手術直後の緊急再挿管後の確認義務

vol.272

手術直後の患者に対する緊急再挿管後の確認義務違反が認められた事例

東京高等裁判所 令和4年3月22日判例(判時2568号48頁)
医療問題弁護団 工藤 杏平 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

患者は、全身麻酔下で鼻中隔矯正術等を受けた後、回復不能な遷延性意識障害に陥り、その後、脳死に伴う多臓器不全を直接の原因として死亡した。

これに対し、患者の遺族が、患者から麻酔薬等の影響がなくなっているかどうかを十分に確認すべき義務があったのに、これを怠り、患者の覚醒が不十分であったのに患者から気管チューブの抜管をした過失や、呼吸維持のために視野を確保できないまま気管挿管(本件再挿管)が試みられたところ、挿管時には正しく気管挿管がされているかどうかを十分に確認すべき義務があったのに、この確認義務を怠り、気管チューブが食道に入った食道挿管の状態となっているのに気管挿管がされていると判断した過失等を主張して提訴したものの、第一審(東京地判令和元年5月23日)は、遺族の請求を認めず棄却した。

遺族はこれに対し控訴し、控訴審において、本件再挿管後に患者の血中酸素飽和度が上昇しなかったことから気管チューブが食道挿管されていることを疑い、挿管が正しくされているかどうかを直ちに確認すべき義務があったのにこれを怠り、気管挿管がされていることを前提とした措置を継続した過失等を追加して主張した。

判決

控訴審の判決では、第一審同様、抜管時の確認義務違反や、本件再挿管時の確認義務違反についてはいずれも過失が認められないと判断したものの、以下のとおり、[1]控訴審において主張を追加した本件再挿管後の確認義務違反は認められる旨判断し、[2]本件再挿管後の確認義務違反と遷延性意識障害が残ったこととの因果関係について、相当程度の可能性の限度で認める判断をした。

(1)本件再挿管後の確認義務違反について

判決では、「本件再挿管後の確認義務の存在を基礎付ける事情」として、事実経過等について認定した上で、ⅰ「気管挿管ができており、SpO2が上昇しないのは陰圧性肺水腫によるものである」との本件再挿管時およびその直後における判断は、いずれも暫定的なものであること、ⅱ一般に急変時の気管チューブの挿入が必ずしも気管への挿管として完全かつ固定的なものとはならず、挿管後の体動や体位変換等により滑脱するなどして食道挿管になる可能性が一定程度ある中で、盲目的に行われた本件再挿管につき、その可能性を医師らは認識することができたこと、ⅲ抜管後に陰圧性肺水腫を発症する可能性はかなり低いこと等を理由として、「本件再挿管時およびその直後の上記の暫定的な判断を踏まえつつ、その後も、当該挿管が食道挿管となっている可能性を常に想定して念頭に置きながら本件患者の状態を継続的に観察し、各時点における本件患者の状態およびその変化に応じて、気管チューブの挿入状態の確認をするための措置を適時に講ずべき注意義務があったものというべきである」として、本件の事実経過の下ではその確認義務を怠ったと認定した。

(2)本件再挿管後の確認義務違反と遷延性意識障害が残ったこととの因果関係について

判決では、一般論として「心停止の時間が5分間程度以上継続した場合には脳が不可逆的な損傷を受ける可能性が相当に高いものと認められる」とした上で、本件再挿管後の確認義務が履行された場合において想定される心停止の継続時間は約9分であったという認定の下、本件再挿管後の確認義務が履行された場合には、遷延性意識障害に至らなかった高度の蓋然性までは認め難いものの、各種の同種の症例や研究報告を前提に、遷延性意識障害に至らなかった相当程度の可能性があったことは認められると認定した(慰謝料600万円を認定)。

裁判例に学ぶ

(1)誤挿管による医療事故について

誤挿管(食道挿管)による医療事故は、日本安全医療調査機構の事故報告等によって注意喚起がされる事故類型ではあるものの、なかなか根絶にまでは至らない事故類型の一つかと思います。

過去の裁判例では、胃の切除手術中の患者に対して、誤って食道内に挿入し誤挿管に気付かずに執刀を開始した事例(横浜地裁小田原支部平成14年4月9日判決)などがあります。

当然ながら、気管挿管は、生命維持のために最も重要な酸素の供給を確保するものですので、酸素の供給が数分途絶すれば、脳が不可逆性の機能障害に陥るという重大な結果を生じ得ます。

本件では、誤挿管が重大な結果を生じ得る危険性がある医療行為であることを前提に、正しく気管挿管ができているとの暫定的な判断や、SpO2が上昇しないのは肺水腫によるものであるとの暫定的な判断を重ねたことについて、危険発生を回避する手段として不十分であったと評価しています。

また、挿管後の心臓マッサージ等の体動による食道挿管の可能性があることに鑑み、暫定的な判断に終始するのではなく、食道挿管となっている可能性を想定して対応すべきであったと判断されたと言えます。

さらに、確認方法については、一般的に、身体診察による方法よりも機器を使用した方法の方が客観性および信頼性が高いことを前提に、本件では、カプノメーターは利用されておらず、SpO2を確認するパルスオキシメーターの数値が、気管挿管の酸素化の効果の有無を見極めるための唯一の客観的判断材料であったにもかかわらず、当該機器のSpO2低下を知らせる警告音を軽視し、肺水腫の発症という暫定的な判断を優先したことに問題があると評価されたと言えます。

気管挿管の実施される場面は、心肺停止、心不全、脳障害等多岐にわたり、利用頻度も高いと思われますので、本件が、食道挿管事故の発生防止の参考の一助になれば幸いです。

(2)誤挿管と遷延性意識障害の因果関係について

法的な因果関係が認められるためには、過失がなければ被害結果が発生しなかった「高度の蓋然性」があることが必要とされています(最高裁昭和50年10月24日判決・判時792号3頁)。

この「高度の蓋然性」は、患者に生じた被害結果が問題となる過失行為から生じたものと証明するために必要な法的要件であり、法的因果関係が認められるためには基本的にはこの要件を立証する必要があります。

本件でも、遷延性意識障害という被害結果と本件再挿管後の確認義務違反という過失との間の因果関係の有無につき、「高度の蓋然性」があるか否かを判断しています。

結論としては、本件では「高度の蓋然性」は否定されていますが、その理由の一つとしては、心停止時間を発見者あるいは救急隊から聴取した発症状況から推定し、心停止時間別に4群に分類(心停止時間が15分未満のみに社会復帰症例があり、30分が蘇生の限界という報告があることから、A群(心停止時間15分未満)2例、B群(心停止時間15~30分未満)11例、C群(心停止時間30分以上)40例、D群(心拍再開せず)35例)し、A群は全例(2例)意識清明、B群、C群、D群では、7例にbystanderが見られたのみで、救急隊員、救急救命士の現場到着まで心肺蘇生は行われておらず、社会復帰症例は1例も見られなかったという文献の記述を参考にしています。

法的な因果関係の有無の判断にあたっては、上記のような統計上の数字が参考にされることが多く、本件も一事例判断ではありますが参考になるものと思われます。