬会社との打ち合わせ、さらに研究、後輩指導や国内外の論文査読など…分刻みのスケジュールが続き、席の温まるいとまがない。
また自身の立場を「(人と人とをつなぐ)仲人のようなもの」と例えるように、医局長として全医局員140人の人事調整や困ったことの相談窓口も行っている。事実、2時間弱のインタビュー中にも数分おきに電話が鳴り、各部署や関連病院から調整連絡や相談などが相次いでいた。