耳鳴り治療で患者に希望を 新田 清一

医師のキャリアコラム[Challenger]

済生会宇都宮病院 耳鼻咽喉科
主任診療科長・聴覚センター長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/小山英樹

耳鳴りは治らない―。その常識を覆し、効果的な治療法を見つけ出した医師がいる。聴覚診療のエキスパートとして知られる新田清一氏だ。補聴器を用いた「宇都宮方式聴覚リハビリテーション®」で、耳鳴りが大幅に改善することを実証した。治療実績は15年間で6000人に上り、専門外来の予約は1年9カ月待ちの状況だ。それまで不可能とされてきた耳鳴り治療において、新田氏はいかにして光を見出したのか。その軌跡に迫る。

補聴器診療で耳鳴りが改善 画期的なトレーニングメソッド

済生会宇都宮病院の耳鼻咽喉科に、全国から患者が殺到する補聴器・耳鳴りの専門外来がある。同院で実践しているのは、「宇都宮方式聴覚リハビリテーション®(以下、宇都宮方式)」と呼ばれるトレーニングメソッドだ。考案したのは耳の診療を専門とする新田清一氏である。国内で耳鳴りに悩む患者は約300万人に上り、原因不明の耳鳴りで悩む患者のうち9割以上には難聴があるとされている。耳鳴りが発生する原因は明らかになっていないが、新田氏は一つの仮説を立てている。

「難聴によって音の電気信号が脳に届きにくくなると、脳が電気信号の不足を感知し、その不足を補おうと活性を高めることで電気信号を増幅。その結果、耳鳴りが発生するのではないか。難聴や耳鳴りは耳の疾患ではなく、脳の疾患だと考えています」

新田氏が考案した宇都宮方式は、補聴器を用いたトレーニングをすることで、脳の状態を正常に近づけていくものである。補聴器をつけ続け、脳を音に慣れさせることを重視しているため、医師による教育的指導・カウンセリングと聴覚を専門とする言語聴覚士による補聴器の調整、リハビリが欠かせない。

「補聴器をつけ始めたばかりの患者さんは、うるさいと感じてつい外してしまう。それではいつまでも脳が音に慣れません。特に最初の1、2週間はどんなにつらくても、朝起きてから夜寝るまでつけ続けることが重要です。音の刺激を与えることで、徐々に脳が変化していきます」

装着時間を徐々に延ばしていく従来のリハビリとは異なり、3カ月後にはほとんどの患者が補聴器を常時装用できる状態になるという。さらに、耳鳴りの苦痛がある患者のうち9割近くが改善したと回答。この画期的なリハビリ法によって、それまで不可能とされてきた耳鳴りの治療に光が差し込んだのである。

新田氏が医師になったばかりの頃、効果的な治療法がない耳鳴り診療は、耳鼻咽喉科の医師たちにとってはできれば避けて通りたい分野だった。ましてや研究テーマにするなどありえない、と考えられていた。新田氏がなぜその険しい道を選んだのか。これまでの歩みを見ていきたい。

恩師の姿が診療の原点 精密な手術手技を学ぶ

慶應義塾大学を卒業後、手術をしたいという思いで耳鼻咽喉科学教室に入局した新田氏。対象患者は新生児から高齢者まで幅広く、治療法も内科的・外科的と全てを網羅できるところに魅力を感じたという。医師になって5年目、専門分野を決めるときに一番興味が湧いたのが、耳の診療だった。耳の手術は難易度が高く、術者に高い技術力が求められる。

「耳の手術はがんなどの摘出手術と違い、機能改善が目的です。自分の腕次第で患者さんが良くも悪くもなる。それが難しさであり、面白さでもあると感じました」

慶應義塾大学の耳科研究班に所属した新田氏は、そこで恩師である小川郁氏(現・名誉教授)と出会った。小川氏の診療風景は、新田氏の診療スタンスの原点でもある。

「まだ若かった私は、経験不足を補うために自分の知っていることをたくさん話していたのですが、小川先生は患者さんの話をじっと聞いて頷くだけ。それで患者さんは安心して帰っていく。人間力で診療していることに驚きました」

小川氏が執刀した300例以上の手術でサポートに入った経験が、手技の研鑽につながった。

「私が大学病院を離れるとき、小川先生からは『これだけたくさんの手術を見れば、後は自分の手を動かすだけだから大丈夫だ』と背中を押されました。当時の経験が、確実に今の私の力になっています」

専門外来で多くの患者に対応 耳鳴り治療に感じた限界

新田氏が耳鳴りを専門に選んだのは、小川氏から「君は耳鳴りが好きだよな」と声をかけられたのがきっかけだった。しかし、いざ足を踏み入れた耳鳴り診療の実状は想像以上に厳しいものだった。

当時、慶應義塾大学の耳鼻咽喉科には、主任教授として耳鳴りの研究をしていた神崎仁氏が在籍しており、専門外来には全国から症状の重い患者が集まってきていた。患者たちにとってはそこが最後の砦だったのだ。新田氏の胸には、「たとえ治せなくても、せめて納得してもらえる診療をしたい」という思いが湧いていた。患者に納得してもらうには丁寧な説明を要するため、外来はいつも19時過ぎまでかかったという。

その頃、新田氏が診療に取り入れていたのは、アメリカ人医師のJastreboff氏が考案したTRT療法である。耳鳴りのメカニズムを患者に説明する指示的カウンセリングと、サウンドジェネレーターで雑音を流す音響療法を組み合わせたものだ。耳鳴りが聞こえても苦痛を感じない状態にしていく、いわば「耳鳴りを慣らす」治療法である。患者の納得感はある程度高まったものの、自覚的な耳鳴りの大きさが改善した患者は3割程度にとどまり、顕著な効果は見られなかった。

「他に治療法がない患者さんにとっては意義のある治療だったと思いますが、治せたという実感は持てませんでした。正直なところ、耳鳴り治療の限界を感じました」

難聴患者への補聴器診療で耳鳴りの症状に大きな変化が

行き詰まっていた耳鳴り治療に大きな転機が訪れたのは、2004年に新田氏が済生会宇都宮病院に赴任し、聴覚診療のチーム体制を整え始めたことがきっかけだった。新田氏には自身が率いる耳鼻咽喉科を、耳の分野で日本トップクラスの診療チームにしたいという強い思いがあった。そこで必要になったのが聴覚を専門とする言語聴覚士の存在である。

「例えば人工内耳の埋め込み手術でも、術後のリハビリは結果を左右するほどに重要なもの。しかし全国に2万人いる言語聴覚士の中でも、聴覚を専門とする人材はわずか1%足らずでした」

その貴重な人材を確保するために、新田氏は言語聴覚士を養成する国際医療福祉大学まで出向いた。そこで紹介されたのが、現在、補聴器診療を担当する言語聴覚士の鈴木大介氏である。日本では国家資格を持たない販売業者が補聴器を扱っており、ほとんどの耳鼻咽喉科では補聴器の調整は業者に任せてしまっているのが実情だった。どうすれば難聴の患者に補聴器が適合するか、補聴器で少しでも聞こえを改善できないか、新田氏と鈴木氏は二人三脚で解決策を模索した。

「ゼロから始めたので苦労の連続でしたよ。毎日のように患者さんの測定データを見ながら二人で話し合い、思い当たることは一つ一つ全て実践しました」

そうした努力の日々の中で、患者たちにはある変化が表れていた。

「しばらくすると難聴の患者さんから『最近、耳鳴りがなくなった』と言われることが増えていったんです。これは…と思い統計をとったところ、驚きの結果が出ました」

2009年に耳鳴りの支障度に関する問診票(THI)のデータを基に、外来を受診した患者たちの耳鳴りの状態を点数化したところ、補聴器をつけ始めた患者の耳鳴りが劇的に改善していたのである。それも中程度の症状があった患者が、ほぼ耳鳴りを気にしない状態になるなど、明らかな改善が見られたのだ。そこから新田氏が導き出したのが、前述した耳鳴り発生のメカニズムなのである。

宇都宮方式が補聴器診療の新たなスタンダードに

宇都宮方式を学ぶために、新田氏の下には全国から耳鼻咽喉科の医師や言語聴覚士が見学に訪れる。これまで150人以上がノウハウを学び、50以上の病院で取り組みがスタートしているという。

「耳鳴りは治らない、補聴器は業者に任せておけばよい。そうした考え方が変わってきているのを感じます。すでに若い医師たちにとっては、補聴器を使った耳鳴りの治療がスタンダードになりつつあるのではないでしょうか」

さらに新田氏は現在、補聴器の調整を簡便にするための補聴器フィッティングソフトやトレーニングアプリ、耳鳴り治療アプリの開発にも携わっている。

「私たちが提供している治療をデジタル化することで、日本中、世界中で困っている難聴や耳鳴りの方たちの手助けになればと考えています。待っている患者さんがたくさんいるのを実感しているので、少しでも早く治療につながるように活動を広げていきたい」

その取り組みの一つとして、都内の難聴・補聴器診療専門クリニックの開設にアドバイザーとして携わっている。近年では、難聴が認知症やうつ病発症の大きな要因となるということも明らかになってきた。今後ますます聴覚診療の重要性は高まるだろう。

「耳鳴りが良くなった患者さんから、『先生のところに来るまでは死のうと思っていた』と打ち明けられたことが何度もあります。そのくらい耳鳴りはつらいものです。この患者さんは私が診たからこそ救えたのだ、と思える瞬間がある。それが医師としてのやりがいにつながっています」

P R O F I L E
プロフィール写真

済生会宇都宮病院 耳鼻咽喉科
主任診療科長・聴覚センター長
新田 清一/しんでん・せいいち

1994 慶應義塾大学 医学部 卒業
1994 慶應義塾大学 医学部 耳鼻咽喉科学教室 入局
2004 済生会宇都宮病院 耳鼻咽喉科 主任診療科長・聴覚センター長
2010 ヨーロッパで臨床留学(ベルギーのセント・アウグスティヌス・ホスピタルなど)

慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室客員講師、日本聴覚医学会代議員、日本耳科学会代議員、日本耳鼻咽喉科学会栃木県地方部会補聴器キーパーソンなどを兼務。専門は、聴覚医学(耳鳴り、補聴器、小児難聴など)、耳科学(中耳手術、人工内耳手術など)

これからのミッションは?: 難聴・耳鳴りで困っている全ての方を幸せにする!
愛読書: 『7つの習慣』スティーブン・R・コヴィー(著)
マイブーム: お酒(自然派ワイン、クラフトビール、日本酒)

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2021年9月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。