多職種チームビルディングでレベルの高い腹腔鏡手術を実践 野原 京子

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
外科(食道胃外科)
医学博士
[Challenger]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

国立国際医療研究センターの食道胃外科で、胃の腹腔鏡手術の責任者を務める野原京子氏。国内で腹腔鏡が普及し始めたばかりの頃から手技を学び、同院での腹腔鏡手術の本格導入を進めてきた。高い手術のスキルを保つ一方、安全に手術を行うために、多職種のチームビルディングにおいても、その手腕を発揮している。さらに現在は、全国でもまだあまり実施されていない肥満症に対する外科手術にも力を注いでいる。結婚、出産、育児と、生活環境が変わる中で「やってみて駄目ならその時に考えよう」という柔軟な発想で、しなやかにキャリアアップをしてきた外科医野原氏の姿を追う。

徹底した周術期管理を行い 手術リスクの高い患者にも対応

腹腔内を映し出したモニターを見ながら、腹部に挿入された鉗子やメスを操作し、胃やリンパ節を切除する。1991年に日本で初めて胃がんに対する腹腔鏡手術が行われて以来、国内の実施件数は年々増え続けている。株式会社ケアネットが運営する「がん@魅せ技」という医師向けのWebサイトには、各領域における名医の手術動画が数多く公開されているが、その名だたる外科医の中に野原京子氏の名前も並んでいる。医師になって5年目のときに、「国内トップレベルの手術を学びたい」と、がん研有明病院の門をたたき、胃の腹腔鏡手術のトレーニングを積んだ。しかし、これまで決して手技にこだわって技術を磨いてきたわけではない、と野原氏は言う。

「もちろん技術はあって当たり前ですが、病院によって設備が違えば、患者それぞれの状態も違います。ですから、ただ技術にこだわるのではなく、助手を育てたり、手術室の環境を整えたりするなど、安全に手術を行うための管理こそが重要だと考えています」

現在、野原氏が勤務する国立国際医療研究センターの食道胃外科では、そうしたマネジメントの一つとして徹底したチーム医療が実践されている。周術期管理を行う「チームスクラム(SCRUM)」を結成し、食道と胃のがん手術の前後に、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、歯科・口腔外科医などの多職種メンバー全体でケアする体制だ。患者の高齢化に伴い、循環器・呼吸器疾患、代謝疾患などの持病を抱えているケースが増えているため、患者一人一人の手術リスクをチームで把握し多角的にサポートする。全ての患者に周術期リハビリテーションを行っているのも特徴だ。

「特に消化管の手術では、がんを切除するだけではなく、再建して口から食べられるようにすることが重要です。手術リスクの高い患者さんに対してもベストなパフォーマンスを行えるよう、チーム全体の力を上げなければなりません」

2年かけて作り上げた肥満外科手術のチーム体制

野原氏が取り組むチーム医療は肥満外科の分野でも発揮されている。同院では、糖尿病を発症している重度の肥満症患者に対し、胃を部分的に切り取る「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」を行っている。内科から肥満外科手術を手掛けてほしいと依頼があったのが2017年。野原氏はそれから2年かけて、多職種が連携するチーム体制を整えた。チーム作りに時間をかけたのには理由がある。

「肥満症の治療は手術で減量して終わりではありません。肥満症になる患者さんは、生活習慣や家庭環境、経済的事情や精神面の困難など、複雑な背景を抱えていることがあります。治療をするためには術前・術後のケアを通して、多職種がそれぞれの専門分野から関わることがとても大切なのです」

野原氏はスタッフと共に肥満外科手術のセミナーに参加し、何度もミーティングを重ねながらスタッフ全員が共通の認識を持てるようになるまでチームを率いていった。日本で腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が保険収載されたのは2014年からで、世界的に見てもアジア人のエビデンスは圧倒的に少ない。そのため野原氏は、手術が適応する条件や、術後のフォロー体制について検証する研究にも力を入れている。現在はコロナ禍で手術を停止しているが、代謝が改善し、糖尿病の改善につながるなど大きな成果を挙げているこの手術の再開が待たれている。

がん研有明で最高峰の手技学び 腹腔鏡手術を専門に決める

今でこそ医師を志す女性は少なくないが、当時、野原氏が入学した医学部には女子学生が一学年にわずか11人しかいなかったという。小中高と女子校に通った野原氏にとっては、まるで男子校のような状況。それでも「女性だから」と意識することはほとんどなかった、と振り返る。外科を選ぶことには迷いはなかったのだろうか。

「研修を受けてみて、もし外科に向いていなかったらその時に考えればいい。それよりもまずは一人前の研修医になることを目標にしよう、と思っていました」

研修先のNTT東日本関東病院は、若手でも積極的に手術をさせてもらえる環境で、とにかく多くの症例数を積んだ。そして自分の裁量でできることが増えるにつれて、外科医の仕事にやりがいを感じるようになっていく。だが、その一方で、経験を積んだからこその悩みが生まれていた。

「手術は上級医が付いてくれるので、なんとなくできてしまう。でもそうした手技の習得に対して、知識が追いついていないと感じるようになりました。外科医としてもっと成長するにはどうすればよいかと悩んだ時期でした」

そこで医師5年目にして志願したのが、がん研有明病院での勤務だった。国内トップレベルの手術を学びたいと考えたのだ。実際にそこで働くようになって見えてきたのは、定型化した手術を行える強みである。特に腹腔鏡手術に対するイメージは大きく変わったという。

「それまでは腹腔鏡手術の良さが分からなかったのですが、『この場面ではこうする』と定型化されていることで誰がやっても同じくきれいな手術ができる。患者さんも元気に帰っていく。それで腹腔鏡手術を極めようと思いました」

定型化された手術は、若手の教育に向いており、また、手術中のわずかな異常を発見できるメリットがある。こうして腹腔鏡手術の症例経験を増やしていく中で、術後に合併症を起こして苦しむ患者も目の当たりにした。今でも強く印象に残っている患者がいる。

「私が執刀した患者さんではなかったのですが、術後に重い合併症を引き起こした方がいました。連日泊まり込みで治療を続けたものの、命を救えず、最後にお見送りするときには、体から力が抜けて涙が止まりませんでした」

患者の家族からは「あなたはずっとそばで診てくれて、一生懸命がんばってくれた」と声を掛けられたが、野原氏は申し訳なさと悔しさでいっぱいだった。合併症を起こさないためにはどうすればよいのか―。その考えがチーム医療に力を入れる原動力になっていく。

名医一人では成り立たない手術 強力なチーム作りに奔走

2011年にNTT東日本関東病院に戻った野原氏は、腹腔鏡手術を安全に行うためのチームビルディングに取り組んだ。しかし、医師になって9年目という中堅のポジションであった野原氏にとって、手術チームの改革は容易なことではなかった。そこで発案したのが、鏡視下手術のワーキンググループの立ち上げである。消化器外科だけでなく、呼吸器、産婦人科、泌尿器科の4科が診療科の垣根を越えて、手術環境の改善や若手を育てるための教育システムを構築するために共に学ぶ場を設けたのだ。

「他科でも似たような問題を抱えているのではないかと思い、各科の部長に声を掛けたら、『実はうちでも困っている』と。鏡視下手術は名医が一人いればできる手術ではなく、助手のレベルも手術のクオリティーに大きく影響します。チーム医療の重要性が、全科共通の認識になっていたのだと思います」

野原氏は、医師だけでなく手術に関わる看護師や臨床工学技士もワーキンググループのメンバーに加え、定期的に勉強会を行った。時には内視鏡のトレーニングセンターに行き、ブタを使って手術をシミュレーションしながら一つ一つの動きを確認していく。

「手術室と同じ環境を作り、『こういうときはこんな動きをしてほしい』『ここではこの器具がほしい』と、実際に体を動かしながらメンバーに伝えていきました。看護師が手術を行うなど、普段とは違う役割を担うことで見えてきたものがたくさんあります」

執刀医を体験した看護師からは、「自分に何が求められているかが分かった」といった声が挙がった。トレーニングを通して、多職種スタッフを含めたチームの一体感が生まれたことがなにより収穫だったという。

「時間の決め」で育児と両立 外科医不足も解消できる

現在、小学2年生になる子どもを育てながら臨床に携わる野原氏。昨年からダ・ヴィンチ手術も始め、新しい挑戦を続けているが、女性の外科医としては特異なキャリアを選択している。

「私が子どもを産んだのは、外科医として独り立ちできた時期だったのですが、すぐに臨床に戻るのは難しいだろうと思っていました。それなら思い切って臨床からはいったん離れて、研究をしようと決めたのです」

秋に出産し翌年の春に慶應義塾大学大学院に入学。胃のリンパ腫に関する動物実験をテーマに研究を始めた。その半年後には、現在勤務する国立国際医療研究センター消化器外科診療部門長の山田和彦氏から、「胃の腹腔鏡手術の責任者として来てほしい」と声が掛かった。そこで外科医として臨床に復帰。不安もあったが「やってみて駄目ならその時に考えよう」と、気持ちは前向きだった。

野原氏は、子育てと仕事の両立で一番大切なのは〝時間の決め〞だという。出勤、退勤時間を事前にしっかりと協議し、時間内に手術を終えられるよう1日のスケジュールを立てる。

「朝9時に幼稚園に子どもを送り、9時半には手術を始める。そんな働き方を許してもらえたのは本当にありがたいことでした」

昨今、外科医不足が叫ばれる中、その問題を解決するには外科医全体の働き方を見直すことが必要だと野原氏は考えている。

「育児や介護などハンデのある人が一方的に頼るのではなく、誰もがお互いにサポートし合える関係が築ければもっと働きやすくなるはずです。私自身、これまでたくさんの人に応援してもらって仕事を続けてこられたので、これからは後に続く人たちに少しでも還元していきたい。そのための環境作りの一翼を担えればと思っています」

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2021年7月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

のはら・きょうこ

2002 東京慈恵会医科大学 医学部医学科 卒業
2002 NTT東日本関東病院 初期研修医
2004 NTT東日本関東病院 外科
2007 がん研有明病院 消化器外科
2011 NTT東日本関東病院 外科
2015 国立国際医療研究センター病院 食道胃外科

資格・学会
日本外科学会(外科専門医・指導医)
日本消化器外科学会(消化器外科専門医・消化器がん外科治療認定医)
日本内視鏡外科学会(技術認定取得者)
日本消化器病学会(消化器病専門医)
日本食道学会(食道科認定医)
日本肥満症治療学会(評議員)
ICD制度協議会(インフェクションコントロールドクター)
日本がん治療認定医機構(がん治療認定医)

愛読書: 『自分の感受性くらい』茨木のり子(著)
影響を受けた人: (強いて言えば)出会った人全て
好きな有名人: レディー・ガガ
マイブーム: ピラティス、ガーデニング
マイルール: しっかり寝る、嫌なことは忘れる
宝物: 家族
座右の銘: 臨機応変、ピンチはチャンス