エコーを極め、日本の小児医療の技術向上に挑む小児科医 弘野 浩司

医師のキャリアコラム[Challenger]

茨城県立こども病院 小児総合診療科/小児超音波診断・研修センター 副センター長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/横井かずえ 撮影/緒方一貴

被ばくリスクの高い小児に対して、エコー検査は安全で有用な診察手段だ。しかし「お腹の中は超音波では見えない」という固定観念から、これまで小児科では十分に活用されてこなかった。この常識に挑戦し、変革をもたらしている一人が茨城県立こども病院小児総合診療科、小児超音波診断・研修センターの弘野 浩司氏である。多くの軽症患者に紛れた重症患者を見逃さないために、弘野氏はエコーの可能性に着目。エコーの手技を広めるために、全国の小児科医や看護師に向けた教育に情熱を注いでいる。小児医療の新たな可能性を切り開く、弘野氏の挑戦と情熱に迫った。

軽症例の中に紛れる重症例を見つけるために

正確な診断のためには問診や身体診察、採血などに加えて、より詳細に診るための評価法が欠かせない。一般的にはMRIやCTなどによって評価するが、小児医療においてはこれらの検査機器を使うことが難しい。MRIは長時間安静にしてもらうため、静脈麻酔による鎮静が必要であり、また、CTには被ばくの問題がある。成人と比べて放射線に対する感受性が高い小児は、仮にCTを撮るとしても、頻回の撮像は極力避けるべきである。

そこで、有用な評価法となるのがエコー検査だ。しかし、これまで小児医療の現場でエコーが使われることはあまりなかった。なぜなら、例えば胃腸炎の診断をするとしても、ガスが多い腸管は超音波で見ることはできないと考えられているからだ。超音波は液体には強いが空気と骨には弱く、それらを通して見ることはできない。そのため、肝臓や腎臓、心臓などの空気がない臓器や羊水に包まれた胎児などを見るのには適しているが、腸管のように空気の塊のような臓器には使えないとされてきた。

しかし、これは必ずしも正確ではない。分厚い筋肉や脂肪に遮られる成人の体とは異なり、筋肉などが少なく腸壁も薄い小児の体では、適切な手順さえ踏めばエコーによってCTより解像度の高い画像を何度でも撮ることが可能だからだ。多くの技術と同様に、成人で確立された技術が小児に適用されるという流れの中で、これまで小児科領域における超音波の可能性は見過ごされてきた。ここに風穴を開けたのが、弘野氏である。

「小児科医の役割は、圧倒的に軽症例が多い中で、その中に紛れる重症例を見つけ出すこと。ところがこれまでは、見つけ出すためのツールが十分ではなく、小児科医は大きなストレスとジレンマの中で診療をしなければならなかったのです」

弘野氏はエコーこそ小児のスピーディで適切な診断に最適と確信し、その技術を広めるための教育に並々ならぬ情熱を注いでいる。

転換点は、悪性リンパ腫を見逃された患者との出会い

もともと手技が好きで、内視鏡を扱う消化器内科を目指していた。最終的に母校の弘前大学小児科に入局した理由は尊敬する小児科医の敦賀 和志先生に誘われたことと、新生児があまりにかわいかったから、と顔がほころぶ。

エコーに対して強い興味を持つようになったきっかけは、大学病院に勤務していた専攻医2年目に経験したある出来事にある。ある日、二次病院から「CTは撮ってないけどエコーの所見で悪性リンパ腫が疑われる患者がいる」と連絡が入った。CTを撮ったところ、リンフォーマと呼ばれる悪性のリンパ腫でステージ4、すでに多くの臓器に転移している状況だった。

当時5歳前後だったその患者は、近隣の病院を受診して便秘症と診断を受けていた。しかし、ある時点から食事が取れなくなり嘔吐も繰り返し「さすがにおかしい」と二次病院を紹介され、エコーで見た医師が悪性リンパ腫と確信したという経緯だった。

この出来事は、弘野氏に大きなショックを与えた。当時、腸管はエコー検査ができないというのが一般的な考えだったので、弘野氏自身もルーティンでお腹にエコーを当てることはしていなかった。そのため、仮に自分が最初にこの患者を診察していたとしても、おそらく同じように悪性リンパ腫を見落としてしまっていただろうと思った。エコーで悪性リンパ腫の所見が取れることに衝撃を覚えた。患者はリンパ腫が腸管を圧迫して食事が取れなくなっていたのだが、初期の段階では便秘症と区別することは難しい。しかし、もっと早くエコーで見ていれば、ここまで悪化することはなかったのではないだろうか。

入院後、受け持つことになった患者親子の態度もまた、弘野氏を苦しめた。患者と両親から毎日「こんなに良くしてくれて、ありがとう」と感謝されるが、自分にはそう言われる価値はないと思った。

「最善の医療を提供できていないのに、こんなに感謝される。そのギャップの中でいたたまれず、悶々としていました」

幸いにして患者は化学療法が良く効いて、無事に退院できた。しかし「もっと早い段階でエコーをしていれば、進行前のリンパ腫を見つけられたはずだ」という思いが消えることはなかった。このことをきっかけに、月に1回のペースで東京に通い、エコーの勉強を始めた。青森県内には学べる場所がなく、東京の超音波機器メーカーが主催するハンズ・オン・セミナーに通い詰めた。

青森から東京まで研修に参加するには、参加費だけではなく前泊の宿泊費や交通費も含めて1回で12~13万円はかかる。その費用自体は問題なくても、研修を受けるための時間の捻出や、勤務先の同僚への負担まで考えると、決して小さな負担ではない。それをやり繰りして研修に参加していた経験があるからこそ、後に研修を開催する側となった弘野氏はその負担分までカバーできるほどの価値ある研修の提供を目指している。弘野氏は当時を振り返りこう話す。

「青森ではエコーを学べる場所がなく『学びたくても学べなかった』ことが何よりもつらかった。お金を払ったり時間をかけたりして学べることは、苦労ではない。むしろ明確な目的とやり方が見つかり、学べることが幸せでした」

「無給でも構わない」と懇願 茨城県立こども病院へ入職

そんなある日のこと。後輩が、腸重積症だけを1日かけて学ぶ超音波の学会があると教えてくれた。1つの疾患だけを扱う学会など、あるのだろうか。そんな興味から参加すると、そこで浅井 宣美氏との運命の出会いが待っていた。浅井氏は日本超音波医学会認定超音波検査士であり、小児エコーの専門家だ。現在は、茨城県立こども病院小児超音波診断·研修センター長を務めている。ランチョンセミナーの壇上で小児エコーについて語る浅井氏の話はどれも興味深く「茨城に行ってみたい」という思いを抱くには十分だった。

当時は大学院に入ったばかりで、茨城行きは現実的ではなかった。晴れて卒業が決まり、あらためて茨城行きを熱望するも、そのときはすでに医師の募集は終了していた。しかし、すぐさま浅井氏にメールを送り「無給でも構わないので勉強させてほしい」と打診したのだ。“ダメ元”での懇願だったが、結果として無事に茨城県立こども病院で働くことが決まった。

入職後は他院での勤務やこども病院でのNICU、総合診療部などを経て、2年目からは臨床検査部超音波診断室の専属になった。今は週に1回外来診療を行う以外は一般診療をほとんど行わず、超音波検査室に常駐するという全国的に見ても珍しい働き方をしている。ここでは浅井氏と共に全画像をダブルチェックする他、レジデントや院外の研修生をマンツーマンで指導する。

担当医からの依頼を受けて超音波を行う際は、必ず実施前にカルテをチェックしてどのように当てるか作戦を練る。漏れなくアプローチするには、受診歴や既往歴などを把握することが欠かせない。また、超音波中に行う問診も重要だ。

「知識や技術ならば、放射線科の医師の方が上かもしれません。しかし、問診による鑑別をしながら超音波を当てられるところに、小児科医がやる意義があります」

さらに、エコーを担当した患者が手術になった際には必ず立ち合い、自分が撮った画像と手術所見が合致するかを確認。知識のブラッシュアップも欠かさない。

小児の診断は、初期対応によってその後のマネジメントが大きく変わる。例えばある新生児患者の例では、迅速な超音波検査によって絞扼性イレウスと診断し、すぐに手術をしたことで腸管切除を避けることができた。もしも診断が遅れていたら、腸を切除して一時的に人工肛門が必要になった症例だ。

「小児科医は手術のような大きな治療は行いませんが、適切な科につなぎ、その先の治療のベクトルを変えることで、将来のQOLに大きな差を生み出すことができます。そしてその子の成長を見守ることができる。そんなやりがいがあります」

セミナー受講生の中に小児科医1年目の自分を置く

現在、念願叶ってエコーに専念できる環境にあるが、弘野氏の挑戦はここで終わりではない。ここへ来た目的は、自分自身のスキルを向上させたかっただけではない。かつての自分のように、学びたくても学ぶことができない人たちへ、研修の機会を与えることを使命としているのだ。実際に、ラオスやアメリカ・ロサンゼルスなどの海外からも含め、今は年間を通して多くの研修生を抱えている。研修生の多くは2、3カ月かけて、集中的にエコーを学ぶ。

「重要なのは、その先生がマスターして終わりではなく、自院に戻ったときに他の人に教えられるレベルに到達できたかどうか。例えば虫垂が見つけられるだけでは不十分で、なぜ見つけられたのかを説明でき、正しいアプローチで映せたかどうかを見ます。そうでなければ、緊迫した状況や重症例が来たときに、よりどころがなく、焦って対応ができなくなってしまいます」

“診断に困ったときの自分を支える技術を持ってほしい”という、教育への並々ならぬ情熱は所属病院を飛び出して、超音波を学びたいという全国の小児科医へ発せられている。小児超音波関連としては国内初のNPO法人として認可を受け、弘野氏が中心となって活動するNPO法人茨城こどもECHOゼミナールでは、小児診療に役立つエコー技術を身に付けてもらうことを目指してハンズ・オン・セミナーを開催している。開催が決まればすぐ満員になるほどの盛況だ。

「私よりも優れている医師や超音波のスキルが高い技師はいるでしょう。しかし、私ほど初学者がはまるであろう落とし穴にはまってきた人間はいない(笑)。だからこそ、受講生がなぜ苦しんでいるのかが分かるのです。心掛けていることは、セミナーの中に必ず“小児科医1年目の自分”を入れること。その自分でも分かる内容にすれば、全ての受講者が理解できるはずなので」

超音波は重症疾患のみならず、よくある疾患の診断にも役立つ。便秘であれば、どこの腸管にどの程度の硬さの便がどれくらいの量入っているか、また悪性疾患の結果としての便秘かどうかも分かる。胃腸炎であれば、ウイルス性なのか食中毒なのか、重症疾患による胃腸炎なのかどうかもすぐに判断できるという。明日から使える技術を身に付けられる点も人気のゆえんである。なぜ、こうまで教育に情熱を注ぐのか――。その理由は、前述のかつて出会った悪性リンパ腫の患者の存在が大きい。現在、全国の小児救急の現状は、患者側の需要の増加と、医療側の人員不足でどの病院もひっ迫している。その中で、手軽に侵襲なく検査し、診断に導く方法が普及すれば、助かる子どもが確実に増える。また、診断できずに「様子見でひとまず帰す」という選択をせざるを得ない小児科医のジレンマを解消することにもつながると考えるからだ。

技術を一度覚えればエコーなしなど考えられない

弘野氏は、小児エコーの未来は明るいと確信しているという。

「エコーの普及について、私は非常に楽観視しています。なぜなら、小児におけるエコーがあまりに有用であり、そして代替の検査機器がないからです。技術さえ習得すれば、被ばくせず、再現度の高い客観的な画像を撮影することができるので、超音波なしの診察など考えられなくなると思います。機器の進歩も相まり、おそらく10年もかからずに聴診と同時にエコーも当てる診察が普通になるのではないでしょうか」

活動は着実に実を結びつつある。そのうちの一つとして、キヤノンメディカルシステムズが診断・治療に有用な画像のクオリティ、被検者へのメリット、テクニックの創意工夫など、クリニカルバリューを総合的に判断し「画像診断技術の発展と医療への貢献に役立つ画像」を選ぶ「画論 32nd The Best Image」で、弘野氏の症例が優秀賞に入賞した。また、キヤノンと共同開発したシステムを使い、超音波画像をリアルタイムで遠隔診断する試みも進んでいる。

学びたくても学べなかったくやしさを糧に、ここまで進んできた。その態度はどこまでも実直で真摯(しんし)。目線の先には患者と家族の笑顔がある。最後に、若手医師へのメッセージを聞いた。

「私はエコーに出合って自分が納得できる医療を行えるようになりました。どの科に進んだとしても自分に恥じない納得の仕事をすることが大事だと思います。そしてもし、この記事を最後まで読んでくれた人がいたならば、間違いなく超音波をやる素質があります。決してメジャーな領域ではないので、興味がなければ最初の1行で読むのをやめてしまうでしょうから」

そう言って、いたずらっぽくほほ笑んだ。

P R O F I L E
プロフィール写真

茨城県立こども病院 小児総合診療科/小児超音波診断・研修センター 副センター長
弘野 浩司/ひろの・こうじ

2011 弘前大学医学部 卒業/津軽保健生活協同組合 健生病院 初期研修医
2020 常陸大宮済生会 小児科/茨城県立こども病院 NICU・総合診療部
2021 茨城県立こども病院 超音波診断室
2023 小児超音波診断・研修センター 副センター長

資格

日本小児科学会 小児科専門医
医学博士

所属

小児腎臓病学会
小児超音波研究会
超音波医学会
超音波検査学会
NPO法人茨城こどもECHOゼミナール副理事長
浅井塾免許皆伝者

専門

小児総合診療、小児超音波診断

座右の銘: 塞翁が馬
愛読書: 北斗の拳
影響を受けた人: 両親、塾の先生
好きな有名人: 梅原 大吾、三笘 薫
マイブーム: サウナ巡り、煮干しラーメン
宝物: エコー機と研修生

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2025年3月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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