自家培養表皮を導入した 広範囲熱傷の新たな治療法
上田氏が熱傷の専門治療を手掛けるようになったのは、救急医になって7年目のときだった。兵庫医科大学病院に勤務していた当時、熱傷専門のベテラン医師が脳梗塞になり、専門的な手術をできる人がいなくなってしまったのだ。その間に、何人もの患者が治療の手だてがないまま亡くなっていった。
「それを見るのが嫌だったんです。だから、誰もやらないなら僕がやろうと決めました」
それからは、一線を退いた同ベテラン医師の立ち会いの下、口頭で指示を出してもらいながら熱傷手術を学んだ。「とにかく必死だったので、しつこいくらい質問しました」と当時を振り返る。
2009年に自家培養表皮が保険適用になったことで、広範囲熱傷の治療は飛躍的に進化した。それまで全身の皮膚の30%以上に及ぶ広範囲熱傷では、アログラフトという亡くなった人の皮膚を移植する治療法を取っていたが、1カ月以内に死亡するケースがほとんどだった。延命にはなるものの根本的な治療法はなく、諦めるしかない状況だったのだ。
保険適用から数カ月後、上田氏は全国に先駆けて自家培養表皮を使った広範囲熱傷の手術を実施した。手術をした40代男性は、救命できただけでなく、その後、社会復帰を果たすまでに回復した。
「自家培養表皮を使えば広範囲熱傷でも命を救うことができる。画期的な治療法だと思いました」
自家培養表皮は患者自身の細胞を使うため、免疫拒絶反応が極めて少なく、ドナーからの提供を待たなくてもいいメリットがある。さらに切手ほどの大きさの皮膚から、体表全面を覆う表皮の細胞シートが作成できる。その一方で、健常な皮膚から細胞を培養するまでは最低でも3、4週間かかるため、いかに適切な全身管理をするかが重要になる。なぜなら広範囲熱傷では、最初の数日間が最も死亡するリスクが高いからだ。その全身管理でも上田氏は強みを発揮している。感染症の管理や抗菌薬の使い方、呼吸循環の集中治療など、徹底した全身管理で、自家培養表皮の移植へとつなげているのである。
同じ時期に開発された人工真皮も、広範囲熱傷の治療を後押しした。上田氏は、自家培養表皮と人工真皮を合わせて使うことによって、広範囲熱傷の新たな治療法を確立した。
京アニ事件以降、上田氏の元には全国から指導の依頼が殺到している。全国にいる日本熱傷学会認定熱傷専門医は365人(2022年6月現在)。救急医の中でも、重症熱傷の治療ができる医師は非常に少ない。
「重症熱傷は以前と比べて少なくなったものの、決してゼロにはなりません。僕が鳥取に来てからの1年間で重症熱傷の搬送は17件。対象人口が100万人に満たないこの地域でさえ、それだけの搬送があるのですから、都市部ではもっと専門医が必要なはずです」
重症の広範囲熱傷に対する治療は、決して自分にしかできないものではないと強調する上田氏。現在、熱傷治療の指針となる本の執筆を進めており、これまで以上に専門医の育成に力を尽くすという。