がん研有明で最高峰の手技学び 腹腔鏡手術を専門に決める
今でこそ医師を志す女性は少なくないが、当時、野原氏が入学した医学部には女子学生が一学年にわずか11人しかいなかったという。小中高と女子校に通った野原氏にとっては、まるで男子校のような状況。それでも「女性だから」と意識することはほとんどなかった、と振り返る。外科を選ぶことには迷いはなかったのだろうか。
「研修を受けてみて、もし外科に向いていなかったらその時に考えればいい。それよりもまずは一人前の研修医になることを目標にしよう、と思っていました」
研修先のNTT東日本関東病院は、若手でも積極的に手術をさせてもらえる環境で、とにかく多くの症例数を積んだ。そして自分の裁量でできることが増えるにつれて、外科医の仕事にやりがいを感じるようになっていく。だが、その一方で、経験を積んだからこその悩みが生まれていた。
「手術は上級医が付いてくれるので、なんとなくできてしまう。でもそうした手技の習得に対して、知識が追いついていないと感じるようになりました。外科医としてもっと成長するにはどうすればよいかと悩んだ時期でした」
そこで医師5年目にして志願したのが、がん研有明病院での勤務だった。国内トップレベルの手術を学びたいと考えたのだ。実際にそこで働くようになって見えてきたのは、定型化した手術を行える強みである。特に腹腔鏡手術に対するイメージは大きく変わったという。
「それまでは腹腔鏡手術の良さが分からなかったのですが、『この場面ではこうする』と定型化されていることで誰がやっても同じくきれいな手術ができる。患者さんも元気に帰っていく。それで腹腔鏡手術を極めようと思いました」
定型化された手術は、若手の教育に向いており、また、手術中のわずかな異常を発見できるメリットがある。こうして腹腔鏡手術の症例経験を増やしていく中で、術後に合併症を起こして苦しむ患者も目の当たりにした。今でも強く印象に残っている患者がいる。
「私が執刀した患者さんではなかったのですが、術後に重い合併症を引き起こした方がいました。連日泊まり込みで治療を続けたものの、命を救えず、最後にお見送りするときには、体から力が抜けて涙が止まりませんでした」
患者の家族からは「あなたはずっとそばで診てくれて、一生懸命がんばってくれた」と声を掛けられたが、野原氏は申し訳なさと悔しさでいっぱいだった。合併症を起こさないためにはどうすればよいのか―。その考えがチーム医療に力を入れる原動力になっていく。