腹部大動脈人工血管置換術後の管理に過失があり、出血性ショックで患者が死亡したことについて損害賠償請求が認められた事例

vol.277

名古屋地方裁判所 令和5年1月20日判決(医療判例解説109号)
医療問題弁護団 宇都宮 隆展 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。

事件内容

本件は、腹部大動脈瘤に対しY病院で腹部大動脈人工血管置換術を受けた66歳男性が、術後数時間で腹腔内出血による出血性ショックで死亡した事案である。

術中、左総腸骨動脈は全周性石灰化のため吻合不能と判断され離断後に二重連続縫合で閉鎖され、左外腸骨動脈と人工血管左脚との端側吻合が行われた。

14時50分にHCU帰室。

動脈圧109mmHg、末梢圧133mmHg、Hb9.5g/dL。

A医師は動脈圧80~120mmHg管理を指示。

腹部膨満感があり、患者は20分ごとに腰痛・尿意を訴えていた。

16時頃から動脈圧が70~80mmHg台に低下、末梢圧90mmHg台、Hb9.1g/dL。

執刀中のA医師へ連絡し輸液指示を受けるにとどまった。

16時30分頃、動脈圧が40mmHg台に急落、せん妄による体動が出現しICUへ移送。

担当看護師はAライン固定を調整したが動脈圧は60mmHg台にとどまった。

17時11分、A医師がICU訪室。

末梢圧70mmHg台、Hb8.5g/dLを確認し初めて術後出血を疑い、輸血(RBC・FFP)・細胞外液全開・ノルアドレナリン投与を開始したが奏効せず。

17時53分から上級医(C医師)の判断を経て開腹止血術が試みられたが、18時48分に死亡確認。

病理解剖により、死因は左総腸骨動脈縫合閉鎖部からの出血による出血性ショックと確認された。

判決

争点は、[1]16時頃の時点で大量出血を疑い追加検査・再開腹を行うべきかという注意義務があったか、[2]16時30分頃はどうか、[3]適切な対応がなされていれば救命できたという因果関係があるか、の3点である。

裁判所は、出血性ショックの判断において収縮期血圧90mmHg以下が目安となること、そしてショック診断は血圧のみでなく意識・心拍数・呼吸数等の臨床像の総合評価であることを前提としている。

(1)注意義務違反(過失)の認定

ア 16時頃——過失否定

この時点では、末梢圧は90mmHg台を維持しており、心拍数・呼吸数・意識状態にも著変なく、Hbの軽度低下のみで直ちに大量出血を強く疑う段階とはいえないとして、過失を否定した。

硬膜外麻酔による末梢血管拡張が術後低血圧に関与する可能性にも言及し、輸液投与による経過観察を選択したことは不合理ではないとされた。

イ 16時30分頃——過失肯定

一方、16時30分頃については過失を認めた。

裁判所が重視したのは以下の3点である。

第一に、自己の指示からの著しい逸脱である。

A医師が「80~120mmHgで管理」と指示していたにもかかわらず、動脈圧が40mmHg台、末梢圧すら70mmHg台まで低下し、輸液後も血圧低下が継続した。

指示範囲を大幅に逸脱した状態でなぜ直ちに追加アクションをとらなかったかが問題視された。

第二に、せん妄を出血性ショックの徴候と認定した。

激しい体動やせん妄は、平均血圧の低下(50mmHg以下)に伴う脳血流低下、すなわちショック基準に含まれる意識障害として評価された。

せん妄の出現は単なる術後合併症ではなく出血の警告サインであったと認定されている。

第三に、多くの出血患者で血液量の30%以上が失われるまで血圧は低下しないとされていることからすれば、16時30分の時点で、血圧等の点から患者が大量出血を起こしていると疑うことは十分に可能であったとしている。

なお、裁判所は、心拍数や呼吸数が増加していなかったという被告側の主張について、高齢者が急速に大量出血したときは代償機構が働きにくく、バイタルサインに変化が出にくいという医学的知見を踏まえて、これを退けている。

以上から、16時30分の時点においてY病院医師らには腹部CT等を実施し、可及的速やかに開腹止血術を実施すべき注意義務があったとして、過失を認めた。

(2)因果関係の認定

多くの出血患者で血液量の30%以上が失われるまで血圧は低下しないとされていることからすれば、16時30分頃に腹部CT等を実施していれば大量の腹腔内出血を診断でき、直ちに開腹止血術に移行していれば救命できた高度の蓋然性があるとして、死亡との因果関係を肯定した。

(3)結論

裁判所は、原告の請求をほぼそのとおり認容した。

裁判例に学ぶ

1. 「自己の指示」が過失の物差しになる

本件では、医学的ガイドラインだけでなく「その時に当該医師が下した具体的な指示」も重視された。

被告は、16時30分頃に末梢圧(マンシェット)では70mmHgを維持し、その後90mmHgに回復していると主張したが、A医師が「80mmHg以上で管理」と指示していたことが、医師らの義務を画定する基準となった。

この場合には、指示範囲を逸脱した際に直ちにアクションを起こさなかった理由が、明らかな機器故障や他疾患の確定診断といった合理的なものでない限り、過失を免れることは困難である。

そのため、術後管理の指示を出す際は、「この数値を下回ったら何をすべきか」という具体的な対応まで含めて指示しておくことが望ましいこととなる。

2. 「疑い」の閾値は数値ではなく文脈と時間経過で下がる(正常性バイアスに注意)

本判決は、16時と16時30分というわずか30分の違いで過失の有無を分けている。

時間経過とバイタルのトレンド(血圧低下の持続・指示範囲からの逸脱)、臨床症候(腰痛・腹部膨満・せん妄)、検査値(Hbの低下)といった所見が重なることによって、疑いの閾値は急速に下がることがあり、過失という前方視的な法的評価についても、この「積み重ね」を元にした総合判断となることを意識する必要がある。

たとえば「最初は麻酔の影響と判断した」という事実は、その後の急激な悪化を放置したことを正当化しない。

心理学でいう「正常性バイアス」(異常な事態を正常の範囲内と解釈しようとする認知の歪み)は、術後管理の現場では危険を招くことになることに特に注意が必要である。

3. AラインとマンシェットのBPの乖離を「機械のせい」で終わらせない

裁判所は、重症患者の管理においては、持続的に血圧を測ることができるAラインは有用であって、歴史的にもICUにおける循環管理はAラインによる血圧を指標として行われてきたとした。

他方で、非観血的な末梢圧(マンシェット)による血圧を指標として重症患者の管理が行えるかは明らかになっていないとした。

被告は、「基本的にはAラインを指標として、Aラインが当てにならないときはマンシェットで測定するように指示していた」と主張したが、現場において、AラインとマンシェットのBPに乖離がある場合に、より高い数値となっているマンシェットの方を信じたくなる心理も正常性バイアスとなりうることを意識すべきである。

測定系の調整と並行して、原因疾患のスクリーニング(エコーや造影CT等)を組み込む運用が、安全面でも法的リスク管理の面でも合理的である。

4. エスカレーションとバックアップ体制は施設の問題として設計する

本件では、執刀医が別手術中であり、HCU・ICUでの急変に即応できる医師が事実上不在という体制上の問題が背景にあった。

石灰化が強く脆い血管を縫合した以上、術後出血確認のためのインフォメーションドレーンを置くべきだったともいえるが、単なる個別医師の注意義務にとどまらず、術後急変時の呼び出しルール・上級医と当直医の責任分界・再開腹判断のプロトコル・画像検査へのアクセスを含む施設全体の即応性が問われているという点を、本判決から読み取る必要がある。