皮膚への飽くなき探求心で世界に先駆けたアトピー新薬を開発 椛島 健治

医師のキャリアコラム[Challenger]

京都大学大学院 医学研究科 皮膚科学 教授

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/太田未来子

近年、国内のアトピー性皮膚炎の薬剤開発が活況を迎えている。2018年からの4年間で、新たに7つの治療薬が開発された。長らく新薬が誕生しない“冬の時代”が、ようやく終わりを迎えたのである。7つのうち、2つの治療薬の開発に多大なる貢献を果たしたのが、京都大学大学院の椛島 健治氏だ。皮膚の炎症とかゆみを改善し、バリア機能も回復させる世界初の非ステロイド性外用薬のデルゴシチニブと、かゆみに特化したネモリズマブを開発。次々と新薬を生み出す原動力は、「治せない疾患をなくしたい」という臨床医としての決意と、「分からないことを明らかにしたい」という研究者としての飽くなき探究心だった。

皮膚のバリア機能を回復するアトピー性皮膚炎の新薬誕生

ここ数十年のアトピー性皮膚炎の治療は、世間に広まるステロイドへの忌避感との闘いだったともいえる。ちまたには「アトピービジネス」があふれ返り、ステロイドに強い抵抗感を示す人たちが、次々とエビデンスのない民間療法に流れていった。

「ステロイドは炎症を抑える作用が強く、段階に応じて適切に使えば、非常に効果があります。しかし、肌のバリア機能が弱いアトピー患者さんが使用し続けると、皮膚が薄くなってしまう副作用もありました。炎症・かゆみを抑え、バリア機能も回復させる薬を創りたいと思ったのが、研究のきっかけです」

そう話すのは、京都大学大学院の椛島 健治氏。皮膚免疫の専門家で臨床と研究を両立する。椛島氏が着目したのは、ヤヌスキナーゼ(JAK)という化合物だった。ヤヌスキナーゼは、共同研究をしている日本たばこ産業が合成した化合物で、もともとは関節リウマチの内服薬として研究が進められていた。JAK阻害薬に皮膚のバリア機能を高める効果があることは突き止めたものの、内服すると肝臓などに副作用が出るため、アトピー性皮膚炎の患者の中心である小児には適用しにくかった。

他臓器に影響が出にくい外用薬を開発できないだろうか――。それが椛島氏の発想の起点だ。

動物モデルを使った実験を開始すると、その効果は明らかだった。JAK阻害薬を塗ったマウスは、皮膚のバリア機能が回復し、アトピー性皮膚炎の症状も改善したのである。

「これは人でも効果があるかもしれない……」

動物実験での結果をもとに、製薬に向けての動きが加速した。国内臨床試験では、抗炎症作用に加えて、かゆみを抑える作用による皮疹改善作用も確認できた。新薬開発のためにかかった期間は、およそ10年。創薬としては短いスパンで、待望の非ステロイド性の外用薬「デルゴシチニブ(コレクチム軟膏)」が完成した。JAK阻害薬の外用薬は、世界初である。

デルゴシチニブは副作用がなく、長期的な使用が可能で、顔にも塗ることができる。抗炎症作用はステロイドの方が高いものの、中等症以下のアトピー性皮膚炎の患者であれば、ステロイドを使わずに症状をコントロールすることも可能だ。この新薬の誕生によって、アトピー性皮膚炎の治療は大きく変わろうとしている。

アトピー性皮膚炎の創薬で日本の研究が世界をリード

皮膚は、状態を目で見ることができる臓器。椛島氏はその分かりやすさに惹かれて、皮膚免疫の道に足を踏み入れた。本格的に研究の面白さを実感できたのは、大学4年生の時に短期留学したアメリカの国立衛生研究所(NIH)での経験からだった。ボスはミスを叱るのではなく、良いところを見つけて褒めて伸ばしてくれた。また、研究の背景を詳しく説明してくれたことで、初めて研究の全貌が理解できたという。

「それまでは研究のどの部分を担当しているのか分からないまま手を動かしていることが多かったのですが、全体が分かると自分で考えられるようになる。答えがないから面白いし、世界で自分だけしか知らない結果が出るたび『これは何だろう』と考えるのがすごく楽しかった」

アメリカで感じた研究の面白さが、もう一つのアトピー性皮膚炎の治療薬開発にもつながっている。2022年8月に発売された皮下注射、ネモリズマブ(ILー31受容体の中和抗体)だ。アトピー性のかゆみに特化した世界初の抗体医薬品で、これまでかゆみに苦しんできた多くの患者にとって希望の光になっている。

ネモリズマブの創薬のヒントになったのは、椛島氏の臨床での経験だった。シクロスポリンという免疫抑制剤を投与した際に、「かゆみが治まった」と言う患者が多くいたのである。

「免疫抑制剤はリンパ球のT細胞の機能を抑える薬です。それまで考えられていたかゆみに関与する物質は、肥満細胞から出るヒスタミンでしたが、アトピー性皮膚炎ではT細胞が関わっているのではないか、と仮説を立てました」

T細胞が出すサイトカインの中で、椛島氏が狙いを定めたのが「ILー31」だった。

「過去の論文成果などと照らし合わせた結果、これだとピンときました」

実際にアトピー性皮膚炎の患者にシクロスポリンを投与してみると、血液中のILー31の量が著しく減少し、アトピー性のかゆみにILー31が関わっているという予想は、強い確信に変わった。そして国内での臨床試験を経て、ネモリズマブは完成した。

今、日本には、海外の医師たちから羨望のまなざしが向けられている。すでに欧米での治験は最終段階に入っているものの、2つの新薬を使えるのはまだ日本だけだからだ。アトピー性皮膚炎の治療薬開発では、日本が世界をリードしているのである。

臨床で感じた悔しさを研究の原動力に

2つの創薬に成功した裏には、数多くの失敗があったと椛島氏は振り返る。

「ほとんどは創薬までたどり着かず、勝率でいえば2勝20敗くらいでしょうか(笑)」

創薬までの道のりにおいては、実験で思うような結果が出ず、製薬会社が途中で諦めて引き上げてしまうこともある。

「少しでもネガティブなデータが出ると諦めてしまう企業が多い。でも、少しくらい悪いところがあっても、『これだ』と信じたものでチャレンジしていかなければ、画期的な新薬は生まれません」

新薬開発のためには、医師と製薬会社が早い段階から連携を取ることが重要だという。医師は臨床での経験をもとに、創薬につながるかどうかを判断し、研究を後押しすることができるからだ。そして、それには医師が目の前の患者を次々と診るだけではなく、治らない病気や病態についてしっかり考える時間が必要だと説く。椛島氏がアトピー性皮膚炎の治療薬を開発できたのは、「どうすれば皮膚のバリア機能を回復できるか」という課題を、臨床を重ねながら10年以上ずっと抱え続けてきたからである。

「治らない患者さんに対し、『現在の医療では治療法がありません』で終わらせるのではなく、『どうやったら治せるか』と考え続けることが大事。その視点は、研究者に限らず、全ての医師に求められていると思います」

現在も京都大学医学部附属病院で、皮膚科の診療を続けている椛島氏。20年以上、外来で診ている患者もいる。

「医師になったばかりの頃から診ていて、いまだに治せていない疾患もある。それがつらく、悔しい」

臨床での悔しさが、椛島氏の研究の原動力になっているのである。

動く細胞をリアルタイムで観察 皮膚の3次元生体イメージング

アトピー性皮膚炎の研究に加えて、椛島氏が力を入れているのが、生体イメージングを用いた皮膚免疫・炎症の研究である。2003年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)への研究留学を契機に学んだのが、皮膚を切らずに3次元で皮膚の細胞を見られる生体イメージングの技術だった。

3次元生体イメージングとは、2光子励起顕微鏡を使い、生体内で動いている細胞を観察するもの。それまでは、皮膚の表面を切り取って得た2次元の画像から細胞の動きを推測するしかなかったが、リアルタイムの細胞を目で追うことができる。現在、椛島氏はこの技術を使った研究で、世界のトップを走っている。

「私たちの技術を使えば、病変が生じるときに細胞がどんな動きをしているのかが分かります。それが病態の理解につながります」

例えば、樹状細胞とリンパ球に色を付けたマウスを2光子励起顕微鏡で観察したところ、皮膚がかぶれを起こすときに、特定の場所に樹状細胞とリンパ球が集まってくることが分かった。

また、細胞の動きを可視化するだけでなく、細胞が活性化したときに色が変わるような遺伝子改変マウスを作り、シグナルの可視化にも挑んでいる。今後、3次元生体イメージングでの病態解明が進めば、がんの病変部の正確な見極めや創薬など、あらゆる全身疾患の診療に応用できる可能性がある。

「私たちが疾患として分けているものも、全てが皮膚の中の細胞同士の関わりで起きている現象です。だから、疾患ごとに病態を解明するのではなく、皮膚という臓器全体をシステムとして解明していきたい」

高い目標を設定して失敗を繰り返しながら進む

2023年5月に日本で開催される国際研究皮膚科学会(ISID※1)では、椛島氏が会長を務める。世界中から皮膚科医と研究者が集結する5年に一度の大会で、日本での開催は15年振りである。

「若い世代に皮膚科の研究に興味を持ってもらうとともに、日本がアジアのリーダーとして世界に発信できるような大会にしたい」

椛島氏にとって皮膚科の魅力とは何だろうか。

「『皮膚は全身の鏡』で、あらゆる疾患の状態を表している臓器です。皮膚科はマイナーな診療科だなんてとんでもない。全身の多様な疾患のゲートキーパーになっているのです。人の皮膚を見ていると興味が尽きません」

これまでの歩みを振り返ると、2つの選択肢があった時には、よりチャレンジングな方を選んできたと話す椛島氏。高い目標を掲げて、そこに向かってひたすら努力を積み重ねるスタンスは、40歳から始めたマラソンでも同じだ。7年かけて準備をして、モンブランを取り巻く山岳地帯約170kmを走るウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)に挑戦。痛み止めを飲みながら39時間21分22秒で完走した。研究でもマラソンでも、いつも無謀だと思うくらいの計画を立てて挑む。そうした自身の経験から、医学生や若い医師たちには「どんどん失敗した方がいい」とエールを送る。

「失敗しながら、これまで自分の限界を超えてきました。失敗のない目標設定を行うのではなく、次につながる失敗があるような目標を立てて大きなチャレンジをぜひしてほしいです」

※1 詳細はP.39メディカルトピックス参照
P R O F I L E
プロフィール写真

京都大学大学院 医学研究科 皮膚科学 教授
椛島 健治/かばしま・けんじ

1996 京都大学 医学部 卒業
1996 横須賀米海軍病院 インターン
1997 京都大学医学部付属病院 皮膚科 研修医
1997 ワシントン大学医学部付属病院 内科・皮膚科 レジデント
1999 京都大学大学院 医学研究科 博士課程
2003 京都大学大学院 医学研究科 皮膚科学 助手
2003 カリフォルニア大学 サンフランシスコ校 医学部 免疫学教室
2005 産業医科大学 皮膚科 助教授
2008 京都大学大学院 医学研究科 創薬医学融合拠点・皮膚科(兼任)准教授
2010 京都大学大学院 医学研究科 皮膚科学 准教授
2015 京都大学大学院 医学研究科 皮膚科学 教授

受賞歴

日本皮膚科学会皆見省吾記念賞
日本免疫学会賞
日本研究皮膚科学会賞
日本医師会医学研究奨励賞
ヨーロッパアレルギー学会賞(PhARF)
日本学術振興会賞
文部科学大臣表彰
マイルール: どんな逆境でも楽しむ
愛読書: 年に40~50冊は読みます。村上 春樹氏の作品は全て日本語のみならず英語でも読みました。小林 秀雄氏の作品も折を見てよく読んでいます。平野 啓一郎氏、オルハン・パムク氏の作品も好きです。
影響を受けた人: 特定の方はいませんが、日々いろいろな方から刺激を受けています。
好きな有名人: 小山 薫堂さん、有働 由美子さん
マイブーム: できるだけ公共機関を使わずに走る。ゴルフの素振り。
宝物: 家族と愛犬と教室員

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2023年5号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。