ロボットを凌ぐ匠の技術で国内随一の症例数を誇る人工関節のトップランナー 桑沢 綾乃

医師のキャリアコラム[Challenger]

埼玉協同病院 整形外科部長/関節治療センター 副センター長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/佐藤恵 撮影/緒方一貴

人工膝関節置換術で国内トップクラスの症例数を持つ桑沢綾乃氏。人工関節の指導医としては国内最年少であるが、その細やかで精度の高い手技を学びたいと毎週のように全国から部長クラスの医師が手術見学に来る。人工膝関節における手術支援ロボットは現在4機種が承認されているが、桑沢氏は3機種を使いこなし、症例によってロボットを選択。必要であればマニュアル手術へ切り替えるなど、患者の状態に合わせてあらゆる手技から選べることが桑沢氏の強みだ。
桑沢氏が所属する埼玉協同病院の関節治療センターでは、再生医療などの保存治療と、人工関節置換術などの手術治療で患者のQOLの向上を目指している。PRP療法・間葉系幹細胞・軟骨移植の3種類の再生医療が提供可能なのは全国でも珍しく、年200~300例、通算1000例を超える症例数は世界トップクラスである。
常に120%の研鑽を怠らない芯の強さと、誰とでも友人になってしまう人懐こさを持つ桑沢氏が「人工関節の整形外科医」として大切にしていることを伺った。

ミスなくロスなくやり遂げる高い技術と高度なチームプレー

常勤医師5人で、膝・股関節の人工関節置換術を年1600件、1日最大10件を行っている同センター。1件当たり、股関節は30~40分、膝関節は40~50分。院内に6室あるオペ室の半分を整形外科が使用し、手術予定をパズルのように隙間なく組み込む。タイムロスのない連携プレーで国内トップ5に入る年間症例数を達成している。

「人工膝関節全置換術(TKA)は、手術開始後20分で大腿骨を切り出し、次の患者さんの入室指示を出します。人工股関節全置換術(THA)の場合は、始まったらすぐに次の患者さんを呼び込みます」

それを可能にするのは、トラブルやイレギュラーな事態を回避する桑沢氏の高い技術と経験値、そしてオペ室の協力体制。看護師たちは、桑沢氏の「カン、カン」と骨を叩く音が聞こえた瞬間に「次の指示がくるよ」と準備する。麻酔科医や助手の医師たちも、桑沢氏の指示を受け臨機応変に対応している。チームプレーの賜物だ。

「1件40分なら、5件で約4時間。ね、9時から17時までで10件行ける気がしません?」と屈託のない笑顔で言われ、圧倒されつつうなずいてしまった。長時間にわたって集中力を維持し、圧倒的な症例数を積み重ねていけるモチベーションは何かと聞くと、「やっぱり、患者さんを助けたいからかな」と言った。

「なるべく患者さんを待たせたくない。今は外来が4、5カ月待ちで、そこから手術まで3カ月待ち。我慢に我慢を重ねて歩けなくなってから受診した人を、さらに長期間待たせたら、手術しても歩けるようになる保証はない。とにかく1日でも早く手術をしてあげたい」

手術は早いだけではダメ。「早くてうまい」と言うとどこかで聞いたフレーズのようだが、さらに「丁寧できれい」であることが必須だと加える。桑沢氏は一般的にはロボットの方が成績が良いと言われるTKAの手術をマニュアルでも同等の精度で行う。常に同じ手順で進めることで、無駄な動きや手違いを防ぐ。師匠である仁平高太郎氏は桑沢氏を「三次元的な感覚に優れている」と評するが、実際、骨を固定するピンを一発で正しい角度に刺す技術は飛び抜けている。そして、傷跡が目立たぬよう丁寧に、また、感染リスクを最小限にするために素早く縫合する。

「もともと手先が器用で、数学も得意でした。二次元を三次元でとらえる力があるのかな。ピンで固定するときは、本来見えない部分が透けて見えるような感覚があり、角度や深さが分かる。傷口については、患者さんの気持ちを考えたら、少しでもきれいにしてあげたいですよね」

膝の声を聞き、膝と会話をし100%の力で手術に臨む

THAの専門だった桑沢氏が、TKAを担当することになったのは10数年前。当時、心に刻んだのは「100%の力が出せないなら手術すべきではない」という仁平氏の信条だった。「常に前回の自分を越える手術をする」と決め、TKAの手技を高めるべく手術見学の全国行脚を始めた。

さまざまな医師の「いいとこ取り」をしながら学ぶ中で、ロボットを使わずメス一本で患部を開き骨を切る、クラシカルな手技を行う医師に出会った。「ほら、ここが硬いでしょ。こういう時はここを剝ぐんだよ」と逐一説明をしてくれた。手術の様子はまるで膝の声を聞きながら膝と会話しているようだったという。

「この技術をものにしたいと、必死に見ていたからか、その先生から『いつでも来ていいよ』と言ってもらえて。何度も通わせていただきました」

TKAは、炎症を起こして変形した大腿骨と脛骨を切除し、正確な位置·角度で人工関節を設置すると同時に、関節が自然に動くように靱帯のバランスを整えるギャップテクニックを用いる。その精度を高めるためには、手術前にその患者の膝をよく観察して緻密な手術計画を練ること、そして、術中に多くの情報を収集し、その膝にとっての最適解を素早く見いだすことが必要だ。また、術後はデータの振り返りと分析が欠かせない。

「手術の中に全ての情報が転がっています。組織の硬さや癒着の度合い、骨の欠損具合など、できる限り多くの情報を拾う。それが『膝の声を聞く』ということであり、その声に従って手術を行えば、その人にとっての自然な膝が作れます。そして術後は、患者さんの経過と術中データを突き合わせれば、手術がうまくいった理由も、思ったより可動域が出なかった理由も分かる。その積み重ねで手技を磨いてきました」

患者さんは怖くて何年も避けていた手術を決断し、自分に託してくれている――。そう思ったら、「100%の力」で臨む以外の選択肢はない。

「毎晩、寝る前にその日の手術を全て思い出すんです。今日は100点だったなとか、あの時はこうする案もあったなとか。一回一回の手術をどれだけ濃厚に分析するかで技術向上の差が出るはず。時々は、疲労で気絶するように寝ていますけどね(笑)」

女性には無理と言われても握力40を達成し整形外科へ

歯科医の父親に「外科は結果が全ての厳しい世界だから、内科医を目指したらどうか」と言われ、リウマチ内科に進んだ。しかし、人好きで患者と仲良くなる性格から、患者の死に立ち会うことが耐えがたかったという。そんな中、リウマチで膝関節が変形した患者が、人工関節手術後に元気に歩けるようになった姿を見て、「これだ!」と一念発起する。

「父の言う通り、結果を問われる仕事ですが、患者さんのためなら努力も苦にならないし、好きなことはとことん突き詰めたい性格。手術で治して『良かったね』と言える整形外科は自分に合っていると思いました」

しかし、内科医として整形外科を研修中、指導医だった仁平氏からは「整形外科は男社会だからやめた方がいい」と告げられた。今も、女性医師の割合は全診療科で下から2番目の6.2%(2018年)だが、当時は女性の更衣室すらなかった時代。それでも桑沢氏は諦めなかった。

「思い起こせば、学生時代の時から、解剖実習で見た真ん丸の形の大腿骨頭に『なんてきれいな形なのだろう』と魅了されていました。変形してしまった関節を治すことで歩けるようになり、生活の質が上がって幸せになる。機能外科の果たす役割はすごく大きく、そういう仕事がしたいと思いました」

機能外科部長にその思いを伝えても、女性は難しいと反対された。それでも折れない桑沢氏が諦めるようにと、「握力が40になったら認めてやる」と条件をつけた。すると桑沢氏は見事に1カ月で握力を40にし、そのガッツを認めた部長はそれからずっと目をかけてくれた。

「ロボットを使うにしても、関節を開けて術野を展開するのは人力なので、体格のいい患者さんを手術するときは大変ですが、膝を“手なずける”コツはある。力仕事も工夫次第で何とかなります。覚悟は必要だけど、女性だからと諦める必要はない。やりたいと思ったらそれができる方法を考えて突き進むだけです」

医師である前に人としてどうあるべきか

芯が通っていて自分に厳しく、責任感が強い。その一方で、患者に寄り添いすぎるほどの優しさを持つ桑沢氏の医師としての原点は、後期研修の時に担当した男性の患者だ。その人は、外来で「夜、背中が熱くなる」と訴えるものの、痛みはないという。夜だけの症状というのもにわかには信じがたく、それまで診てきた何人もの医師と同じく「メンタルの問題だろう」と家に帰した。しばらくすると、また外来を訪れた。あまりに同じ訴えを繰り返すので、そんな症例が現れる疾患があるのかと丁寧に調べ直した。そして脊椎の疾患を疑い検査のオーダーを出すと、脊髄神経の近くに腫瘍が見つかった。上級医が執刀したが、患者たっての希望で桑沢氏が主治医としてオペに入った。

「若いからとか女性だからとか軽んじることなく、『原因を見つけてくれたのは先生だから』とおっしゃって。最後まで担当させていただきました」

後から分かったことだが、患者は東京大学を出て起業した人で、名医と呼ばれる知り合いも多くいたという。それでも桑沢氏を指名したのは、いくつもの病院で「高齢だから」「いつか治りますよ」とあしらわれてきた中、唯一正面から受け止めて検査をした医師だったからだ。

「私の医師としての未来を思って、学ばせてくださったのだと思います」

整形外科で痛みを訴える患者の中には、精神面に起因するケースも多くある。もちろん慎重な見極めが必要ではあるが、どのような場合でも一度は真摯に耳を傾けるべきではないか。それを身をもって教えてくれた人だった。その患者との文通は、彼が亡くなるまで続いたという。

目指すのは、自然な膝を安全に確実に作ること

21世紀は人工関節手術が確立した時代と言われる。日本では2018年に手術支援ロボットNAVIOが承認され、ロボット手術かマニュアル手術かの最適な選択ができるようになり、手術成績が著しく向上した。桑沢氏の所属する関節治療センターでは、2019年にNAVIO、2021年にMako、ROSA、およびNAVIOの後継機のCORIを導入。3機種がそろうのは、全国で同センターだけだ。

「骨の形態を正確に読み取るロボット、軟骨も含めた関節面の描出に優れ靱帯バランスが見やすいロボットなど、それぞれに強みがあり、術式や患者さんの状態によって使い分けています」

桑沢氏は3台全てを使いこなすと同時に、指導医として、日本のみならず海外でもデモンストレーションを行っている。ロボットに慣れるには20~30件の手術が必要とされているが、それだけで完璧な手術ができるわけではない。患者の膝の使い方や歩行のクセ、生活に合わせた自然な関節を作るための、ベストな設定や調整が必要なのだ。

「元の健康な膝に近いものを作るために靭帯バランスをどう整えるかなどは、医師の技量にかかっています。ロボットが出すデータを読み解きながら、関節を触ったときの感覚を正確にロボットに落とし込んでいきます」

大腿骨、脛骨の損傷部分を90度に切り出すTKAについては、桑沢氏はロボットと同精度もしくはそれ以上のクオリティーでマニュアル手術ができる。しかしここ数年、あえて2~3度傾けることによって本来の自然な関節を再現する「キネマティック・アライメント」という術式が出てきたことにより、ロボット適用は新たな議論の的になっているという。

「2~3度を調整する精度は、さすがにロボットには勝てません。ただ、ロボット手術はマニュアルより時間がかかりますし、消耗品のコストもかかる。人工関節が入っていることを忘れるくらい自然な膝を安全に確実に作るためにはどんな方法がベストなのか。さらなる技術向上のため試行錯誤は続きます。データを蓄積し、研究に落とし込み、進化を止めないことが求められていると思います」

疼痛管理と再生医療手技以外の手法も強化

技術進化を続ける人工膝関節手術は、さらなる高みを目指している。その一環として桑沢氏が取り組んでいるのが疼痛管理。外科手術の中で5本の指に入るほどの痛みを伴う手術であるため、神経ブロック注射を工夫して使い、痛みの軽減を図っている。

「モルヒネなどの痛み止めを多用すると、嘔吐や便秘、うつを引き起こしてしまう。副作用なく痛みを取って、リハビリに前向きになってもらいたいと考え、神経ブロックに行き着きました」

筋肉の感覚ニューロンと運動ニューロンは近いところにあり、痛みを取るには感覚ニューロンにだけ薬を入れる必要がある。針を刺す角度や深さ、薬の濃度や流すスピードまで細微に調整し、疼痛管理に努めている。

「ここ10年ほどで手術の完成度が高くなったからこそ、その他の部分でもっと高みを目指したい。医師も努力し続けなければ、患者さんに『がんばって』と言えないですから」

さまざまな事情で手術ができない患者には、再生医療を勧めることもある。患者自身の血液から必要な成分を抽出して注射するので、拒絶反応や副作用がなく安全性が高い。手術ほどの治療効果は見込めないが、関節の炎症を抑え、変形を遅らせる可能性が期待されている。だが、手術に比べエビデンスが少ないのも事実。そのため、ただ症例数を増やすだけではなく、「この症例にはこれだけ効く」といったデータをまとめ、治療法を確立していくことも使命に感じている。それは、世界トップクラスの症例数を誇る自負でもある。

症例数の多さや高い技術が注目されがちな桑沢氏だが、院内のクリスマスコンサートで趣味のハープを奏でたり、術後患者の脚を冷やすためのカバーを手縫いしたりするなど、温かな心遣いも光る。

「患者さんが喜ぶためなら、何だってしたい。関節だけでなく、生活全体を良くしたいと思っています。でも、布を縫うより人を縫う方が得意ですけどね(笑)」

院内着はもっとオシャレでいい。包帯がカラフルだっていいし、ギプスに飾り付けしたっていい。固定観念を取り払った発想の源にあるのは、患者が楽しく幸せになること。「医は仁術なり」を地で行く人だ。

P R O F I L E
プロフィール写真

埼玉協同病院 整形外科部長/関節治療センター 副センター長
桑沢 綾乃/くわさわ・あやの

2001 東京女子医科大学 医学部 卒業、同大膠原病リウマチ痛風センター 入局、川崎市立川崎病院
2004 東京女子医科大学付属青山病院 リウマチ関節外科
2006 国立病院機構 東京医療センター 整形外科
2009 秋山脳神経外科内科病院 整形外科
2010 埼玉協同病院 整形外科
2012 亀田総合病院 関節外科スタッフ
2019 埼玉協同病院 整形外科部長、関節治療センター 副センター長

所属・資格

日本整形外科学会 専門医 指導医・リウマチ専門医・スポーツ専門医・リハビリ専門医、日本リウマチ学会 専門医、日本再生医療学会 専門医、日本人工関節学会 評議員兼広報委員、日本股関節学会 評議員、日本関節病学会 評議員

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2025年4月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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