震災を機に在宅診療所を開設 東北の地から医師の「働く」と日本社会を変える 田上 佑輔

医療法人社団やまと 理事長
やまと在宅診療所 院長
[Challenger]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/田口素行 撮影/皆木優子

当初は外科医を志し、東京大学医学部附属病院の腫瘍外科に在籍していた田上佑輔氏。東日本大震災をきっかけに、2013年、宮城県登米市と東京都内の2カ所同時に在宅診療所を開設し、地方と都市部を行き来する循環型診療という新たな医療モデルを展開しながら、地域の医師不足問題や街づくりにもチャレンジしている。開設当初に抱いていた地域医療への思いや構想も歳月の経過とともに進化し、新たな取り組みも生まれてきた。東日本大震災から10年の節目を迎えた今、田上氏が語る地域医療、そして日本の医療への思いとは――。

当たり前のことを、当たり前に、迷いなく前進する

雨が降ったら傘をさす――。

田上佑輔氏の座右の銘だ。

「雨が降ったら傘をさすように、当たり前のことを当たり前にできるよう準備しておく。この松下幸之助の言葉を胸に、常に自分の気持ちに迷いなく行動したいと思っているんです」

田上氏のすごみは、アイデアを生み出す構想力だけではなく、それをカタチにしていく実行力にある。33歳という若さで「やまと在宅診療所」を開設し、地域の医師不足問題や「街づくり」という大きなチャレンジをしている田上氏だが、その表情に気負いは全く感じられない。座右の銘のとおり「当たり前のことを、当たり前にしているだけ」という、迷いのない真っすぐな視線が印象的だ。

「僕が医師になった頃は起業がはやっていましたから」と田上氏は言うが、実際に動くのは簡単なことではない。リスクや将来を考えたとき、多くの人は医局や組織を飛び出すことをためらい、立ち止まってしまう。

「かつての僕がそうであったように、自分に向いていることが分からないという人は、少なくないと思います。自分が会いたい人に会いに行く。行きたい場所に行く。やりたいことをやる。医学生の頃から『動く』ことを習慣にしておくと、30歳前後に訪れる医師人生の岐路に立ったとき、自分が本当にやりたかったことが見つかり、それに突き進むことができると思います」

地域の医師不足問題を解決する新しい医療モデル

やまと在宅診療所は、医師が都市部と地方を行き来する循環型医療という新しいスタイルで、地域の医師不足問題を解決する新たな医療モデルを作った。さらに、地域と協働し、教育、研究、事業創出などを通した街づくりにも取り組んでおり、医師の新しい働き方を実践している。田上氏はこの取り組みを「やまとプロジェクト」と名付け、事業展開してきた。

現在、やまと在宅診療所は、宮城県登米市・大崎市・栗原市、神奈川県横浜市・川崎市の5カ所に拡大し、当初は数人だった医師も40人ほどに増えた。また、「地域の役に立ちたい」と、同じ思いを抱く多職種も集まり、訪問看護、居宅介護、訪問栄養指導、訪問リハビリテーションまでを提供できる大きなチームとなった。診療の質を保つための情報共有の場として「オープンメディカルコミュニティ」という全員参加型の勉強会を定期的に開催するなど、顔の見える連携づくりも構築した。

地域連携が深まる中で、医療サービスの質が高まり、医療提供範囲も広がっていった。すると、田上氏の目指す街づくりへの考えや思いも進化していく。

「医療はインフラであり、何かを生み出すものではありません。医療は街の一部に過ぎず、いくら医療が良くなって、病院が立派になっても、街づくりにはならない。地域の産業や観光を良くしたり、そこで暮らす方々のさまざまな困り事を解決したり、地域全体が発展していく活動が、街づくりになるのです。ですから、医療という枠を超え、行政や企業と共に新しいものを創造していく必要があると思いました」

医療を通しての街づくりを目指す活動例は他の地域でも見受けられるが、そのほとんどが医療の枠内で行われている。一方、田上氏の街づくりには、医療の枠を超えた大きなスケールで構想されていることに驚かされる。しかし、これも田上氏にとっては「当たり前のことを当たり前にする」という自然に生まれてきた考えだった。

「応援する」「つながる」ことで医師の新たな活躍の場を創生

医師の専門分野ではない街づくりへの挑戦を、傲慢(ごうまん)だと思う者もいるかもしれない。もちろん田上氏自身は、自分のできることとできないことの区別は分かっている。

「僕たちは『応援する』をキーワードに地域へアプローチしているんです。起業など、地域で何かに挑戦したい人を支えようということで、農業、観光、空き家活用などのイベントを開催したり、その活動を動画などで配信したりしています。登米に来た当初は『自分が街づくりをするんだ』と意気込んでいましたが、今では『若い挑戦者を応援したい』という気持ちが強くなりました」と田上氏は言う。

「応援する」ことは外に目を向けることであり、地域と広く関わり、地元の人々と「つながる」ことでもある。これは医師がその地で自分らしい働き方を見つけ、地域に定着するためにも非常に重要な取り組みだ。さらに、そうした医師の姿や取り組みを情報発信することで、興味を持った医師が地域に集まるという好循環が生まれる。

田上氏は登米市の地元FMラジオでパーソナリティーもしている。住民に向け、予防医療や健康情報について発信しており、最近では「登米・新型コロナ情報局」と銘打って、COVID-19の情報発信を行う。さらに「coFFee doctors」というカフェを登米市の診療所近くに開設し、住民の医療相談や医療に関するイベントを開催している。また、Web版「coFFee doctors」は「挑戦する医師を発信するWebメディア」として開設され、それぞれの地域で社会課題の解決に向けて取り組む医師たちのインタビュー記事を発信している。これらも地域と「つながる」大切な活動だ。

「社会課題に取り組む医師たちの姿を多くの人が知ることで、新たなつながりが生まれ、行政や企業からのオファーが来るなど、医師の活躍の場が広がっていきます。そして、地域に新たな仕事と雇用が生まれ、人々が定着する。僕たちの活動には、活躍の場を求めている医師を支援する、という役割も含まれていると思っています」

実際に、こうした田上氏たちの活動に行政が注目し、やまと在宅診療所は2015年に登米市から行政アドバイザーに任命された。2019年には登米市から医師不足・偏在解決に向けた業務委託を受けるなど、新たな事業展開が次々に生まれている。

医療を通して日本社会の閉塞感や生きづらさをなくしたい

患者の生活全体をマネジメントする在宅医療は、今後さらに進む高齢化社会において最も重要な医療の一つであり、その魅力は患者の人生と向き合えることにある。

「長寿の患者さんの誕生日をご家族と祝いながら、かつてはお米作りに人生をかけていたとか、また他の患者さんからは、地元で女性初のタクシードライバーになったという話を聞きながら共に半生を振り返っています。患者さんそれぞれに人生のドラマがあるんですよね」と、田上氏は優しくほほ笑む。

やまと在宅診療所では、患者から聞いた半生を記録に残す活動もしている。患者の話をじっくり聞きながら、患者がいかにして最期まで幸せに生きられるかを共に考えている。

「60代で独居の肝臓がんの患者さんの家には、笑顔でいっぱいの家族写真や家族旅行のお土産が所狭しと置かれていました。こんなに幸せで輝いていた人が、最期を独りで迎えるのかと思うと寂しさを感じます。日本社会に漂う閉塞感や生きづらさを医療を通して何とか変えたいですよね」と、田上氏は言葉に大きな力を込めた。

「あなたは医者として何を為したいですか」

医師不足で地域が困っているから助ける。これも、「雨が降ったら傘をさす」ことである。しかし実際は、職場の組織にとらわれ、家庭の事情、教育面、資格取得の不安などから断念してしまう医師も多い。「やまとプロジェクト」はそうしたハードルをなくした。それぞれのライフスタイルに合わせ、移住しなくても地方で働けるシステムを作り、診療と並行しながら地域で挑戦したいこともできる。

また、やまと在宅診療所は、在宅医療専門医研修施設にも認定されており、日本プライマリ・ケア連合学会の総合診療専門研修プログラム連携施設として、都市部と地方を舞台にした教育を提供している。ここでは、どのような地域でも問題解決ができる医師を育成している。

「僕たちが目指す教育は理論で医療の正解を競うのではなく、患者さんの実例をみんなで話しながら、医療現場や地域の課題を解決できる人材・チームをつくることです。医師にとっては、一人ひとりの個性や能力を生かしながら活動することで本当の自分らしさを見つけることができます」

医師一人ひとりの価値観や能力、ライフスタイルを大事にしながら、それを社会の中で生かすことは、患者や人々を幸せにすることにもつながる。「やまとプロジェクト」のホームページを開くと、「あなたは医者として、何を為したいですか。」という言葉が訴えかけてくる。その答えは、医師の数だけあるが、根本にあるのは「困っている人を助けたい」「患者さんを幸せにしたい」という当たり前の思いであるはずだ。

当たり前のことを、当たり前にできる。それをかなえることは医師にとって最大の幸せだ。そのフィールドがやまと在宅診療所にはある。田上氏の活動が、東北の地から波紋のように全国に広がり、多くの医師が幸せになることで、日本社会も幸せになっていくのだ。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2021年3月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

たのうえ・ゆうすけ

1980 熊本県生まれ
2005 東京大学医学部 卒業
2005 千葉県国保旭中央病院 初期研修医
2007 千葉県国保旭中央病院 外科専修医
2010 東京大学医学部附属病院 腫瘍外科
2013 やまと在宅診療所 登米 開設
2014 医療法人社団やまと 設立

専門 総合診療科

愛読書:子供と一緒に読む恐竜図鑑
影響を受けた人:両親
マイブーム:たき火
マイルール:一期一会を大事に
座右の銘:雨が降ったら傘をさす

挑戦する医師につながるサイト「coFFee doctors」