外科医として目を肥やし、技を磨く 江花 弘基

医師のキャリアコラム[Challenger]

東京都立墨東病院 呼吸器外科 医長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

1つの孔(ポート)から内視鏡で肺の手術を行う単孔式胸腔鏡下手術。中国を中心としたアジアや欧州の一部地域で発展したその術式を、国内でいち早く取り入れたのが江花弘基氏だ。これまでに500例以上の単孔式胸腔鏡下手術を手掛けるトップランナーとして、全国から手術見学やハンズオンセミナーの依頼が殺到している。難易度が高く、一度は「無理だ」と諦めかけたという単孔式の手技をどのように習得したのか。その歩みを追い掛けたい。

肺がんで3.5cm、気胸で1.8cm 最小限の傷口で低侵襲な手術を

体を側臥位にし、横たわる患者の前方に立ち、電気メスと鉗子を巧みに操る外科医―。患者の脇の下に開けているのはわずか3.5cm、1カ所の傷口だ。執刀するのは、東京都立墨東病院で呼吸器外科を率いる江花弘基氏。午前中には原発性肺がんに対する右上葉切除、午後からは転移性肺がんに対する右肺腫瘍切除といったように、同院では単孔式胸腔鏡下手術(Uniportal VATS:以下、単孔式手術)が日常的に行われている。

究極の胸腔鏡下手術ともいわれる単孔式手術は、1つの孔に胸腔鏡と鉗子を挿入して行う術式のことである。肺がんであれば最小で3.5cm、気胸などの良性肺疾患であればわずか1.8cmの小さな傷口で手術ができる画期的な方法だ。肺がんの3.5cmというのは、切除肺を体外に摘出するための最小限の大きさで、物理的にそれ以上は小さくできない。1カ所のみの肋間損傷で疼痛が少なく、整容面が優れていることに加えて、術後の合併症が起きにくいため肺がんで術後4~5日、気胸では翌々日の早期退院が可能である。

これまで500例以上の単孔式手術を手掛けてきた江花氏は、「いたってシンプルな方法」だと語る。同院の単孔式手術の割合は年々増加しており、1例目を気胸で実施して以降、原発性肺がん、転移性肺腫瘍、縦隔腫瘍へとその適用を広げている。

「単孔式手術が絶対なのではなく、うまくできなければ孔を追加すればいいとシンプルに考えています。最低限の孔から始めれば、それができる。大切なのは安全な方法を見極めることです」

低侵襲な手術を重視する背景には、高齢化率が高く、合併症のある患者を多く診なければならない病院の地域性もある。単孔式手術は傷口の治りが早く、術後に化学療法が必要な場合でも早期に治療を始めることができる。患者のADLを下げずに自宅に帰すためにはどうすればよいか。その方法を追求した先にあったのが単孔式手術だった、と江花氏は振り返る。

難しいからこそ挑戦する 呼吸器外科の道

『ブラック・ジャック』を読み、外科医になることを目指したという江花氏。呼吸器外科を専門に選んだのは、難易度の高い手術に惹かれたからだった。

「いろいろな手術を見た中で一番難しいと思ったのが肺の手術でした。動いている肺に対して、少しでも手元が狂えば大量出血してしまう。止血するのも至難の業で、術中の死亡率が他の臓器に比べて高い。だからこそ呼吸器外科医になろうと思いました」

難しい手術にチャレンジすることに迷いはなかった。山形大学を卒業後、当時、数少なかった単科の呼吸器外科を開設していた千葉大学に入局し、小開胸手術の手技を磨いた。その後は、気胸の専門治療や救急医療を経験し、さらに多くの症例を手掛けるために医局を離れる決断をした。

「呼吸器外科は簡単な手術がほとんどないので、若いうちに手術を任せてもらえる施設が少なかったのです」

1例でも多く執刀したいという思いから、一般外科で消化器の手術にも携わるようになった。

「その頃、臍を縦に2~3cm切開して、1つの孔から内視鏡で胆嚢摘出や虫垂炎の手術を行う単孔式腹腔鏡下手術(SILS)を行っていたのですが、肺の単孔式手術を始めるのに抵抗がなかったのは、その経験があったからかもしれません」

いずれは地元でという希望もあり、2011年に東京都立墨東病院に赴任。呼吸器外科を立ち上げると、2013年からは順天堂大学大学院医学研究科で気胸の基礎研究に従事した。そして2017年に再び墨東病院に戻ると、まずは4つの孔で行う胸腔鏡下手術を導入した。当時、国内には3ポート、4ポート、姫路式などいくつかの多孔式胸腔鏡下手術があり、それぞれが技術を高めている段階にあった。その中で江花氏に多孔式ではなく単孔式を勧めたのは、山形大学の恩師、大泉弘幸氏である。

「まだ日本では取り入れている医師はほとんどいませんでしたが、海外の情報に精通している大泉先生は『これからは単孔式手術の時代が来る』と先を読まれていました」

世界に追い付くために YouTubeで手技を研究

世界で初めて呼吸器外科領域に単孔式手術が導入されたのは2004年。その後、2011年にスペインのDiego Gonzalez-Rivas氏が肺がんの肺葉切除をしたことで、一気に注目が集まった。日本はそれに遅れること6年…。

「今からでも追い付ける」

江花氏はそう確信していた。それからは海外で発信されている単孔式手術の撮影動画をYouTubeで探し出し、ひたすら見続ける日々。中でも目に留まったのが、中国のJunqiang Fan氏の手技だった。

「左下葉切除の症例で、膜をつままずに血管床を剝離していたのです。これまで見たこともないエナジーデバイスの使い方に驚きました」

動画だけを頼りに手技を研究し、2018年には気胸の症例で初めて単孔式手術に挑戦した。手術は無事に成功したものの、あまりのやりにくさに「これは無理だ」と感じたという。

「単孔式にしたことでクオリティが低くなるのならやらない方がいい。この術式は日本では普及しないだろうと思いました」

その気持ちが変わったのは、台北の和信治癌中心醫院でChia-Chuan Liu氏の手術を見学したことがきっかけだった。圧倒的な技術力とクオリティの高さを見せつけられたのだ。

「特にやりにくさも感じさせず、肺葉切除、リンパ節郭清が行われていました。一度は習得を諦めかけましたが、実際に習得している手技を見たことで意識が変わりました」

再び単孔式手術への意欲が湧いてくると同時に、日本がガラパゴス化している状況には危機感を覚えた。多孔式手術を突き詰めるあまり、海外で進化している術式を取り入れなくなっているのではないか―。

1つの孔に1つの鉗子という これまでの概念を変える

そうした状況を打破し、日本で単孔式手術を広めるために江花氏が必要だと考えたのが、まず道具をそろえることだった。そこで、中国で使われていた上海鉗子をモデルに改良を加え、先端の曲がった吸引管や剝離鉗子など日本オリジナルの器具を開発。

「膜をつまむのではなく、吸引管を当ててテンションをかけながら剝離する。専用の器具を使うことで、その繊細な手技が可能になりました」

当初、やりづらさの原因となっていた器具同士の干渉を避けるために、軸を意識しながら操作するスタイルに変えた。曲がり鉗子や長さの異なる鉗子を前後に組み合わせて使うことで、操作性は格段に向上した。さらに、エナジーデバイスを使いこなすための実験にも取り組んだ。豚肉にデバイスを押し当てて、どの角度でどのくらい接触すると組織に損傷が起こるのか、熱伝導を調べていく。その結果、自分の手と同じような感覚でデバイスを使いこなせるまでになった。

「よく多孔式を経験してから単孔式を始めた方がいいのか聞かれますが、どの段階で学ぶのが正解と決まっているわけではありません。自分がそのときにやりたいと思った手術を取り入れればいいと思います。ただ、単孔式は前方からのアプローチが多くなるため、解剖学の知識や空間認識能力が求められます。自分の能力を正しく見極めることも必要です」

YouTubeに自身の単孔式手術の動画を投稿しているのは、若手の医師たちに目で見て学んでほしいと思っているからだ。

「手術がうまくなりたかったら、目を肥やすしかない。ひたすら手術のことを考えて、見学をして、動画を見て、もちろん論文も読む。それによって目を肥やし、知識を養い、その後に技術が身に付いていくのです」

世界中の仲間たちと共に 柔軟な姿勢で学び続ける

単孔式手術の手技を習得してからも、江花氏は定期的に上海や台湾に行き、継続的に学ぶ努力を怠らない。2019年11月には「上海November Super Team」の一員として、世界一の手術件数を誇る上海肺科病院で、2週間の単孔式手術プログラムに参加した。同院は年間1万2000件の肺がん症例を扱い、多いときには1日100件余りの手術に対応している。

「学びたいと思ったら、海外でもどこでも一人で行きます。一番邪魔なのはプライドなのです。今はネットで世界中の医師たちとつながることができる時代。自分からどんどん発信するべきです」

最近では、日本でも単孔式手術の広がりを実感できるようになった。すでに全国の病院が導入に向けて動き出しており、江花氏が立ち上げに尽力した施設も数多くある。さらなる活動として、普及に取り組む医師たちと共に「Uniportal VATS Super Team in Japan」を発足。月1回のWEB研究会やラボでのトレーニング、時には一緒に手術をしながら技術の研鑽を積んでいる。約70人の医師が参加し、情報共有の場として活発な議論がなされている。

「今後、単孔式手術が胸腔鏡下手術の主流になっていくのは間違いないでしょう。特に気胸に関しては、最小限の傷で手術をしてほしいという患者のニーズが高まっているのを感じます」

すでに単孔式手術で肺がんの区域切除も行っている江花氏。しかし、気管支形成や肺動脈形成など、さらに複雑な手術への応用は考えていないという。

「私が教わったコンセプトは『Strictにならない』なので、無理のない手術をするのが基本。症例によって開胸がベストであれば、単孔式手術にこだわるつもりはありません」

単孔式手術は一つの手段であって、結果ではない。結果はあくまでも患者を安全に治療すること。

「だから、これからも良いと思った術式は柔軟に取り入れていきたい」

そう話す外科医の目は意欲にあふれていた。

P R O F I L E
プロフィール写真

東京都立墨東病院 呼吸器外科 医長
江花 弘基/えばな・ひろき

2003 山形大学 卒業
2017 順天堂大学大学院 卒業

千葉大学附属病院呼吸器外科、玉川病院(気胸研究センター)、松戸市立病院(救命救急センター、呼吸器外科)、東京都保健医療公社大久保病院(一般外科)、秀和綜合病院(呼吸器外科)、東京都立墨東病院 (胸部心臓血管外科)、順天堂大学呼吸器内科(基礎研究)などを経て現在に至る。

受賞歴

2016 第18回IREF Research Award受賞
2016 RLDC2016 Travel Award受賞
2016 第20回日本気胸・嚢胞性肺疾患学会優秀演題賞受賞
座右の銘: 為せば成る 為さねば成らぬ何事も
成らぬは人の為さぬなりけり(上杉鷹山)
愛読書: 『壬生義士伝』
尊敬する人: 土方 歳三
影響を受けた人: 鈴木 健司(順天堂大学医学部附属順天堂医院 呼吸器外科 教授)
好きな芸能人: 高田 純次
マイブーム: YouTube視聴、キックボクシング、新陰流兵法、軍隊格闘技、アメリカ株投資
マイルール: とりあえずやってみる、後は何とかなる。
宝物: 友達と後輩

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2021年12月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。