日本での悔しさが原動力 米国でリーダーシップを発揮
米国の研修医教育の目標は、3年間でよくある疾患を一人で診られる医師に育てることだ。その目標を達成するために全てのプログラムが組まれており、効率良く研修医の実力が身に付くようになっている。
「徹底して逆算されたプログラムで、指導体制も手厚い。さらにそれを評価する上位システムやサポートもあって、『これだ!』と思いました」
外来の指導はプライマリ・ケア医が、病棟の指導はホスピタリストが担い、それ以外の必須科目や選択科目は教育的な視点から必要なものが選ばれている。
「例えば、病棟研修では研修医が診るべき症例が厳選されているのですが、それができるのはホスピタリストの数が充実しているから。研修医は労働力としてカウントされていないので、極端な話、研修医全員が1週間休んだとしても病棟が回るようになっています」
また、経験した症例数で研修医のスキルを評価するのではなく、「ステップに応じたアプローチができているかどうか」で客観的に判断される。
米国の研修体制を目の当たりにし、自分も医学教育に関わりたいと思うようになっていた。野木氏のホスピタリストとしての歩みは、ここから始まっている。当時、内科プログラムのチーフレジデントだったライアン中曽根氏の姿にも影響を受けた。
「教え上手でリーダーシップもあり、みんなを引っ張っていくロールモデルのような人。自分も米国でのチーフレジデントを経験してみたいと思いました」
ハワイでの野木氏の活躍は目覚ましい。クイーンズメディカルセンターのベストインターン賞をはじめ、ハワイ大学RESIDENT OF THE YEAR、ベスト教育レジデント賞と、次々に受賞した。同級生や後輩からの投票で選ばれるハワイ大学内科ベストレジデント賞は例年3年生が選ばれるが、2年生で選出されるという快挙もあった。なぜこれだけ高い評価を得ることができたのだろうか。
「当時から勉強が好きでしたし、みんなで学びたいという思いが強かったですね」
また、野木氏の心には、研修医時代に日本で診ていた1人の患者の存在があった。自分と同年代の産褥婦で、妊娠に関わる重症な合併症のためICUに1カ月以上入院していた。多くの文献を調べ、力を尽くして治療を行ったが助けることはできなかった。その時の忘れられない悔しさが、必死に勉強する原動力になっていた。
レクチャーでは必ず最前列に座り、積極的に質問をする。チームで病棟を回るときは論文を持参し、自分から働きかけてメンバーと勉強する機会を作った。世界中から集まる同期の中でも、野木氏のリーダーシップは飛び抜けていた。
外来での研修は常に緊張感があった。指導医からは毎回のように「判断の根拠は?」と聞かれる。「日本でこうだったから」という返答は通用せず、どの論文、どのガイドラインを参考にしたのかを、その場で答えなければならない。
「おかげで内科医として一皮むけた実感があり、自信が付きました」
2014年には外来診療ベストレジデント賞を受賞。ホスピタリスト志望でありながら、外来診療で評価されたのは「とてもうれしかった」と笑顔で振り返る。
2019年、野木氏はこうした米国での経験を生かし、ハワイにいながら日本の有志たちと共に「日本チーフレジデント協会(JACRA)」を立ち上げた。医学教育やリーダーシップを学べるチーフレジデントアカデミーも毎年主催している。根底にあるのは、若きリーダーを育てたいという熱い思いだ。
「若者はものすごい可能性を秘めており、とても優秀。でもそれを発揮する場がなくて悶々としている。やる気やアイデアがある人が挑戦できる環境を作ってあげたい」
日本中のチーフレジデントたちが、各地でリーダーシップをとり、医療や教育を変えていく。それが今後の日本の新しい変革モデルになると野木氏は考えている。