アトピー性皮膚炎の創薬で日本の研究が世界をリード
皮膚は、状態を目で見ることができる臓器。椛島氏はその分かりやすさに惹かれて、皮膚免疫の道に足を踏み入れた。本格的に研究の面白さを実感できたのは、大学4年生の時に短期留学したアメリカの国立衛生研究所(NIH)での経験からだった。ボスはミスを叱るのではなく、良いところを見つけて褒めて伸ばしてくれた。また、研究の背景を詳しく説明してくれたことで、初めて研究の全貌が理解できたという。
「それまでは研究のどの部分を担当しているのか分からないまま手を動かしていることが多かったのですが、全体が分かると自分で考えられるようになる。答えがないから面白いし、世界で自分だけしか知らない結果が出るたび『これは何だろう』と考えるのがすごく楽しかった」
アメリカで感じた研究の面白さが、もう一つのアトピー性皮膚炎の治療薬開発にもつながっている。2022年8月に発売された皮下注射、ネモリズマブ(ILー31受容体の中和抗体)だ。アトピー性のかゆみに特化した世界初の抗体医薬品で、これまでかゆみに苦しんできた多くの患者にとって希望の光になっている。
ネモリズマブの創薬のヒントになったのは、椛島氏の臨床での経験だった。シクロスポリンという免疫抑制剤を投与した際に、「かゆみが治まった」と言う患者が多くいたのである。
「免疫抑制剤はリンパ球のT細胞の機能を抑える薬です。それまで考えられていたかゆみに関与する物質は、肥満細胞から出るヒスタミンでしたが、アトピー性皮膚炎ではT細胞が関わっているのではないか、と仮説を立てました」
T細胞が出すサイトカインの中で、椛島氏が狙いを定めたのが「ILー31」だった。
「過去の論文成果などと照らし合わせた結果、これだとピンときました」
実際にアトピー性皮膚炎の患者にシクロスポリンを投与してみると、血液中のILー31の量が著しく減少し、アトピー性のかゆみにILー31が関わっているという予想は、強い確信に変わった。そして国内での臨床試験を経て、ネモリズマブは完成した。
今、日本には、海外の医師たちから羨望のまなざしが向けられている。すでに欧米での治験は最終段階に入っているものの、2つの新薬を使えるのはまだ日本だけだからだ。アトピー性皮膚炎の治療薬開発では、日本が世界をリードしているのである。