添付文書上要求される血圧測定等を行わない薬剤処方と過失の推定

vol.271

経口避妊薬処方に係る検査・経過観察義務違反の過失と血栓症との因果関係を認めた事例

函館地裁 令和6年5月8日判決・平成 29 年(ワ)第175号
医療問題弁護団 佐藤 孝丞 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

本件は、原告Aが、被告町が運営する病院(被告病院)の産婦人科で被告Cら医師から処方を受けていた経口避妊薬であるアンジュ28錠(本件薬剤)の服用により脳静脈洞血栓症(本件血栓症)を発症し、重度の身体障害等を負ったと主張して、主位的に、被告Cに対しては不法行為に基づき、被告町に対しては使用者責任に基づき、予備的に、被告町に対し、債務不履行に基づき、損害賠償金および遅延損害金の支払いを求めるなどした事案である。

なお、原告Aの夫である原告Bも共同原告として、原告Aの主位的請求と同様の構成で、被告らに対し、損害賠償(慰謝料)請求をしたが(請求棄却)、本稿では、原告Aの事件に絞って取り上げる。

事件の経過(概要)は、次のとおりである。

●原告Aは、過多月経等を主訴として被告病院を受診し、被告Cら被告病院の医師は、平成19年から平成25年までの間、合計34回にわたり、原告Aに対し、子宮筋腫または子宮腺筋症の治療のため、本件薬剤を処方した。

●原告Aは、平成26年、発声のためにうまく口を動かすことができず、左手の麻痺が出現する等したため、被告病院を受診し、そのまま被告病院に入院した。

原告Aは意識障害が進行し、静脈血栓症の疑いが生じたため、他院へ転院した。

その後、原告Aは、本件血栓症と診断された。

●原告Aは、本件血栓症により、右半身麻痺による右上下肢機能全廃、失語症を患い、脳出血による右上肢機能全廃および脳出血による右下肢機能全廃の障害により、身体障害等級1級の身体障害者手帳の交付を受けた。

判決

本件の主要な争点は、[1]本件薬剤が本件血栓症の原因になったか否か、[2]本件血栓症の原因となった本件薬剤を処方したこと自体に係る注意義務違反の有無、[3]検査・経過観察をせずに漫然と本件薬剤を処方した注意義務違反の有無、[4][3]の義務違反と本件血栓症の発症との間の法的因果関係の有無である。

なお、損害の発生および損害額も争点であるが、本稿では関連事項に付随的に触れる程度とする。

[1]本件薬剤が本件血栓症の原因になったか否かについて(肯定)

本判決は、本件薬剤の服用には血栓症発症のリスクがあること、本件薬剤はその継続的な服用によりその効果が蓄積すること、本件血栓症の発症が原告Aの素因が顕在化したものとはいえないことに加え、本件薬剤の製造販売会社が本件血栓症発症と本件薬剤の服用との関連性を否定できない旨報告していること、訴外病院の医師が本件血栓症発症の原因として経口避妊薬が考えられ、他に具体的な血栓症発症の原因となる要因が見受けられないとしていること、本件薬剤の製造販売会社が独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の調査に対して本件血栓症発症と本件薬剤の服用との関連性を否定できないとしていること等から、本件血栓症の発症は本件薬剤が原因となっているとした。

もっとも、本件血栓症の原因となった行為は、I医師による発症前最後の処方(本件処方)に限られるとした。

[2]本件血栓症の原因となった本件薬剤を処方したこと自体に係る注意義務違反の有無について(否定)

本判決は、添付文書上の「高血圧」は、日本産科婦人科学会「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン(改訂版)」(平成17年ガイドライン)を参照して判断すべきであると解した上で、本件処方自体については添付文書に違反して行われたものとは認められないとした。

また、原告Aの各症状の治療目的で本件薬剤を処方すること自体が否定されるものではないから、原告Aに対して本件薬剤を処方したことそれ自体に過失は認められないとした。

[3]検査・経過観察義務違反の有無について(肯定)

本判決は、本件処方について、添付文書上要求される血圧測定等を行わずに漫然と本件薬剤を処方した注意義務違反(本件過失)が推定され、かつ本件で推定を覆す事情はないから、本件過失が認められるとした。

なお、被告Cが原告Aに対して本件薬剤を処方する治療を行い、その後、他の医師も被告Cと同様に、原告Aに対して本件薬剤を処方しているとしても、被告Cと他の医師が「共同」して本件薬剤の処方を行ったとはいえないとして、被告Cの不法行為責任および被告町の使用者責任を否定した。

[4]本件過失と本件血栓症の発症との間の法的因果関係の有無について(肯定)

本判決は、本件処方時の原告Aの血圧等は判然としないものの、本件血栓症を発症した平成26年の救急搬送時の原告Aの血圧が140/84であり、平成17年ガイドライン上「利益を上回るリスク」に近い状態であったことからすれば、本件処方時に添付文書上要求される血圧測定等を行っていれば、その測定値等に基づき、本件処方が回避された蓋然性が認められるから、本件過失と本件血栓症の発症との間には法的因果関係が認められるとした。

裁判例に学ぶ

本判決は、血圧測定等を行わずに漫然と本件薬剤を処方した本件過失により原告Aに生じた損害を賠償すべき責任を負うと判断し、被告町に対し、合計1億9444万7629円およびこれに対する遅延損害金を支払う限度で原告Aの請求を認容しました。

なお、原告と被告の双方は、本判決を不服として控訴したとされていますので、控訴審の経過(本稿執筆時は不明)を注視する必要があります。

本判決から学べることとして、例えば、本件血栓症の原因について、被告らによる次の各主張を排斥した点が参考になります。

(1)本件薬剤投与による血液凝固能が服用後一時的に亢進(こうしん)したとしても、休薬期間中に正常に復するため、これを継続的に投与しても、血栓症発症のリスクが高まることはないし、現に原告Aが本件血栓症を発症した日の凝固素因に関する検査結果は全て正常であった。

(2)経口避妊薬投与による静脈血栓症の発症時期は、服用開始後1年以内が大半であり、5年以降の発症例はまれであることから、長期服用者は血栓症を発症しにくくなる。

(3)本件血栓症発症の原因は、鉄欠乏性貧血、肥満によって生じることがある静脈血うっ滞等の可能性も否定できない。

本判決でポイントになったのは、被告らが、最高裁判例による過失の推定を覆せなかった点だと考えます。

判例は、医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるとしています(最高裁平成8年1月23日判決・民集50巻1号1頁)。

この判示は、患者側でなく、医師側が過失を覆せるだけの主張・立証をしない限り、過失が認められることを意味します。

本判決においても、被告らは、過失の推定を覆すことができませんでした。

具体的には、本判決は、次の理由で被告らの主張を排斥しています。

(1)添付文書自体が本件薬剤を投与するたびに血圧を測定すべきことを求めていないこと、被告Cを含む全ての医師が問診で問題がないことを確認していることは、過失の存在を否定するものでない。

(2)平成17年ガイドラインの「経過観察中に服用を中止すべき症状や他覚所見」に本件血栓症の記載がなくても、血栓症のリスクがあることは添付文書から明らかであるし、静脈血栓は血管壁とのつながりが弱いため、形成部位から遊離して塞栓となり、他部位の血管を閉塞することもあることからすると、体内の血管のどこで血栓が生じ、どの血管を塞ぐこととなるのかを厳密に予見できなければ注意義務が否定されるものではなく、本件薬剤の投与によって本件血栓症の発症が予見できないとはいえない。

ところで、経口避妊薬の処方ミスに対して、損害額が多額であるとの印象を受ける方もいるかもしれません。

この点は、当時51歳の兼業主婦(基礎収入は平成26年度男女全学歴45~49歳の平均賃金579万3000円を認定)である原告Aに残存した後遺障害が重く、労働能力喪失率が100%と認められたことで、将来介護費7857万4409円、後遺障害逸失利益(症状固定時から就労可能年齢とされた67歳まで)6278万3375円および後遺障害慰謝料2800万円が認められた点が大きいと考えられます。

なお、本判決で認められた遅延損害金(年5分)の起算日は、債務不履行に基づく損害賠償請求(予備的請求)を追加する旨の訴えの変更申立てが被告町へ送達された日の翌日(令和5年11月18日)でしたが、もしも原告Aが当初から債務不履行に基づく請求をしていた場合は、訴状送達の翌日(平成29年10月29日)から遅延損害金が発生していたことになり、より一層多額の賠償義務が認められていたと思われます。

本判決は、医療側と裁判所側での評価の違いを学ぶ上で参考になるといえるでしょう。