1. 「自己の指示」が過失の物差しになる
本件では、医学的ガイドラインだけでなく「その時に当該医師が下した具体的な指示」も重視された。
被告は、16時30分頃に末梢圧(マンシェット)では70mmHgを維持し、その後90mmHgに回復していると主張したが、A医師が「80mmHg以上で管理」と指示していたことが、医師らの義務を画定する基準となった。
この場合には、指示範囲を逸脱した際に直ちにアクションを起こさなかった理由が、明らかな機器故障や他疾患の確定診断といった合理的なものでない限り、過失を免れることは困難である。
そのため、術後管理の指示を出す際は、「この数値を下回ったら何をすべきか」という具体的な対応まで含めて指示しておくことが望ましいこととなる。
2. 「疑い」の閾値は数値ではなく文脈と時間経過で下がる(正常性バイアスに注意)
本判決は、16時と16時30分というわずか30分の違いで過失の有無を分けている。
時間経過とバイタルのトレンド(血圧低下の持続・指示範囲からの逸脱)、臨床症候(腰痛・腹部膨満・せん妄)、検査値(Hbの低下)といった所見が重なることによって、疑いの閾値は急速に下がることがあり、過失という前方視的な法的評価についても、この「積み重ね」を元にした総合判断となることを意識する必要がある。
たとえば「最初は麻酔の影響と判断した」という事実は、その後の急激な悪化を放置したことを正当化しない。
心理学でいう「正常性バイアス」(異常な事態を正常の範囲内と解釈しようとする認知の歪み)は、術後管理の現場では危険を招くことになることに特に注意が必要である。
3. AラインとマンシェットのBPの乖離を「機械のせい」で終わらせない
裁判所は、重症患者の管理においては、持続的に血圧を測ることができるAラインは有用であって、歴史的にもICUにおける循環管理はAラインによる血圧を指標として行われてきたとした。
他方で、非観血的な末梢圧(マンシェット)による血圧を指標として重症患者の管理が行えるかは明らかになっていないとした。
被告は、「基本的にはAラインを指標として、Aラインが当てにならないときはマンシェットで測定するように指示していた」と主張したが、現場において、AラインとマンシェットのBPに乖離がある場合に、より高い数値となっているマンシェットの方を信じたくなる心理も正常性バイアスとなりうることを意識すべきである。
測定系の調整と並行して、原因疾患のスクリーニング(エコーや造影CT等)を組み込む運用が、安全面でも法的リスク管理の面でも合理的である。
4. エスカレーションとバックアップ体制は施設の問題として設計する
本件では、執刀医が別手術中であり、HCU・ICUでの急変に即応できる医師が事実上不在という体制上の問題が背景にあった。
石灰化が強く脆い血管を縫合した以上、術後出血確認のためのインフォメーションドレーンを置くべきだったともいえるが、単なる個別医師の注意義務にとどまらず、術後急変時の呼び出しルール・上級医と当直医の責任分界・再開腹判断のプロトコル・画像検査へのアクセスを含む施設全体の即応性が問われているという点を、本判決から読み取る必要がある。