日米二拠点で働き、研修医教育を変えるホスピタリスト 野木 真将

医師のキャリアコラム[Challenger]

クイーンズメディカルセンター ホスピタリスト部門長/亀田総合病院 総合内科部長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

ここ20年、米国で飛躍的に増加しているホスピタリスト。日本ではまだその役割が確立されていないが、米国では病棟診療を専属とするホスピタリストが浸透し、医療の質の向上や研修医教育の充実、医師の働き方の改善など、あらゆる面で医療問題の解決策となっている。
米国・ハワイ州のクイーンズメディカルセンターでホスピタリスト部門長を務める野木真将氏が、千葉にある亀田総合病院との二拠点勤務を始めたのは2023年6月。同院の院長がハワイを訪れ、「ホスピタリストを育成してほしい」と熱望したことをきっかけに、12年ぶりに日本の診療現場に戻ってきた。
目標を設定し、そこから逆算して何が必要かを考え、達成していく。野木氏の動き方には常に一貫性がある。日本と米国、二つの視点を持つ野木氏に、これまでの挑戦を語ってもらった。

医療課題の解決策となるホスピタリストの育成

「僕は問題解決が好きなんです」

診療着の爽やかなアロハシャツ姿でそう話すのは、亀田総合病院の総合内科部門を率いる野木真将氏。ハワイ州のクイーンズメディカルセンターのホスピタリスト部門長も務めており、千葉とハワイを行き来する二拠点生活を送っている。

病院の分散、救急搬送の受け入れ先の不足、多疾患併存で長引く高齢者の入院、医師の偏在や勤務超過――。これらの問題に日本よりも一足先に直面した米国が、解決策として出した答えの一つがホスピタリストの育成だった。

「ホスピタリスト育成において、米国は日本の少し先の未来を行っています。なので自分には問題解決のためのアイデアが豊富にある。現地での経験を生かして、日本でホスピタリストを広めていきたい」

米国のホスピタリストの特徴は、病棟管理に専念していること。急性期から慢性期の入院患者を外科、内科、臓器問わず一手に引き受ける。外来を持たないので、フレキシブルな勤務が可能だ。クイーンズメディカルセンターでは、約90人の医師がシフトを組み、およそ350床の病棟を診ている。夜勤だけを担当する医師や、午後出勤で入院対応だけを担当する医師など、さまざまな働き方が選択できる。常に病棟にいるため患者の状態を良く知るホスピタリストは、医療の質の向上や効率化はもちろん、ベッドサイドでの研修医教育を充実させることも可能だ。それを実感しているからこそ、野木氏は自信を持ってこう言い切る。

「ホスピタリストは日本でも間違いなく必要とされる、非常に将来性の高い仕事です」

英国留学で受けた衝撃 臨床スキルに歴然の差

兵庫県で生まれ、幼少期を米国オハイオ州で過ごした野木氏。京都府立医科大学の5年生時に英国へ短期留学をしたのをきっかけに医学教育に興味を持った。

「医学生は臨床現場で実践的な教育を受けており、日本の研修医並みの実力を身に付けていたことに衝撃を受けました」

回診中に指導医から「今日は何の勉強がしたい?」と聞かれた英国の3年生が、「心電図の読み方を学びたいです」と答えていた。日本では研修医になってから学ぶような臨床スキルを、英国では1年生から学ぶ。野木氏は羨ましさを感じると同時に、日本の医学教育への危機感を覚えた。驚いたのはそれだけではない。指導医は膠原病内科の教授だったが、学生からの要望に応じて実際の入院患者の心電図を元に、読み方を教えていたのである。

「どの診療科の医師であっても基礎的な総合診療スキルが身に付いている。それがすごく格好いいなと。英国にはジェネラリストを育てるシステムがありました」

大学卒業後、研修先選びではどれだけ臨床経験が積めるかを重視し、救急の症例数が多く、離島研修もあった宇治徳洲会病院に決めた。目標を立てて、そこから逆算して必要なことを考える。野木氏の基本スタイルは、研修医時代に磨かれていった。

「離島研修の前には麻酔科と整形外科をローテーションするのですが、実際に島に行ってみると、本当に学んだ技術をそのまま診療に生かすことができた。今思うと、日本版のoutcome-based educationでした」

実は研修当初、野木氏は小児外科医を目指していた。しかし、正しい診断をし、正しい治療を行うと患者さんがみるみる良くなるという経験を重ね、診断学の面白さに開眼。ジェネラルに診られる内科で病棟管理をライフワークとすることに決めた。

5年目に研修医の代表であるチーフレジデントになると、次々と新しい挑戦を始めた。海外講師を呼ぶセミナーを開催したり、それまでランダムだったカンファレンスの年間計画を立てたりと、制度改革に取り組んだ。後輩指導に一生懸命だった一方、どこか空回りしているような感覚もあった。自分に必要なことを自分で考えて成長できる医師になってほしいと、ポートフォリオ作成をみんなで始めたが、研修医の成長にはばらつきがあった。

「今思うと僕がやっていたのは、聞きかじった米国の医療教育の真似事でしかなかったんです」

本物の医学教育とは何か。その答えを見つけるために、野木氏は研修医教育の本場・ハワイ大学の内科研修プログラムを受けようと決めた。

日本での悔しさが原動力 米国でリーダーシップを発揮

米国の研修医教育の目標は、3年間でよくある疾患を一人で診られる医師に育てることだ。その目標を達成するために全てのプログラムが組まれており、効率良く研修医の実力が身に付くようになっている。

「徹底して逆算されたプログラムで、指導体制も手厚い。さらにそれを評価する上位システムやサポートもあって、『これだ!』と思いました」

外来の指導はプライマリ・ケア医が、病棟の指導はホスピタリストが担い、それ以外の必須科目や選択科目は教育的な視点から必要なものが選ばれている。

「例えば、病棟研修では研修医が診るべき症例が厳選されているのですが、それができるのはホスピタリストの数が充実しているから。研修医は労働力としてカウントされていないので、極端な話、研修医全員が1週間休んだとしても病棟が回るようになっています」

また、経験した症例数で研修医のスキルを評価するのではなく、「ステップに応じたアプローチができているかどうか」で客観的に判断される。

米国の研修体制を目の当たりにし、自分も医学教育に関わりたいと思うようになっていた。野木氏のホスピタリストとしての歩みは、ここから始まっている。当時、内科プログラムのチーフレジデントだったライアン中曽根氏の姿にも影響を受けた。

「教え上手でリーダーシップもあり、みんなを引っ張っていくロールモデルのような人。自分も米国でのチーフレジデントを経験してみたいと思いました」

ハワイでの野木氏の活躍は目覚ましい。クイーンズメディカルセンターのベストインターン賞をはじめ、ハワイ大学RESIDENT OF THE YEAR、ベスト教育レジデント賞と、次々に受賞した。同級生や後輩からの投票で選ばれるハワイ大学内科ベストレジデント賞は例年3年生が選ばれるが、2年生で選出されるという快挙もあった。なぜこれだけ高い評価を得ることができたのだろうか。

「当時から勉強が好きでしたし、みんなで学びたいという思いが強かったですね」

また、野木氏の心には、研修医時代に日本で診ていた1人の患者の存在があった。自分と同年代の産褥婦で、妊娠に関わる重症な合併症のためICUに1カ月以上入院していた。多くの文献を調べ、力を尽くして治療を行ったが助けることはできなかった。その時の忘れられない悔しさが、必死に勉強する原動力になっていた。

レクチャーでは必ず最前列に座り、積極的に質問をする。チームで病棟を回るときは論文を持参し、自分から働きかけてメンバーと勉強する機会を作った。世界中から集まる同期の中でも、野木氏のリーダーシップは飛び抜けていた。

外来での研修は常に緊張感があった。指導医からは毎回のように「判断の根拠は?」と聞かれる。「日本でこうだったから」という返答は通用せず、どの論文、どのガイドラインを参考にしたのかを、その場で答えなければならない。

「おかげで内科医として一皮むけた実感があり、自信が付きました」

2014年には外来診療ベストレジデント賞を受賞。ホスピタリスト志望でありながら、外来診療で評価されたのは「とてもうれしかった」と笑顔で振り返る。

2019年、野木氏はこうした米国での経験を生かし、ハワイにいながら日本の有志たちと共に「日本チーフレジデント協会(JACRA)」を立ち上げた。医学教育やリーダーシップを学べるチーフレジデントアカデミーも毎年主催している。根底にあるのは、若きリーダーを育てたいという熱い思いだ。

「若者はものすごい可能性を秘めており、とても優秀。でもそれを発揮する場がなくて悶々としている。やる気やアイデアがある人が挑戦できる環境を作ってあげたい」

日本中のチーフレジデントたちが、各地でリーダーシップをとり、医療や教育を変えていく。それが今後の日本の新しい変革モデルになると野木氏は考えている。

前代未聞の二拠点勤務 2週間サイクルの独自スタイル

現在、野木氏は日米の二病院に勤務するが、どのように実現しているのだろうか。

「日本で2週間勤務したら、次の日本での勤務は6週間後。その6週間には、2週間分の休暇と、米国での2週間勤務、さらに休暇2週間が含まれています」

各院の2週間の勤務中は病棟診療と教育を行う。その後の2週間は休暇といえども、組織マネジメントに関わる管理職業務や、全国を飛び回っての勉強会開催や、研究日などに当てている。日本か米国、どちらかだけでなく、両方で働く道がある。野木氏の働き方は、新しいロールモデルの一つとして、後に続く医師たちの希望になるだろう。

その姿は、若い医師たちに刺激を与え続けている。クイーンズメディカルセンターの野木氏の下には、日本から訪れる医学生や若手医師が常にいる。2週間付きっきりでホスピタリストの診療を見せるオブザーバーシップ研修は、10年前からボランティアで行っている。今、野木氏が若者に伝えたいのは、一歩踏み出す勇気だ。

「一度は日本を出て、新たな視点を持つことが大事。変化の速い時代には地図よりも羅針盤が必要です。ネットワークを広げて、良い方向に舵取りをしてほしい」

リアルタイムで比較できる 日米二拠点で働く強み

日本に戻り約2年。亀田総合病院での教育改革も着実に進展している。その一つが、ACGME-Iの認証取得である。ACGMEとは国際的な卒後研修の質をチェックする評価機関で、米国では認証されなければ翌年から研修医の受け入れができなくなるほど厳しいシステムだ。同院では野木氏の働きかけにより教育体制を全て見直し、2024年に日本で初めて認証を受けた。

「認証は取得できたら終わりではなく、自分たちで常に改善していく体制を作るためのきっかけになるもの。もし全国の病院が本気で認証を目指すようになったら、日本の研修医教育は劇的に変わるはず」

野木氏の最終目標は、日本オリジナルの認証評価システムを磨き上げることだ。第三者が各院の教育を正しく見張ることで、現状ばらつきのある全国の医学教育の質を一律に高く引き上げることができる。

それと同時に、日本でホスピタリストの育成にも力を注ぐ。例えば、研修医が外来診療知識を網羅できるようにイェール大学のカリキュラムを導入し、今後の医師に必要なスキルとしてPOCUS(Point-of-CareUltrasound)の指導を始めた。ポケットサイズの機器で超音波検査ができるため、病棟だけでなく訪問診療でも活用できる。

今後日本で、病院機能の集約化が進み、各地に1000床規模の病院が増える未来が来れば、ホスピタリストはますます必要とされると野木氏は言う。

「ここで学んだ医師たちが、全国の病院でホスピタリスト部門を支えるリーダーとなる。そんな教育を目指していきたい」

米国での学びを日本で実践している医師は少なくないが、米国の最新医療システムや、ホスピタリストの“今”を日本の医療現場で直接伝えられるのは、野木氏だけではないだろうか。野木氏は自身を“タイムトラベラー”と表現する。一歩先に医療や教育の質改善に取り組んだ米国の医療システムを日本で広めていく。それは決して米国礼賛ではなく、日本の医療に必要なものを見極めたうえで、日本の制度に合わせて取り入れていくのだ。

20代は臨床を学び、30代で米国のホスピタリストに、40代の現在はその経験を生かして日本の医学教育の質を上げようとしている。病院の認証評価システムを立ち上げる目標もある。50代では……。

「世界を周遊するクルーズ船の船医かな(笑)」

そうおどける野木氏の目線はやはり国際的な舞台にあるのかもしれない。

「情熱は人一倍あります。人を巻き込んで物事を変えていくパワーを生み出していきたい」

自ら目標を定めて、それを達成し続けてきた野木氏。将来、何になるのも、どこへ行くのも自由だ。その軽やかさこそが、新しい道を切り開いていくヒントなのかもしれない。

P R O F I L E
プロフィール写真

クイーンズメディカルセンター ホスピタリスト部門長/亀田総合病院 総合内科部長
野木 真将/のぎ・まさゆき

2006 京都府立医科大学 卒業、宇治徳洲会病院 救急総合診療科
2011 ハワイ大学 内科レジデンシープログラム
2014 ハワイ大学 内科チーフレジデンシープログラム
2015 ハワイ州クイーンズメディカルセンター ホスピタリスト
2019 日本チーフレジデント協会(JACRA)設立・顧問、クイーンズメディカルセンター ホスピタリスト部門長 兼 アソシエイトディレクター
2022 FAIMER-Keele大学 医療者教育修士課程(accreditation & assessment)
2023 亀田総合病院 総合内科部長 兼務

受賞歴

2013 クイーンズメディカルセンター ベストインターン賞、ハワイ大学 内科ベストレジデント賞
2014 ハワイ大学 RESIDENT OF THE YEAR、ベスト教育レジデント賞、クイーンズメディカルセンター ベストレジデント賞、外来診療ベストレジデント賞、リサーチ部門レジデント賞
2020 ハワイ大学 ベスト教育アテンディング賞
2022 Alpha Omega Alpha協会 ベスト教育アテンディング賞

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2025年6月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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