臨床での応用に向けた 行動経済学的なアプローチ
心不全緩和ケアと並び、水野氏がミッションに掲げているのが、医療現場における行動経済学的アプローチである。大阪大学で人間科学について研究をする平井 啓氏や大竹 文雄氏の下で学んだ後、2020年からはアメリカのペンシルベニア大学に留学し、行動経済学の研究手法を修得した。
医療現場での行動経済学的アプローチには二つの方法があると水野氏はいう。一つは、直接的に患者の行動変容を促す介入方法を工夫するもの。例えば、アプリを使い、運動をすればポイントをもらえるサービスなどである。水野氏はそうしたアプリの開発にも携わっている。
「ポイントを与えるしくみだと、一定の効果はあるものの持続するのが難しい。そこで、運動をしなければすでにあるポイントを減らしていくしくみにすると、損失を回避したいという意識が働き、継続しやすいことが分かっています」
もう一つは、行動経済学を意思決定のサポートに用いるもの。例えば、「神の手」と呼ばれるような外科医が執刀しても合併症のリスクはあり、ゼロにすることは難しい。術前の患者にその数値と、数値の解釈の仕方を説明することで、意思決定をサポートする。そうしたアプローチは、世界の医療現場でもまだあまり実践されていない。
「あと数年のうちに数値の精度が上がり、『何%の確率で予後はこうなる』ということがもっと明示されてくるはずです。その数値に対して、医師や患者さんがどのような判断をしていけばよいのか。道筋を立てていくのが私の目標です」
その際、医師が直接、患者に数値を伝えるのではなく、事前にデジタルで情報を提供しておくのがベストだと水野氏は考えている。医師と患者が共通の認識を持った状態で話し合うことで、これまで以上に患者の意思決定をサポートできるという。
「行動経済学的なアプローチを臨床で活用していくには、まだまだ試行錯誤が必要です。ただ、人の判断は合理的ではなく、診療では医師にもバイアスが働いている、など行動経済学の知識が一つの判断材料として役立つ場面は多くあるのではないでしょうか」