病理医と臨床医の責任

vol.276

〜低分化腺がん・グループVと病理診断され胃亜全摘手術をしたところ、切除標本にはがんが存在しなかったケースで、担当医の責任が肯定された事例〜

東京地方裁判所 平成23年5月19日判決 判例タイムズ1368号178頁
医療問題弁護団 渡邊 隼人 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

Xは、平成18年7月14日(以下、平成18年の年表記は省略する。)、A病院で受けた一般健診の上部消化管造影検査で胃前庭部粘膜の不整を疑われ、同月27日、Y病院消化器内科外来を受診した。

8月2日、XはY病院において上部消化管内視鏡検査を受け、胃体中部小彎に台状挙上を呈する腫瘍性病変が確認された。

同検査の際、同病変の部位などに対し組織生検が行われた。

8月4日、Y病院で病理診断を担当していたB医師は、この生検材料について病理組織検査を行い、低分化腺がん、グループVと診断した。

9月7日、Xは、上部消化管内視鏡検査を受けたところ、前回確認された病変部の台状挙上は消失しており、同部位に発赤した不整な粗造粘膜病変が確認されたのみであった。

同検査を担当した医師は病変部近傍の2カ所、計4個のクリッピングを行い、各クリッピング箇所の付近から組織生検を行った。

Y病院の担当医は、発赤した病変を0-IIc型(表面陥凹型)と判断し、がんが粘膜下に浸潤したものと考えた。

9月8日、前日に採取された2個の生検組織についてB医師が病理組織検査を行った。

この結果、B医師は、中間帯胃粘膜・胃底腺領域粘膜であり、いずれも中等度の炎症細胞浸潤を認め、胃炎・グループIであると診断した。

9月12日、Xは、腹腔鏡下胃亜全摘手術(胃の噴門部側5分の1を残し、幽門部側5分の4を切除)およびリンパ節郭清手術(以下、併せて「本件手術」という。)を受けた。

その後、切除されたXの胃から作成された標本には、がんが存在しないことが確認された。

判決

1. 病理医の責任

本件生検標本については、(1)異型細胞が見られたこと、(2)粘膜組織の正常な構造の破壊と評価し得る所見があったこと、(3)異型細胞が索状に相互接着性を示して増生していると評価し得る所見があったことが認められるから、B医師には、上皮性由来の悪性腫瘍であると判断するに足る根拠があり、かつ、II型の胃がんであるという内視鏡所見と矛盾しているとはいえないから、B医師の診断には、合理的根拠があると認められる。

そして、病理学的診断に当たっては、どの組織型の所見が最も優勢であるかを見て、いくつかの各論的な悪性基準を総合的に判定することが求められており、具体的、明確な基準があるものではなく、病理担当の医師の経験に基づく総合的な判断が行われるものであることからすれば、B医師が、異型細胞が索状に相互接着性を示して増生している状況に着目して、上皮様配列と評価し、グループVと判断したことが誤りとは認められず、事後的に見ればB医師によるこの上皮様配列に対する評価が結果と齟齬(そご)したからといって、その診断に確実な根拠がなかったと推認することはできない。

また、B医師が、本件生検標本から、グループVと判断したことが誤りとは認められない以上、B医師がさらに別の標本を作成したり、免疫染色などを行ったりしなかったからといって、B医師の診断が十分な根拠を欠くものであったということはできない。

よって、B医師の本件生検標本に対する当初の病理診断において注意義務違反があったとまではいえない。

2. 臨床医の責任

8月2日時点で確認されたII型腫瘍と考えられた原告の胃の病変が、内視鏡検査においてわずか1カ月程度の間に通常の胃がんでは見られないような形態変化を来していたのであるから、被告病院の臨床の担当医師は、病理診断の結果を絶対視することなく、外科的手術の実施に先立ち、病理医と相談するなどして、症例について再検討すべき注意義務を負うというべきである。

具体的には、本件においては、被告病院の臨床の担当医師は、B医師に対して、胃の病変部の内視鏡による肉眼的所見が変化したことを連絡し、本件生検材料について胃がんと確定診断するに足る所見があるか否かについて確認し、再検討すべきであったと認められる。

しかしながら、被告病院の臨床の担当医師らは、再検討することなく手術に踏み切ったものであり、手術前総合診断における注意義務違反があることが認められる。

裁判例に学ぶ

本件は術前の病理組織検査にて、低分化腺がんと診断されていたため、胃亜全摘手術に及んだところ、実際にはがん細胞がなかったため賠償請求を受けたという事案である。

胃癌取扱い規約【第13版】では、グループIからグループVに分類される。

このうち、グループIは「正常組織、および異型を示さない良性(非腫瘍性)病変(正常胃固有粘膜、腸上皮化生粘膜および異型を示さない良性病変)」、グループIIは「異型を示すが、良性(非腫瘍性)と判定される病変(胃固有粘膜、腸上皮化生粘膜および良性病変において異型を示すもの)」、グループIIIは「良性(非腫瘍性)と悪性との境界領域の病変(細胞異型および構造異型の点で、良性か悪性かの鑑別が困難なもの)」、グループIVは「がんが強く疑われる病変(がんが強く疑われるが、がんの確定診断を下し得ないもの)」、グループVは「がん(がんと確実に診断される病変)」とされている。

本件では、術前の病理組織検査にて、低分化腺がん・グループVと診断されたことから、担当医としては病理組織検査でグループV・確定診断とされているため、それを前提に外科手術に踏み切ったというもので、病理医と、臨床医のそれぞれの責任が問題となった。

病理医については、グループV、つまり「がんと確実に診断される病変」と診断したにもかかわらず、結果としてがんではなかったため、グループVと診断するだけの確実な根拠の有無が問題となったが、結論として、病理医の診断結果は根拠を欠くとはいえないとして、その責任を否定している。

他方で、担当医の責任は肯定されている。

具体的に問題となったのは、手術直前に行った上部消化管内視鏡検査にて1カ月前に確認された病変部の台状挙上が消失していたため、手術前に改めて胃がんであったのか再検討すべきだったかどうかである。

被告病院は、胃がんであることを疑うべき所見は見られず、悪性サイクルの知識を用いて形態変化(病変部の台状挙上の消失)を合理的に説明できたのであるから、再検討しなかったことは注意義務違反にはならないと主張したが、外観上隆起していたものが消失することは普通ではないこと、本件が典型的な悪性サイクルには該当しないことから、形態変化について合理的な説明ができるとした被告の主張は排斥され、担当医の責任が肯定された。

本件は結果的にがんではなかったという結果ゆえに担当医の責任が認められたわけではなく、手術直前に行われた上部消化管内視鏡検査の結果からすれば、当初の病理診断の再検討をすべきだったとされたもので、あくまで術前の病理診断に疑義を生じさせる事情が発生したがゆえに担当医の責任が認められたものである。

グループVは「がんと確実に診断される病変」と評価されるものであるから、その病理診断結果を信用して治療計画を組み立てることは本件でも問題視されていない。

しかし、疑義を生じさせる事情があった以上、グループVとの病理診断が出ていたとしても、それを妄信せず再検討することが求められているのである。

本件は、病理診断で確定するわけではなく、最終的には担当医が諸事情から判断する必要があることを示した裁判例として参考になる。