[1]C医療センターについて
C医療センターは、病院としての機能を有する医療専門の刑事施設であり、全国の刑事施設から専門的な医療を必要とする被収容者を受け入れて必要な治療等を行っている。
C医療センターは、本件手術当時、MRI、CTスキャナーおよび超音波診断装置や回復室(厚生労働省医療安全対策検討会議により指針として示された集中治療室(ICU)の施設基準を全て満たすものではないが、これに準ずる医療機器や管理体制を備えたもの)といった医療機器や医療設備を有していた。
[2]術前の亡Aの肝臓の状態について
亡Aの肝臓は、本件手術前の時点で、肝機能は良好であり、肝硬変の合併はなく、その他の重篤な併存疾患も認められなかった。
[3]手術の概要等
本件手術は、5月28日午前10時23分から午後4時18分まで、C医療センターにおいて、外部から招聘(しょうへい)した外科医(執刀医)、C医療センター保健課長D医師(外科医)(助手)、C医療センター麻酔科医2人(うち1人は当直医のE医師)および看護師3人によって行われた。
手術中、執刀医が、胆囊を摘出した後、肝臓の尾側から頭側に向けて切離を進めていたところ、下大静脈への肝静脈流入部近傍から大量の静脈性出血が認められたため、執刀医は、指で圧迫して出血を制御しながら下大静脈前面から右背側の肝切離を終了し、肝右葉を腫瘍と共に摘出した。
この間、亡Aの血圧は一時40台まで低下したが、輸血および輸液ならびに昇圧薬の投与によって回復した。
また、執刀医は、下大静脈の肝静脈合流部の圧迫を30分以上かけて解除したところ、右肝静脈の縫合閉鎖部より少し頭側の下大静脈に5mm大の出血部が認められたため、縫合処置を行い、止血を確認した。
さらに、執刀医は、肝切離面や下大静脈表面および肝門部を確認したところ、出血や胆汁漏は認められず、超音波検査でも中肝静脈等の血流は良好であり、残肝の色調も良好であったことから、念のために下大静脈前面から残肝中肝静脈根部にサージセルを当てて、閉腹した。
亡Aの総出血量は4347ml、輸血総量は3880ml(赤血球輸血1680ml、FFP(新鮮凍結血漿)1200ml、5%アルブミン1000ml)、輸液総量は4600mlであった。
[4]術後の診療経過
術後、亡Aは、回復室に移され、午後5時20分ごろ、苦しいと看護師に訴えた。
午後6時50分ごろ時点の亡Aの血圧は64/43mmHg(実測で84/-mmHg)であり、本件手術後から同時点までの右横隔膜下ドレーンからの排液量は合計95mlであり、排液の性状は血性であった。
D医師は、仮に亡Aの血圧低下の原因が術後出血による循環血液量不足にあるとしても、この時点でショック状態ではなく、ドレーンからの排液量からすれば出血の程度はわずかであるため、輸液を行って循環血液量を補正すれば血圧が回復して通常の止血機能が働くと考え、血管内容量を改善する働きがある膠質液であるアルブミン液を2時間かけて投与することによって、経過観察することにした。
D医師は、午後8時ごろ時点の亡Aの血圧が81/49mmHgになったことから、改善傾向にあると考えた。
そして、D医師は、当直医のE医師に対し、午後6時50分ごろの血圧低下に対してアルブミンを投与していると伝えるとともに、E医師との間で、肝臓に負担をかけないようにするため輸血ではなく輸液を行うことを確認して、帰宅した。
E医師は、午後8時45分ごろ、亡Aを診察したところ、血圧は88/50mmHgであった。
また、E医師は、その際、午後7時30分以降尿量の増加がないとの報告を看護師から受けた。
E医師は、頻脈がないこと、ドレーンからの排液量が午後6時50分時点と比較すると減少したことなどを確認して、アルブミンの投与が終了した時点で再度診察することにした。
E医師は、アルブミンの投与が終了した後の午後9時40分ごろ、亡Aを診察したところ、同時点の血圧は56/41mmHgであった。
また、E医師は、その際、アルブミンの投与が終了したが排尿がないとの報告を看護師から受けた。
E医師は、頻脈がないこと、ドレーンからの排液量が少量であること、呼吸状態に異状がないこと、チアノーゼや腹部膨満がないことなどを確認して、血圧低下の原因は、術後出血による循環血液量不足にあるのではなく、間質液の血管外漏出による循環血液量不足または硬膜外麻酔の影響にあると考え、また、排尿減少の原因は、間質液の血管外漏出による循環血液量不足または手術後の腎障害にあると考え、経過観察することにした。
亡Aは、午後11時2分ごろ、声掛けされても開眼のみとなり、午後11時45分ごろ、高カリウム血症、貧血およびアシドーシスが認められ、翌29日午前5時39分ごろ、貧血およびアシドーシスが進行、午前6時6分ごろ、輸血開始、午前8時21分、腹部エコー検査の結果、右横隔膜下に凝血塊と考えられる高輝度の塊が認められた。
午前10時50分ごろ、C医療センター医療部長F医師は、原告らに対し、術後出血によるショック状態と考えられる旨説明した。
亡Aは、午後0時15分ごろ、血圧維持が困難な状況で、出血傾向もあり、再手術は困難とされ、午後3時10分ごろ、DIC(播種性血管内凝固症候群)の状態に陥り、翌30日午後9時44分ごろ、死亡した。
[5](術後の)過失について
(1)刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康および刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生および医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずる(刑事収容施設法56条)ところのC医療センターは、病院としての機能を有する医療専門の刑事施設であり、専門的医療提供のために必要な医療機器や医療設備を有していたのであるから、C医療センター職員の医師(矯正医官)の職務上の注意義務違反の有無を判断するにあたっては、一般の医療機関の医師と同様に、診療当時の臨床医学実践における医療水準を基準とするのが相当である。
(2)肝切除後の術後出血は、肝不全発生の契機となり得るといわれており、一度発症すると致命的になる可能性があるため、適切に対処することが必要である。
最も早期に現れる術後出血のサインは、血圧低下、頻脈、尿量減少などの循環血液量の減少を示唆するバイタルサインの変化である。
肝切除後の術後出血は、術後48時間以内に起こることがほとんどであり、出血部位は肝離断面ないしは横隔膜が多い。
術後出血を疑った場合、腹部エコー検査等を行うことによって腹腔内貯留液の量を観察することが必要である。
術後出血が生じている場合、出血部位は肝表面や脾臓周囲等に低輝度の液体として描出され、その中に高輝度の凝血塊が描出される。
さらに、ドレーンが屈曲したり、血液凝固塊等によってドレーンが閉鎖したり、ドレーンの留置位置が不適切であったりするなどの場合、出血の診断に遅れがでるため、ドレーンの慎重な観察が必要である。
再開腹の時期を逃して一度低血圧に陥ると、不可逆的な肝不全により多臓器不全に進行する危険性が高いため、低血圧に至る前に術後出血に対処することが望ましい。
(3)5月28日午後9時40分ごろ、E医師は、亡Aの再度の血圧低下の原因および尿量低下の原因が術後出血による循環血液量不足にあると考え、腹部エコー検査やCT検査等を行い、術後出血の有無を確認する注意義務を負っていたというべきである。
しかしながら、E医師は、血圧低下の原因および尿量低下の原因が術後出血による循環血液量不足にあることを疑わず、腹部エコー検査等を行わなかったのであるから、E医師は亡Aの術後出血の有無を確認する注意義務に違反したと認められる。