神経ブロック注射を用いないという選択肢についての説明義務違反と因果関係

vol.274

〜結果との因果関係を否定し、自己決定権侵害の慰謝料のみを認めた事案〜

札幌地裁 令和7年1月15日判決(令和4年(ワ)第793号)
医療問題弁護団 加藤 貴子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

本件は、手術当時72歳だった男性(原告)が、令和2年6月16日、被告病院において左膝の変形性膝関節症と診断されたため、同年8月3日に左膝の人工関節置換術単顆型(本件手術)を受けることとした。

本件手術は、全身麻酔の上、大腿神経ブロックおよび坐骨神経ブロックを用いて実施されたところ、本件術後、大腿部の膝の少し上から下腿部および足にかけては感覚が戻らず、足指および足関節が動かない状態(大腿神経麻痺および腓骨神経麻痺)が継続したことから、原告が被告病院に対し、治療費、逸失利益、入通院慰謝料および後遺症慰謝料等につき損害賠償請求をした事案である。

原告は、被告の過失として、[1]本件手術に際して神経麻痺が生じるリスクの説明義務違反、[2]神経ブロックの説明とこれを用いない選択肢の説明義務違反、[3]全身麻酔下および深い鎮静下での神経ブロックを回避すべき注意義務違反、[4]神経ブロックを回避すべき注意義務違反を主張した。

判決

1. 原告の主張した注意義務違反は前記[1]~[4]であるが、裁判所は、[2]の説明義務違反のみを認定した。

そこで、本稿でも同注意義務違反および因果関係を中心に記載する。

なお、[1]については、合併症として下肢の神経麻痺を事前に説明すべき義務があるとしながら説明義務違反を否定し(原告は、説明がなされた上で、同意して本件手術を受けたと判断された)、[3][4]については、各注意義務自体を否定した。


2.神経ブロックの説明とこれを用いない選択肢の説明義務違反の有無([2])について

E医師の意見書は、神経ブロックを用いなくとも手術は可能であり、神経ブロックを行うことで当然神経障害は想定されるのでその説明は必須であるし、神経ブロックに関しては鎮痛のオプションであるから、患者側に施行の有無に関して選択権があると指摘するほか、日本臨床麻酔学会のシンポジウムにおける報告である『神経ブロックの普及で必要とされるインフォームドコンセント』も、末梢神経ブロックは鎮痛のオプションであり、患者側に施行の有無に関して選択権があると指摘する。

さらに、神経ブロックの合併症として神経障害が挙げられており、その発生率については、神経症状の継続期間による分類の有無や期間の区切り方の差、実施された神経ブロックの種類との関係もあってさまざまな数値の報告があるものの、種類別で見ると、大腿神経ブロックについては、0.34%(約300例に1例)、坐骨神経ブロックについては0.41%(約250例に1例)であり、一定程度の頻度で発生する障害であることがうかがわれる。

このように、本件手術における麻酔の方法について、全身麻酔および神経ブロックによる手法または全身麻酔のみによる手法の二つのパターンが考えられ、鎮痛の程度に差が出るとしても、本件手術において神経ブロックを用いない方法を取ることができる中にあって、神経ブロックには一定の割合で神経損傷の合併症が想定され、神経麻痺のリスクがあることからすると、原告の自己決定権の観点から、原告に対し、神経ブロックを用いず、全身麻酔のみで手術を行う選択肢があることを示す義務があると言うべきとし、原告に対し、神経ブロックを併用せず全身麻酔のみで手術を行う方法があるとの選択肢を示さなかったという説明義務違反を認めた。


3.説明義務違反との因果関係について

[2]の説明義務違反と原告の神経麻痺との因果関係について、原告は、本件手術を受けるとしても、神経ブロックで下肢に麻痺が残るリスクの説明を受け、神経ブロックを施行せずとも本件手術が可能であると説明を受けていれば、神経ブロックを行わない手術を選択したと主張する。

そして、原告は、これまでの治療経験等から、痛みに強く、選択肢を示されれば神経ブロックを使用しなかった旨供述する。

しかし、原告は、平成29年ごろには変形性膝関節症を発症していたものの、約3年間にわたって一度も本件病院に通院せず、令和2年6月に通院を開始したところ、原告の膝関節の関節裂隙は消失し、広範囲の骨棘を認め、可動域制限はマイナス20度ないし90度までの状態であった。

そして、原告は、3年ぶりに本件病院を受診した6月16日に本件手術を受けることを決め、仕事の都合がつきやすい時期の手術を指定している。

このような経緯からすると、原告は、同日に通院した時点で、変形性膝関節症に対する手術を希望していたと認めることができる。

また、原告の既往との関係で、本件手術において、全身麻酔薬の使用量を減らす必要性があった。

そうすると、神経ブロックは鎮痛の選択肢にすぎないとしても、原告が手術を希望していたこと、原告の既往歴等から全身麻酔薬の使用量を減らすために神経ブロックも併用することが合理的であることからすると、仮に原告が神経ブロックを使わない方法について説明を受けていたとしても、手術を希望する原告が神経ブロックを使わない方法を選択していたと合理的に推認することはできず、したがって、因果関係は認められないと判断した。


4.損害について

神経ブロックを用いない選択肢の説明義務違反と神経麻痺との間の因果関係を認めることができないものの、同説明義務違反により、原告は、本件手術に際しての自己決定権を侵害されたものと評価すべきである。

全身麻酔薬に加えて神経ブロックを使用する合理的な理由があったことなどからすると、説明義務違反による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては50万円が相当であるとした。

裁判例に学ぶ

本件は、神経ブロックを用いないという選択肢も説明すべきだったのに、それを怠ったとして説明義務違反を認定した上で、神経麻痺という結果との因果関係は否定し、自己決定権侵害の慰謝料のみを認めた事例です。

医師による説明は、当該患者が治療の方針を選択、決定するために必要かつ十分な内容である必要があります。

本件では、原告が虚血性心疾患の既往を有していたこととの関係で、全身麻酔の使用量を減らすために神経ブロックを併用する方法自体には、合理性が認められていますが([3][4]の注意義務自体を否定)、説明との関係では、神経ブロックを併用しない場合の難点を説明した上で原告に選択肢を示す義務があることと矛盾するものではないとされており、患者の選択、同意に影響する説明の重要性が改めて示されていると言えます。

また、すでに実際の医療現場においては、説明に際して、患者の理解度に応じて平易な言葉で説明したり、本件で医師が行ったように同意書の重要な部分に印をつけたりするなどの配慮をされていることが多いかと思いますが、患者が説明を理解していることも重要なポイントになります。

さらに、説明義務違反と結果との因果関係の有無については、「医師の説明義務が尽くされていれば、当該患者はその治療を選択しなかったと言えるか」という観点で判断されます。

裏返して言えば、「医師の説明義務が尽くされていたとしても、当該患者がその治療を選択した」と言えれば、結果との因果関係は否定されます。

どのような事情が考慮要素となるかは個別判断によりますが、例えば、元々治療を受けることに積極的であった、セカンドオピニオン等ですでに正しい情報を得ていたなどの事情が考えられます。

近年ではAIやインターネット上の情報を得てから、受診される方も多いと思いますが、正しい情報を正しく理解しているかの確認も必要になってくると思われます。