本判決は、血圧測定等を行わずに漫然と本件薬剤を処方した本件過失により原告Aに生じた損害を賠償すべき責任を負うと判断し、被告町に対し、合計1億9444万7629円およびこれに対する遅延損害金を支払う限度で原告Aの請求を認容しました。
なお、原告と被告の双方は、本判決を不服として控訴したとされていますので、控訴審の経過(本稿執筆時は不明)を注視する必要があります。
本判決から学べることとして、例えば、本件血栓症の原因について、被告らによる次の各主張を排斥した点が参考になります。
(1)本件薬剤投与による血液凝固能が服用後一時的に亢進(こうしん)したとしても、休薬期間中に正常に復するため、これを継続的に投与しても、血栓症発症のリスクが高まることはないし、現に原告Aが本件血栓症を発症した日の凝固素因に関する検査結果は全て正常であった。
(2)経口避妊薬投与による静脈血栓症の発症時期は、服用開始後1年以内が大半であり、5年以降の発症例はまれであることから、長期服用者は血栓症を発症しにくくなる。
(3)本件血栓症発症の原因は、鉄欠乏性貧血、肥満によって生じることがある静脈血うっ滞等の可能性も否定できない。
本判決でポイントになったのは、被告らが、最高裁判例による過失の推定を覆せなかった点だと考えます。
判例は、医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるとしています(最高裁平成8年1月23日判決・民集50巻1号1頁)。
この判示は、患者側でなく、医師側が過失を覆せるだけの主張・立証をしない限り、過失が認められることを意味します。
本判決においても、被告らは、過失の推定を覆すことができませんでした。
具体的には、本判決は、次の理由で被告らの主張を排斥しています。
(1)添付文書自体が本件薬剤を投与するたびに血圧を測定すべきことを求めていないこと、被告Cを含む全ての医師が問診で問題がないことを確認していることは、過失の存在を否定するものでない。
(2)平成17年ガイドラインの「経過観察中に服用を中止すべき症状や他覚所見」に本件血栓症の記載がなくても、血栓症のリスクがあることは添付文書から明らかであるし、静脈血栓は血管壁とのつながりが弱いため、形成部位から遊離して塞栓となり、他部位の血管を閉塞することもあることからすると、体内の血管のどこで血栓が生じ、どの血管を塞ぐこととなるのかを厳密に予見できなければ注意義務が否定されるものではなく、本件薬剤の投与によって本件血栓症の発症が予見できないとはいえない。
ところで、経口避妊薬の処方ミスに対して、損害額が多額であるとの印象を受ける方もいるかもしれません。
この点は、当時51歳の兼業主婦(基礎収入は平成26年度男女全学歴45~49歳の平均賃金579万3000円を認定)である原告Aに残存した後遺障害が重く、労働能力喪失率が100%と認められたことで、将来介護費7857万4409円、後遺障害逸失利益(症状固定時から就労可能年齢とされた67歳まで)6278万3375円および後遺障害慰謝料2800万円が認められた点が大きいと考えられます。
なお、本判決で認められた遅延損害金(年5分)の起算日は、債務不履行に基づく損害賠償請求(予備的請求)を追加する旨の訴えの変更申立てが被告町へ送達された日の翌日(令和5年11月18日)でしたが、もしも原告Aが当初から債務不履行に基づく請求をしていた場合は、訴状送達の翌日(平成29年10月29日)から遅延損害金が発生していたことになり、より一層多額の賠償義務が認められていたと思われます。
本判決は、医療側と裁判所側での評価の違いを学ぶ上で参考になるといえるでしょう。