情熱的に夢を追う、医学教育を改革するリーダー 和足 孝之

医師のキャリアコラム[Challenger]

京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター 准教授/島根大学医学部附属病院 総合診療医センター 客員教授

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/太田未来子

島根県は総合診療の専攻医の割合が日本一多い。全国平均は3%程度だが、島根県では15%を超えている。その人気の火付け役となったのが、島根大学医学部附属病院総合診療医センターの副センター長を務めていた和足 孝之氏である。2020年に厚労省の「医師養成推進事業」のリーダー職に任命されると、センター長の白石 吉彦氏と共に総合診療医を育成するためのしくみをつくり上げた。しかし、目指しているのは、総合診療医の育成だけではない。和足氏の視線の先は日本の医学教育の根本的な改革に向いている。ミシガン大学での病院総合診療医としての留学を終え、2024年4月から新天地・京都へと活躍の場を広げた和足氏の新たな挑戦を追った。

NEURAL GP networkという新しい医師のつながりを構築

これまで和足氏が行ってきた改革は数えきれない。その代表的なものが島根大学附属病院総合診療医センターでの取り組みだ。大学、市中病院、診療所などの組織の壁や上下関係を取り払ったネットワークを構築し、県全体の総合診療医と若手医師が連携できるようにした。このネットワークをはじめとした総合診療医養成プロジェクトは、脳の神経回路のように有機的につながり、独自に増殖しながら連携することから「NEURAL GP network」と名付けた。大学病院を含めた17の医療機関と組織が協力し、過疎地や離島で働く総合診療医ともバーチャル医局で情報を共有する。このネットワークには現在、県内の総合診療医120人以上が参加している。

同センターが目指すのは、地域医療の現場と大学を結ぶTeal型組織だ。Teal型組織とは、組織を1つの生命体としてとらえ、目的によって組織の形や構成を自在に変えながら進化し続ける組織構造のこと。リーダーのトップダウンで動くのではなく、メンバー一人一人が意思決定をしていく。県内のあらゆる場所で活躍する総合診療医が、それぞれの現場のリーダーとなり、「優秀な総合診療医を育成する」という共通の目的の下、アイデアを出し合う。

こうした世界初の「地域医療従事者を増やすしくみ」と、「関係性のデザイン」が評価され、2022年にはNEURAL GP networkが「Good Design賞(金賞)」を受賞。教育においては、島根大学の全学部のうち最も優れた教育を行った部門が表彰される「優良教育実践表彰」を3年連続で受彰している。和足氏の教育活動により着実に総合診療医を育成する文化が醸成されているのである。

和足氏は自身のことを「臨床・教育・研究が三度の飯よりも好きなGeneralist」と話すが、その活動はGeneralistの枠にとどまらない。多岐にわたる活動から、周囲からは「謎多き男」と言われることもある。和足氏は一体、何を考え、何を目指しているのだろうか。

救急搬送数日本一のERで精進 キャリアが描けない不安も

和足氏がGeneralistとしての臨床力を磨いたのは、湘南鎌倉総合病院での初期研修時代だ。当時、年間の救急搬送数は1万2,000台以上。「日本で一番忙しい救急現場で、何でも診られる医師になりたいと思った」と振り返る。

朝5時半の病棟患者の採血から始まり、外来やERでの初期対応、急性期病棟での管理業務と、夜遅くまで病院にいるのが当たり前。土日も救急当番に入り、自宅に帰れるのが1カ月のうち数日というハードな日々を送っていた。ここで徹底的に叩き込まれたのは身体診察だ。爪から患者の状態を診る、多様な診断を絞り込むための特殊な診察技法も学んだ。

「若いので体力的には何とかなっても、精神的につらいことはありました。一緒に頑張る同期の存在は大きかったです。今思い返すとあのときの経験があったからこそ、どんな患者さんでも絶対に診るというマインドセットが身に付いたと思います」

医師5年目で総合内科のチーフレジデントになると、院内全部門からの内科系コンサルテーションと教育を一手に引き受けた。後に和足氏が、ネットワークづくりのために全国100以上の病院を回り、どんな環境でも勤務できたのは、ここで磨き上げられた臨床力があったからだ。過酷な研修によって、身体的にも精神的にもタフに成長した。

臨床に邁進する一方で、将来への不安もあった。診療に忙殺される毎日で将来の展望が描けなくなっていたのだ。総合診療医としてのキャリアプランが見えず、専門科に進んだほうがよいのではという考えもよぎった。そのとき相談に乗ってくれたのが、徳田 安春氏(現・群星沖縄臨床研修センター センター長)である。徳田氏は総合診療のパイオニアとして、すでにその名が知れ渡っていた。

「カチコチに緊張しながら会いに行き『臨床をしながら教育も研究もしたい』という自分の目標を語りました」

それを聞いた徳田氏からは、「私のメンティーとして、必ず臨床・教育・研究で活躍できるようになりなさい」と背中を押された。当時、その3つ全てを高いレベルで実践できている医師は少なかった。研修を終えた和足氏は、徳田氏からの呼びかけに応じ、東京城東病院の総合診療科の立ち上げに奮闘した。

その後、徳田氏から大学で教育改革に取り組む道を勧められた和足氏は、2016年に島根大学の卒後臨床研修センターに赴任。徳田氏は、和足氏が「島根から全国にGeneral旋風を起こす役割」を果たせる人物だと見抜いていた。和足氏は不安を抱きつつも、憧れていた大学教員になれることに心は湧き立っていた。その根本には「日本の医学教育を変えたい」という強い思いがあった。

島根から総合診療医教育の旋風を巻き起こす

今でこそ島根県の総合診療科の人気は高いが、赴任当時は一人も専攻医として選んでもらえていなかった。総合診療医を育成できないのはなぜなのか。その原因の一つが、県内の総合診療医間で良質な連携がとられていないことだと和足氏は分析した。

「島根にはもともとGeneralに診られる先生方はたくさんいたものの、大きく4つの派閥に分かれていて、病院や組織の壁を越えた連携がとられていなかった。その状況を外から来た立場で見て、縦・横・斜めの連携さえうまくいけば爆発的に発展できるのではないかと考えました」

交流が断絶していた人たちをつないでいくのは、簡単なことではない。しかし、和足氏は持ち前のコミュニケーション力と行動力で、県内ほぼ全ての病院に行き、総合診療に携わる医師たちと一緒に働きながら、それぞれの意見を引き出していった。すると、どの病院で働く医師たちにも、根底には「若い総合診療医を育てたい」という同じ思いがあることが分かった。そのビジョンを形にしたのが、冒頭のTeal型組織の構想と、県内の総合診療医をつなぐNEURAL GP networkなのである。

島根の改革で役立ったのは、ハーバード大学での学びだ。「人生で最もハードな1年だった」と振り返るCOVID-19が猛威を振るった2020年。島根大学で勤務をしながら、深夜~早朝にかけてハーバード大学の学生として主にオンラインで授業を受けていた。

和足氏が学んだのは、「ハーバードMHQS 7steps」と呼ばれる改善学だ。問題解決のための改善学は、徹底的にデータを取り、問題の根本原因を見つけて何パターンも戦略を提案し、それに優先順位を付けて最も効果の高いものから実行していくというもの。

例えば、島根の改革では、東西200kmにのびた長い地形や離島もあることが、医師たちが交流するうえで大きな障害となっていた。それを逆に利用したのがITを駆使したバーチャル医局の開設だった。今でこそ日本でも当たり前になっているSlack,Google+,Dropbox,Zoomなどをいち早く取り入れ、組織の壁や物理的な距離の壁を越えて、定期的にWeb会議を開催できるようにした。

また、研修医や学生に対して指導する時間の捻出や、体系的な教育の提供ができないという課題に対しては、厚労省が初期研修医向けに指定する学ぶべき症候の全てをカバーした、150本以上のビデオコンテンツを製作し、無料公開した。これは大学初の取り組みである。課題の根本原因を見つけて、小さなことから一つ一つ解決していく。それが積み重なって大きな効果をもたらしたのである。

多くの命を救う診断エラー学 日本での発展が絶対に必要

ハーバード大学での学びは、島根の改革だけでなく、和足氏の研究をも加速させた。研究分野は臨床研究、医学教育研究、医療の質、患者安全、医療訴訟、ジェンダーバイアス……など、驚くほど多岐にわたるが、中でも力を入れるのが「診断エラー学」だ。和足氏は、日本でほとんど研究が行われていなかった頃からこの分野の研究を始め、本誌でも2019年に半年間、診断エラー学についてのコラム※1を連載するなど、日本における先駆者である。

2016年にアメリカで発表された論文によると、アメリカ人の死因の1位は心疾患、2位が悪性新生物でそれに次ぐのがMedical Errorの可能性があることが分かった※2。この論文は世界に衝撃を与えた。

「日本で同じ研究をしたらどんな結果が出るのか。絶対に日本のデータを用いた研究が必要だと思いました」

和足氏が行った「本邦の医学訴訟3,200判例の解析から見る診断エラー」の研究では、訴訟の多くで、システムエラー以外の、医師の診断エラーが関与していることが明らかになった。論文の発表直後、国内の一部の医師たちからは不安の声が届いた。診断エラーを明らかにすることは、ともすれば医療への信頼の失墜に関わるため、日本ではあまり着手されてこなかったからである。

それでも和足氏が診断エラー学を研究し、啓発を続けるのは、この研究が医療の安全に直結し、多くの人の命を救うと確信しているからである。現在、和足氏の一連の研究活動によって、診断エラー学を日々の臨床に落とし込むことがいかに重要であるかが日本でも認識され始めている。

※1 コラム「Dr.和足のしまねから“こんにちは”」
※2 Medical error—the third leading cause of death in the US(Makary M.et al.BMJ. 2016)

総合診療に必要なのは学問としての医療への貢献

2021年11月から約2年間、ミシガン大学への留学を果たし、米国の病院総合診療医で最も有名な教授の一人であるSanjay Saint氏から、将来のリーダーとして、また研究者として、直接薫陶を受けた。米国の病院総合診療の発展を担ってきたレジェンドから臨床教育・研究、医療の質、患者安全などを学び、刺激的な日々を送った。和足氏はこの経験によって、総合診療医には総合診療の研究テーマがあることを認識し、「研究」で評価される必要があると確信した。

ところが日本では、総合診療医としての総合診療分野の研究があまりなされておらず、研究面で大学に貢献しにくかった背景がある。

「総合診療医の地位を確立するためには、大学が求める評価軸でも当たり前のように成果を出さなければなりません」

将来の進路が描きにくいと言われがちな総合診療医を増やすためには、臨床力・教育力に加えて、研究力が大事だと和足氏は説く。島根大の総合診療医センターは2022年、23年に英語論文の業績が高く評価されて病院長賞を連続で受賞している。

「大学病院で研究が評価されたということは、総合診療が学問として貢献できたということ。これまでの賞で一番嬉しかった」

また、和足氏の研究によると、総合診療医志望の研修医は共感性が高く、初期研修中の基本的臨床能力が他の診療科志望者と比べて高いというデータもある。こうした総合診療医の強みが評価されるようになれば、人口減少、少子高齢化時代にさらにその必要性は見直されていくだろう。

医学教育を変えるため 現代の坂本龍馬がゆく

ミシガン大学への留学を終え、2024年4月からは、京都大学医学部附属病院の総合臨床教育・研修センターへ主な拠点を移した。次は京都で何を成し遂げようとしているのか。

「医学部教育では、医療現場に学生を参加させる実践型教育がもっと必要だと思います。そのためには1つの大学だけで変えていくのではなく、組織間の垣根を越えた仲間をつくり、まずは京都府全体で医学生や研修医の教育ができるようにしていきたい」

組織の規模が大きく、また歴史がある病院を一つにまとめていくのは相当ハードルが高い。しかし、和足氏は外から来た人間だからこそ、できることがあるという。

「問題の根本原因を見極め、最も効果が高いところから解決していく。まずは、仲間を増やすところからですね。今はたくさんの人と会って閉ざされていた門を開けているところです」

“この人だからついて行こう”、“この人となら成功できる”、そう思わせてくれる人物が和足氏である。次の時代に必要な医療を見据え、人と人との手をつなぎ、同じ目標を目指していく姿は、現代の坂本 龍馬のようにも映る。和足氏が見ているのは、一つの大学の医学部教育だけではない。京都府全体の、ひいては日本全体の医学教育を変えていくことを本気で考えている。どこまでも純粋な情熱と、人を惹きつける人間力で、リーダーシップを発揮しながら医療改革を進めていく。高い視座があるからこそ、やるべきことは明確だ。

「とにかくいい医師を育てたい」

それが和足氏の夢であり、最大のモチベーションなのである。

P R O F I L E
プロフィール写真

京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター 准教授/島根大学医学部附属病院 総合診療医センター 客員教授
和足 孝之/わたり・たかし

2009 岡山大学医学部 卒業、湘南鎌倉総合病院 初期研修医
2013 湘南鎌倉総合病院 総合内科チーフレジデント
2014 東京城東病院 総合内科 副チーフ
2015 Mahidol University, Graduate school of Clinical Tropical Medicine Program
2016 島根大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター 助教
2018 Harvard Medical School, Global Clinical Scholar Research Training
2020 Harvard Medical School, Master of Healthcare Quality and Safety
2021 島根大学医学部附属病院 総合診療医センター准教授 副センター長/University of Michigan, Department of Medicine
2024 京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター 准教授

所属・資格

日米医学医療交流財団理事
東京都立病院機構総合診療推進プロジェクト アドバイザー
日本専門医機構総合診療専門医検討委員会 委員
日本内科学会総合内科 専門医・内科指導医
日本プライマリ・ケア連合学会 指導医
日本病院総合診療医学会 指導医・病院総合診療専門医研修プログラムワーキング委員
日本医療の質・安全学会 診断改善ワーキンググループ

座右の銘: 夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし(吉田 松陰)
愛読書: 司馬 遼太郎の書籍は全て
影響を受けた人: 吉田 松陰、徳田 安春先生、青木 眞先生、Sanjay Saint先生
好きな有名人: 大谷 翔平(米国で何回も試合観戦した後からついつい気になって応援してしまいます)
マイブーム: 京都の夜のきれいな街を散歩すること、踏み台昇降
宝物: 3人の子ども

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2024年10月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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