臨床経験は産業医でも活きる。脳卒中の最前線から、予防・健康経営の領域へ

公開日:2024/07/09

臨床経験は産業医でも活きる。脳卒中の最前線から、予防・健康経営の領域へ

民間医局の転職支援サービスを利用して転職された先生へエージェントがインタビューし、転職活動の体験談をお届けする本企画。今回は脳神経内科医としてキャリアを積まれた後、未経験で江崎グリコ株式会社(以下グリコ)の産業医に転職された藤並潤先生にお話を伺いました。

藤並先生は京都府立医科大学神経内科に入局後、大学病院や関連病院で研鑽を積み、国内留学や大学院進学、論文発表もされています。

産業医は大変人気の高い働き方ですが、未経験から常勤産業医への転職は一筋縄ではいかない実態もあります。そこで気になる日々の業務内容や、臨床現場と企業で働く違いについて語っていただきました。産業医をお考えの先生はぜひご覧ください。

藤並潤先生

江崎グリコ株式会社 産業医
藤並 潤(ふじなみ・じゅん)

2006年京都第一赤十字病院、2007年京都府立医科大学附属病院で初期臨床研修を行う。2008年に同大学神経内科に入局、京都第二赤十字病院、国立循環器病センター、京都府立医科大学附属病院を経て、2020年より京都第二赤十字病院脳神経内科医長。2024年2月より現職。
日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本神経学会認定神経内科専門医・指導医、日本脳卒中学会認定脳卒中専門医・指導医の資格を持つ。

民間医局 船元

民間医局 コンサルティンググループ
第3エリア マネージャー

船元 晃拓(ふなもと・あきひろ)

2016年、株式会社メディカル・プリンシプル社入社。関西エリアを担当し毎年100名以上の医師の転職支援を行っている。2023年11月より現職。

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脳卒中の最前線で感じた、遅きに失している感覚

民間医局 船元
藤並先生は脳卒中がご専門ですが、産業医の仕事に惹かれるきっかけはどのような点だったのでしょうか。

藤並先生
産業医の仕事を選ぶまで、紆余曲折がありました。まず、脳卒中・脳神経内科を専門として臨床医を続けている間に、「遅きに失している」「後手に回っている」感覚が強まってきていたということがあります。

脳卒中、とくに脳梗塞治療の進歩は目覚ましく、超急性期に治療することで患者さんの予後が劇的に良くなるようになりました。しかしその一方で、来院時にはすでに脳梗塞が完成してしまっている方や、治療を受けても重篤な後遺症が残る方、最悪の場合には亡くなられる方も、残念ながら、少なからずおられます。脳卒中以外でも、アルツハイマー型認知症、その他の神経変性疾患などは一度発症してしまうと、原則として治ることはありません。

遅きに失している感覚というのはつまり、発症後の対応には超えられない壁、限界があるという感覚です。脳卒中や認知症は発症そのものを減らしたり、遅らせたりすることこそが重要である、と考えるようになりました。

船元
脳神経内科医として、まさに順風満帆なキャリアを歩んでいらした先生が産業医に転身された背景には、何か強い思いがあるのかなと感じておりました。臨床医を続ける以上に「予防」に魅了されていった、ということでしょうか。

藤並先生
そうですね。病院で患者さんを治療することは大事で、やりがいもありますが、私の中で脳卒中や認知症の予防に携わる仕事をしたいという思いが募っていきました。

ちょうどそのころ、お世話になった先生からのお誘いで、教授の了承もいただき、関連病院ではない病院への異動準備をしていました。しかし、コロナ禍もあって延び延びに……。ようやく時期が巡ってきたため、当時の常勤先だった京都第二赤十字病院を退職したのが2023年3月です。

船元
民間医局にご登録いただいたのは、2023年4月でしたね。

藤並先生
はい。異動が夏ごろの予定でしたので、3ヶ月ほど時間を作れました。その間に、興味のある一次予防や、これまでにない経験をしようと考えたんです。この時期はスポット勤務をたくさん経験させていただきました。

巡回健診や美容皮膚科、有料老人ホームの健康管理……。今までと全く違う領域でしたが、やってみないとわからない性分ですので。その点、民間医局さんが幅広く紹介してくださったので、感謝しています。

船元
こちらこそ、ありがとうございます。健診や人間ドックの求人で、たくさんご勤務いただきました。

藤並先生
健診は予防の分野ですから大変興味があったので、とても勉強になりました。

当時、健診で診た方の50人に一人くらいは、何らかの異常を見つけることができていたんですね。その時は自分が勤務した甲斐があったなと思うんですが、後になって「あの人は病院に行っただろうか?」と気になってしまって。健診業務では、一人の方を長い期間見続けて有効な一次予防を実現するのは難しいな、と思いました。

産業医を選んだのは今一番やりたいことに近いから。大急ぎで資格取得へ

船元
民間医局にご登録いただいた当初は、産業医はお考えではなかったですよね。

藤並先生
登録時点では、異動までの間のアルバイトを探していましたからね。

ところが、予定していた夏の異動が先方の都合で立ち消えになってしまいました。臨床医に戻るか迷いもありましたが……。そのころには「自分が今、一番やりたいのは予防や生活習慣改善だ」ということがある程度見えていました。

私の父が産業医の仕事もしているのですが、異動がなくなったことを話すと、「役に立つから、産業医資格を取っておけば」と勧められました。よく考えてみると、産業医学の分野はまさしく自分が考えていた一次予防に繋がります。それに、社会で働く方たちの健康推進にも役立てるのではないかと思いました。

それから大急ぎで動きました。各地で開催される研修会に手当たり次第に申し込み、2ヶ月ほどで全ての単位を取ることができました。

船元
数ヶ月間のアルバイト経験やお父様のお言葉が、先生のキャリアプランに大きな変化をもたらしたのですね。

藤並先生
おっしゃるとおりです。臨床医を長年やってきて胸の奥に溜まっていた想いが、環境の変化で一気に形になりました。得難い経験です。

船元
そこで当社から、グリコ様を紹介させていただきました。グリコ様の第一印象を教えていただけますか?

藤並先生
民間医局のWebサイトに求人情報が掲載されていますよね。企業名は出ていないのですが、いくつも求人が並ぶなかで、ひときわ熱量の高い文章に惹かれました。「健康経営をしたい」「生活習慣病を何とかしたい」という熱い想いが感じられて、「ここに行きたいです」とエージェントの方にお願いしました。

船元
最初から第一候補でしたよね。グリコ様との面接は、いかがでしたか?

藤並先生
面接前に一度、業務内容や現状について詳しく伺う機会をいただきました。すると、想像以上に生活習慣病の社員が多く、がんや脳卒中の治療をされている社員も相当数おり、衝撃でした。これは確かに、何か手を打たなくてはいけないと。

私はそれまで動脈硬化の最終段階に至って脳卒中を発症した患者さんを多数診てきました。実際に脳卒中になった方を診てきた実感をもって業務にあたれば、説得力を持って社員の皆さんと接することができ、ひいては健康推進に寄与できるのではないか、と考えました。

面接自体は、今だから言えますが、緊張しました(笑)。医局人事でも面談することはありますが、企業の面接は全く違うなと感じました。

船元
企業の面接を受ける先生方は皆さん、同じようにおっしゃいます。

藤並先生
そうですよね。医局人事ですと落とされることはまずないという前提で面接を受けますが、企業の場合は、「この人は産業医として力を発揮できるのだろうか?」と厳しい目で見られる。

船元
背景にあるのが、年収額に対する感覚の違いです。臨床医にとって、たとえば年収1,200万円や1,500万円といった額は珍しくありません。ところが企業になると、役員クラスの年収に該当します。つまり産業医には、役員を担えるくらいの力量やお人柄が期待されます。

藤並先生
だから採用の過程でも、厳しい目線で見られるのですよね。

企業で受け身は通じない、自ら存在価値を示す

船元
グリコ様といえば、日本のリーディングカンパニーです。健康経営でもトップランナーの企業に産業医未経験で入られました。入社された印象はいかがでしょうか?

藤並先生
皆さん、優秀な社員ばかりで驚きと勉強の日々です。健康推進グループにはベテラン産業医の先輩、保健師さんやスタッフさんで構成されていますが、本当に良い人たちばかりでありがたいです。

先輩の先生は東京にいらっしゃって、産業医の大ベテランです。臨床医時代は自分で判断してやってきましたが、今は何か迷うことがあれば、すぐに相談させていただくようにしています。なにしろ私は産業医としてスタートしたばかりですので、思い込みで走ってしまわないように意識しています。

船元
先輩に相談できるのは、ありがたい環境ですね。

藤並先生
あとは私の意識も、変わってきました。

病院、とくに救急外来は患者さんから来てくれますので、勤務医時代はある意味、受け身でいい側面がありました。しかし企業ではそうはいかず、受け身では存在価値がなくなってしまいます。自ら価値を示し、社員からも「産業医はこんな風に頑張っているんだな」と思っていただけるようになりたいです。想いと実力がまだまだ釣り合っていませんが(笑)

船元
そんなことはないと思いますよ。

我々も毎年健康診断を受けますが、面倒だなと思ってしまいがちです。大企業になればなるほど、そういう社員さんもいらっしゃるのではないでしょうか。そこで健康推進グループがどう手腕を振るうかが、企業の命運を大きく変えると言っても過言ではないですね。

産業医業務に、脳神経内科の専門性や研究の経験が活きる

船元
現在のグリコ様において、産業保健の方針はどのようなものでしょうか?

藤並先生
健康経営を掲げて10年も経っていませんので、まだ手が届かない部分があります。足元を固めたうえで、何を構築していくかが大事です。データヘルスと言いますが、情報を正しく整理しないことには方針も立てられません。まずはそこからです。

グリコはパーパス(存在意義)に「すこやかな毎日、ゆたかな人生」を掲げています。健康に軸足をおいた企業ですので、その名に恥じないよう、社員の健康をより良い状態に持っていかなければなりません。

一番大事なのは脳卒中や虚血性心疾患といった動脈硬化疾患を減らすことだと考えています。食品会社ですから、菓子になじみ深く、糖尿病・高血圧・脂質異常症との関連性も懸念しています。脳卒中や虚血性心疾患は予防できます。遅きに失してしまうのは非常にもったいないので、先手を打って取り組みたいです。

船元
先生の現在の業務内容を教えていただけますか。

藤並先生
健康診断の結果判定、長時間労働や休・復職の面談、職場巡視、衛生委員会への参加が基本業務です。あとは、随時発生する健康に関連した困りごとの解決ですね。偶然かもしれませんが、今のところは脳神経内科に関連する困りごとや相談が多いので、私の専門性が活かせていると感じます。

船元
臨床経験が活きるのは嬉しいですね。先ほどデータヘルスのお話がありましたが、どういう取り組みをされていますか?

藤並先生
グリコの健康課題を明らかにするために、過去の健康保険組合レセプト、健康診断や勤怠のデータを収集・解析しています。健康課題が明らかになれば、解決に向けての動き方も見えてきます。臨床研究をしていた経験に基づき、必要なデータを取得することから始めました。その分析結果をもとに、来年度の健康診断における法定外項目の見直し案を作成したところです。

船元
入社されてから数ヶ月で、意欲的に取り組まれていますね。

藤並先生
やりがいを感じながら取り組めています。

企業勤務の産業医と、臨床医の違い

船元
医療機関では患者さんを診ますが、産業医は組織で働いている方が対象です。その違いは大きいでしょうか?

藤並先生
そうですね。企業ではその方の健康課題、職務内容、本人の希望をしっかり確認・理解し、さらに会社の規則や同僚上司の意見もふまえたうえで適性配置や配慮を行うといった問題解決力が問われます。

臨床医が向き合うのは、あくまで患者さんと病気です。もちろんご家族や仕事も影響しますが、「病気が主体」なのか「社会生活が主体」なのかは大きな違いです。その問題を解決するために必要な知識や経験が、臨床医と産業医では異なってくると思います。

ほかにも「診療はしない」「白衣は着ない」「デスクワークが多い」「テレワークあり」といった違いは、諸々ありますね。(笑)

船元
以前は「脳神経内科の藤並先生」と見られていたのが、今は「企業人の藤並先生」になりました。何か違いは感じられますか?

藤並先生
実は、それほど違いがあるような気はしていません。場所が変わっただけで、人の役に立つように努めるのは同じです。やりたいことができていますし、何の違和感もないですね。

船元
やりたいことができていらっしゃるから、楽しいのでしょうね。臨床医から企業勤務になった先生の中には、環境の変化に不安を感じる方もいらっしゃるようです。

藤並先生
私も未経験からの転職でしたので、「これまで培ってきた知識や経験が活かせなかったらどうしよう」という不安はありました。一方で、職場が変わる不安はそれほどありませんでした。これまで多少はタフな職場で働いてこられたという自負がありましたので、どうにかなるだろうと(笑)

なぜ産業医になりたいのか?自分軸から考える

船元
私たち民間医局は先生方の転職支援に長年携わっており、産業医に転科される方もたくさん、ご支援させていただいております。これから産業医を目指す方に向けて、どのような心構えが必要かアドバイスをいただけますか?

藤並先生
私は産業医になると決める前に、たくさん本を読みました。そのなかに「自分の強みと弱みを理解して、自分のやりたいことをよく考えよう」という本があり、とても役に立ちました。臨床現場で日々の業務に追われている中で新しい情報をインプットするのは難しいと思いますが、内省の時間を作ってみられると良いかもしれません。

あとは、これまでの経験と関連性がある職種や職場を探すのが良いと思います。

船元
藤並先生の場合は、脳卒中の予防という点で今のお仕事とリンクしていますからね。
産業医を希望する先生のなかには、「QOLを重視したいから臨床をやめて産業医」といった方もいらっしゃいます。

藤並先生
臨床を離れたい強い理由があるのだと思います。忙しすぎる、責任が重い、土日もしょっちゅう呼ばれる、などでしょうか……。そんなときこそ、自分の強みと弱みを知るのが役に立ちます。たとえば、デスクワークなら長時間でも平気(=強み)だけど、時間外に呼ばれるのは嫌だ(=弱み)ということなら、産業医はフィットする可能性があります。
今の職場の何がつらいのか?なぜ産業医になりたいのか?と深掘りしていって、自分軸を見つけていくことが大切だと考えます。

このあたりは、エージェントの方が力になってくれると思います。私もいろいろ相談させてもらいました。産業医を目指すとお伝えした時も、民間医局さんが「産業医は先生に合っていると思います」と背中を押してくれて、心強かったです。

そういえば、応募時に職務経歴書もはじめて書きました!どう書いたらいいかわからなくて、エージェントの方に見てもらいました。

船元
企業側の知りたいことが職務経歴書に書かれているかが大切なポイントです。研究や論文について深く書きすぎても、企業からするとよくわからないこともあります。先生は、最初からポイントをおさえていらっしゃいましたよ。

とはいえ私たちから、「こう書いてください」と言いすぎないように気を付けています。応募する企業に関連する内容は書いていただくようお願いしますが、あまり強調しすぎると先生の素のキャラクターが見えなくなってしまいますので。

藤並先生
「採用側が知りたいことを職務経歴書に書く」という観点は、一人で転職活動していたらわかりませんでした。アドバイスをたくさんいただけて本当に助かりました。

船元
そう言っていただけると、エージェント冥利に尽きます。

いずれは「グリコの健康経営を真似したい」と思われる存在へ

船元
最後に、産業医としてこれからの目標をお聞かせください。

藤並先生
第一に、よき産業医になることですね。また、専門性を高めるという意味で、産業衛生学会の専門医を取得したいと考えています。先日、専攻医試験に合格できましたので、これから東京オフィスにいらっしゃる先輩の先生にご指導いただきながら、実務研修やレポート作成に励みます。

船元
藤並先生は脳卒中や総合内科の専門医・指導医資格もお持ちですが、それらは継続されるのですか?

藤並先生
はい、継続しています。

脳卒中の分野では最近、発症後の復職について議論されています。私は脳卒中の現場を知る産業医ですから、特性を活かして産業衛生と脳卒中それぞれの学会で発表をしたいとも考えています。

さらに、数年後には「グリコの健康経営を真似したい」と思ってくださる企業がでてくるような存在になれるように貢献したいです。

船元
これからグリコ様の産業医が増えるとしたら、どのような先生が適任だと思われますか?

藤並先生
私自身が未経験からのスタートでしたので、当社全体の産業保健レベルを底上げするためにも、産業医のご経験をある程度積まれた先生だとありがたいです。

また、私とは異なる専門性をお持ちの方ですと、お互いの強みを活かせるのではないでしょうか。たとえば精神科領域、がん、女性特有の疾病はますます重要視されていきますので、手腕を発揮いただけると思います。

船元
私どもも、産業医をお考えの先生がいらっしゃれば精一杯ご支援させていただきますので、気軽にご相談いただけると嬉しいです。

藤並先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。

※この対談は2024年6月に行いました。文中の所属・肩書等は対談当時のものです。

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