(1)誤挿管による医療事故について
誤挿管(食道挿管)による医療事故は、日本安全医療調査機構の事故報告等によって注意喚起がされる事故類型ではあるものの、なかなか根絶にまでは至らない事故類型の一つかと思います。
過去の裁判例では、胃の切除手術中の患者に対して、誤って食道内に挿入し誤挿管に気付かずに執刀を開始した事例(横浜地裁小田原支部平成14年4月9日判決)などがあります。
当然ながら、気管挿管は、生命維持のために最も重要な酸素の供給を確保するものですので、酸素の供給が数分途絶すれば、脳が不可逆性の機能障害に陥るという重大な結果を生じ得ます。
本件では、誤挿管が重大な結果を生じ得る危険性がある医療行為であることを前提に、正しく気管挿管ができているとの暫定的な判断や、SpO2が上昇しないのは肺水腫によるものであるとの暫定的な判断を重ねたことについて、危険発生を回避する手段として不十分であったと評価しています。
また、挿管後の心臓マッサージ等の体動による食道挿管の可能性があることに鑑み、暫定的な判断に終始するのではなく、食道挿管となっている可能性を想定して対応すべきであったと判断されたと言えます。
さらに、確認方法については、一般的に、身体診察による方法よりも機器を使用した方法の方が客観性および信頼性が高いことを前提に、本件では、カプノメーターは利用されておらず、SpO2を確認するパルスオキシメーターの数値が、気管挿管の酸素化の効果の有無を見極めるための唯一の客観的判断材料であったにもかかわらず、当該機器のSpO2低下を知らせる警告音を軽視し、肺水腫の発症という暫定的な判断を優先したことに問題があると評価されたと言えます。
気管挿管の実施される場面は、心肺停止、心不全、脳障害等多岐にわたり、利用頻度も高いと思われますので、本件が、食道挿管事故の発生防止の参考の一助になれば幸いです。
(2)誤挿管と遷延性意識障害の因果関係について
法的な因果関係が認められるためには、過失がなければ被害結果が発生しなかった「高度の蓋然性」があることが必要とされています(最高裁昭和50年10月24日判決・判時792号3頁)。
この「高度の蓋然性」は、患者に生じた被害結果が問題となる過失行為から生じたものと証明するために必要な法的要件であり、法的因果関係が認められるためには基本的にはこの要件を立証する必要があります。
本件でも、遷延性意識障害という被害結果と本件再挿管後の確認義務違反という過失との間の因果関係の有無につき、「高度の蓋然性」があるか否かを判断しています。
結論としては、本件では「高度の蓋然性」は否定されていますが、その理由の一つとしては、心停止時間を発見者あるいは救急隊から聴取した発症状況から推定し、心停止時間別に4群に分類(心停止時間が15分未満のみに社会復帰症例があり、30分が蘇生の限界という報告があることから、A群(心停止時間15分未満)2例、B群(心停止時間15~30分未満)11例、C群(心停止時間30分以上)40例、D群(心拍再開せず)35例)し、A群は全例(2例)意識清明、B群、C群、D群では、7例にbystanderが見られたのみで、救急隊員、救急救命士の現場到着まで心肺蘇生は行われておらず、社会復帰症例は1例も見られなかったという文献の記述を参考にしています。
法的な因果関係の有無の判断にあたっては、上記のような統計上の数字が参考にされることが多く、本件も一事例判断ではありますが参考になるものと思われます。