1. 原告の主張した注意義務違反は前記[1]~[4]であるが、裁判所は、[2]の説明義務違反のみを認定した。
そこで、本稿でも同注意義務違反および因果関係を中心に記載する。
なお、[1]については、合併症として下肢の神経麻痺を事前に説明すべき義務があるとしながら説明義務違反を否定し(原告は、説明がなされた上で、同意して本件手術を受けたと判断された)、[3][4]については、各注意義務自体を否定した。
2.神経ブロックの説明とこれを用いない選択肢の説明義務違反の有無([2])について
E医師の意見書は、神経ブロックを用いなくとも手術は可能であり、神経ブロックを行うことで当然神経障害は想定されるのでその説明は必須であるし、神経ブロックに関しては鎮痛のオプションであるから、患者側に施行の有無に関して選択権があると指摘するほか、日本臨床麻酔学会のシンポジウムにおける報告である『神経ブロックの普及で必要とされるインフォームドコンセント』も、末梢神経ブロックは鎮痛のオプションであり、患者側に施行の有無に関して選択権があると指摘する。
さらに、神経ブロックの合併症として神経障害が挙げられており、その発生率については、神経症状の継続期間による分類の有無や期間の区切り方の差、実施された神経ブロックの種類との関係もあってさまざまな数値の報告があるものの、種類別で見ると、大腿神経ブロックについては、0.34%(約300例に1例)、坐骨神経ブロックについては0.41%(約250例に1例)であり、一定程度の頻度で発生する障害であることがうかがわれる。
このように、本件手術における麻酔の方法について、全身麻酔および神経ブロックによる手法または全身麻酔のみによる手法の二つのパターンが考えられ、鎮痛の程度に差が出るとしても、本件手術において神経ブロックを用いない方法を取ることができる中にあって、神経ブロックには一定の割合で神経損傷の合併症が想定され、神経麻痺のリスクがあることからすると、原告の自己決定権の観点から、原告に対し、神経ブロックを用いず、全身麻酔のみで手術を行う選択肢があることを示す義務があると言うべきとし、原告に対し、神経ブロックを併用せず全身麻酔のみで手術を行う方法があるとの選択肢を示さなかったという説明義務違反を認めた。
3.説明義務違反との因果関係について
[2]の説明義務違反と原告の神経麻痺との因果関係について、原告は、本件手術を受けるとしても、神経ブロックで下肢に麻痺が残るリスクの説明を受け、神経ブロックを施行せずとも本件手術が可能であると説明を受けていれば、神経ブロックを行わない手術を選択したと主張する。
そして、原告は、これまでの治療経験等から、痛みに強く、選択肢を示されれば神経ブロックを使用しなかった旨供述する。
しかし、原告は、平成29年ごろには変形性膝関節症を発症していたものの、約3年間にわたって一度も本件病院に通院せず、令和2年6月に通院を開始したところ、原告の膝関節の関節裂隙は消失し、広範囲の骨棘を認め、可動域制限はマイナス20度ないし90度までの状態であった。
そして、原告は、3年ぶりに本件病院を受診した6月16日に本件手術を受けることを決め、仕事の都合がつきやすい時期の手術を指定している。
このような経緯からすると、原告は、同日に通院した時点で、変形性膝関節症に対する手術を希望していたと認めることができる。
また、原告の既往との関係で、本件手術において、全身麻酔薬の使用量を減らす必要性があった。
そうすると、神経ブロックは鎮痛の選択肢にすぎないとしても、原告が手術を希望していたこと、原告の既往歴等から全身麻酔薬の使用量を減らすために神経ブロックも併用することが合理的であることからすると、仮に原告が神経ブロックを使わない方法について説明を受けていたとしても、手術を希望する原告が神経ブロックを使わない方法を選択していたと合理的に推認することはできず、したがって、因果関係は認められないと判断した。
4.損害について
神経ブロックを用いない選択肢の説明義務違反と神経麻痺との間の因果関係を認めることができないものの、同説明義務違反により、原告は、本件手術に際しての自己決定権を侵害されたものと評価すべきである。
全身麻酔薬に加えて神経ブロックを使用する合理的な理由があったことなどからすると、説明義務違反による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては50万円が相当であるとした。